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アダルトチルドレンが父親の名前を捨てた日のこと


◉生きるために改名をする人たちがいる

以前、NHKで「“改名”100人~私が名前を変えたワケ~」という番組がありました。

性と名前の不一致に悩む方や、キラキラネームで苦しんだ方、また親からの虐待を受け続けた方、社会復帰が困難な元受刑者の方など理由はさまざま。

ここまで生きてきた中で抱え続けた苦しさ、改名にいたるまでの葛藤など、どの方もギリギリまで踏ん張っていて、その姿に強く共感するものがありました。

この過酷な体験をされた方たちに対して、なぜそんな共感なんて言葉を使えるのか。

わたしもかつて、改名の申し立てをしたことがあるからです。

◉わたしが改名を申し立てたワケ〜なぎのなつのケース

わたしは中学生の頃から、父親のアルコール依存症を抱え崩壊した家庭で育ってきたアダルトチルドレンです。

その後、高校を卒業して社会人となってからも、次々と起こる父のアルコール問題にぶつかりながら、必死に自分の人生を生きようとしていました。

アダルトチルドレンと自覚していて、それを克服しようとどんなに頑張っても、この社会は生きるのが本当に苦しいですよね。

自暴自棄にはならないぞと自分なりに深くふかく考えて行動しても、なぜか、どうしても、自分を追い込む状況になってしまいます。

心の断崖の淵に立つ日々が続きます。

それでも体力と気力がある程度もつ20代、30代はなんとか全速力で突っ走っていきました。

しかし、40代に差し掛かった頃、ついに心身の限界を迎え、自分の人生に行き詰まったと思い知る日が来ました。

「ああ本当に、にっちもさっちもいかなくなってしまった」と途方に暮れました。

「もう限界だ」

そう思ったわたしは、何か人生の突破口はないのかと必死になって探しました。

追い詰められた末、わたしがとった行動は「改名」でした。

かつて20代の頃、父親に人生を振り回され続け、精神的にとても苦しい状況にあって、父親と離婚していた母方の性に変えようとしたことがあったのですが、きょうだいに大反対され断念した経過がありました。

結局10年ほどして、そのきょうだいも結婚するときに母方の性に改名してしまい、父方の姓を名乗っているのは父とわたしだけとなっていました。

「ははあ、やっとわたしの気持ちがわかったか」と思いましたが、文句を言う気持ちもありません。

そんなことがあってからずいぶん時が経ち、私は再び改名をしようと決めたのでした。

◉改名への長い道のり

今考えると改名なんて余程のことだと思いますが、その時はそれしか打つ手がないように感じていたのです。

今回私が替えたかったのは下の名前ではなく「氏」「苗字」の方でした。

父親からの漢字で名乗るのはもう限界。

しかし自分も必死に生きてきて、かつての仕事仲間や友人との信頼関係から呼ばれる「その響きとしての苗字」は、私の心の支えでもありました。

人間、追い詰められ、心の底から求める時に普段の自分からは考えられない行動力が出てくるのですね。

それで、苗字の漢字を変えようと改名の手続き方法をネットで調べ、書類を作成し、家庭裁判所の面接を受けました。

裁判所の方の説明によると、わたしの場合のポイントとして
1 申し立てが認められるためには、申し立てしたい名前の使用期間が長いこと。
2 一度却下されると次の申し立てで認められるのが難しくなること

など、やんわりと忠告を受けました。

状況としてはかなり不利な条件でしたが、それでも藁にもすがる思いで申し立てを行いました。

結果は「却下」でした。

理由は
1 生存に支障が出るような理由ではないこと
2 申し立ての漢字が難読であること
3 現在の通称名の使用期間が短いこと

でした。

とても失望したのを覚えています。

こんなに生きづらくて、ほんと限界だから申し立てをしたのに。

今の本名だって、初見の人で間違えずに読めた人なんてほどんどいない「難読の名前」なのに。

精神科を受診して、名前のせいでとても苦しんでいる旨の診断書を書いてもらえば、良かったのかもしれません。

失望と憤りで頭がくらくらしましたが、結果に従うことにしました。

「即時抗告の不服申し立て」をするという手続きもありましたが、そのもう一踏ん張りが、わたしにはできませんでした。

こうなれば何年かかっても使用実績を集めて、「通称名の永年使用での申し立て」をしようと決めました。

まず、知人に通称名として改名した旨を知らせて、今後の手紙などは通称名で送ってもらうようにして、郵便局にも行き通称名でも郵便物が届くように手続きしました。

また公的な機関以外で名前の登録を通称名に変更して、案内や領収書を通称名で送ってもらうようにもしました。

さらに新しいコニュミティ(仕事以外)に入るときには通称名で登録して活動を始めました。

公的な場所では本名を名乗らざるを得ないので、通称名との兼ね合いで不都合が出てくるだろうと思いましたが、「どうせ独りで生きていくのだから」と腹をくくって、長期戦で取り組むことに決めたのです。

◉改名でわたしの人生は動き出した

通称名は私の人生に、そっと背中を押すような「生きる力」を与えてくれました。

驚くほど、今までとは世界が違って見えました。

新しい自分になったような気分は、とてもすがすがしかったです。

「もう一度、ここから自分の人生を作っていこう」

極限まで生きづらい自分の人生、もう少し前向きに生きていけそうな勇気が湧いてきたのです。

そうしていると、生きづらい自分の性質は変わりませんが、身の回りの環境が少しづつ変わっていきました。

世界を広げようと、手探りで探したコミュニティで精一杯取り組んでいるうちに、いく人かの仲間に出会うことができ、思ってもみなかった人間関係が生まれたりしました。

さらにそこから数年が経ち、思いもよらぬ人間関係のつながりから、現在のパートナーに出会うことにもなりました。

孤独に生きてきた自分にとって、それはまあ、起こり得ない話でした。

あれだけ覚悟を決めて何年か続けていた改名の取り組みもしないことになり、今は一部コミュニティだけ通称名で活動を続けています。

今でもどうしてこうなったのかと、信じられない気持ちがあります。

もちろん、自分の性質というか、人生そのものがすべてポジティブになったわけではありません。

それでも改名しようと奮闘したことは、自分の人生に大きな変化をもたらしました。

「自分のためだけではない人生を生きる」という充実感を感じることができるなんて。

今も性と名前の不一致やキラキラネームの苦しみ、または過去の虐待などの理由で生きづらさを抱え、苦悩している人たちがいます。

改名した人たち、改名したい人たちがいます。

そんな人たちの「今のままで生きていくのは、あまりにも苦しい」という気持ちが私には痛いほどわかります。

また改名は申請などハードルが高く、今までの人間関係が変わったりと生活上のリスクも出てくる可能性があるので、誰にでもおススメできるものではありません。

それでも私にとっては、ギリギリの心身の状態でも精一杯生きることを諦めなかった行動として、とても意味のある大きなアクションだったと感じています。

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