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視点 第2章 見えないもの



〜前編までのあらすじ〜

中堅客室乗務員の梨花と、後輩 鈴は、仕事帰りにお茶を飲みに行った。

鈴は、軽い気持ちだったが、梨花には目的があった。

一章はこちら



鈴は、梨花の言葉を待っている。膝の上に、組んだ手を置いて聞いている。

梨花が言う。

「まず、すごいなと思ったのは、グラスを片付けて私たちを案内した時よ」

「え?普通に案内してくれただけ
ですよね」

「そう、案内は私たちの右側を歩いて案内するという、マナーに沿った案内だった。 でも、すごいと思ったのは座った時よ」


鈴は、眉間に皺を寄せて、ますますわからないという顔をしている。

「今、私たち向かい合って座ってるよね。でも座ってから私たち一度も自分たちの椅子を動かしたり、テーブルを動かしてないよね?」

「ああ、確かに」

「ということは、私たちの身長も考えて、この椅子の位置がベストだって、判断してセッテイングしたんだよ。
グラス片付ける時に、椅子の位置を変えていたから」

2人とも、身長165センチ以上だ。

「え?そこまでやります?」
「普通はやらないよね。でもあの人はやってたの」
「いや、それに気付いた先輩もすごいですけど」
「だから、勉強に来てるんだって」

梨花はニヤッと笑って言う。

「あなたはお客として、私はサービスの勉強としてここに来てるってこと」

「あー、それが違うんですね」

「まだあるよ」
「え、次はなんですか?」

「気づかなかった?
彼女、私たちのドリンクを持ってきたのは、ちょうど私たちの話が途切れた時よ。声かけてきたのは」

「えー、全然気づかなかった・・・」
と、鈴はだんだんと不安げになっていく。

「私たち、ひとしきり喋ったでしょ?オーダーした後。でもそのちょうど間が空いた時に声をかけてきたのよ。
あれは絶対にそのタイミングを見てたと思うわ。よくあるんだよねー、私たちの話の途中で「失礼します」って言う人。

商談とかしている人だったら、きっと嫌だと思うよ。だから、こういうホテルで商談するんだよね。少し値段が高くても、邪魔されないし、心地いいから。それがサービス」

梨花は、カップを手にして少し傾ける。

「まだあるわよ」

「えー、もう無理ですー」

鈴はギブアップ気味だ。

「全然、全く気づかない?何か良かったところない?」

梨花は、鈴に考えるチャンスを与えた。

「えー・・・」
「なんでもいいのよ。普段私たちが気をつけていることでも、先輩から教えてもらったことでも」

「あ」
「うん、何か気付いた?」

「はい!」

とわざわざ手をあげる。表情も明るさを取り戻している。これは、自信あるな、と梨花は思った。

「言葉遣いです。ロイヤルミルクテイでございます。カフェ・オ・レでございます、って言っていて、
「ロイヤルミルクテイになります」って言わなかった!!」

「正解」

「ですよね?先輩方に何度も注意されましたもん。「〜になります、は、間違った言葉遣いです」って」
「そうだよね。「なる」っていうのは、何か変化した際に使うよね。
100円と50円で150円になります、っていうのはいいし、絵の具の赤と青を混ぜると、紫になります、もいいんだけど、コーヒーになります、はバイト語って言われてるよね。これを禁止しているところもあるんだけど、間違って使ってる人、今多いから」

「先輩から、弊社のお客様にはそのような言葉遣いはしないでください、って言われました」

鈴は、てへっという感じで自分の頭を軽く叩いだ。

「教えてもらって良かったわね」
「はい、学生時代のアルバイトでは、
みんなその間違った言葉を使ってましたから、誰も教えてくれませんでした」

梨花は黙ってうなづく。

「よくできました」

「ありがとうございます!
なんか楽しい」

「だよね。やっぱり接客好きな人は、楽しいはず。でもまだあるのよ」

「えー、まだですか?」
「うん、あと二つかな」

「ちょっと考えてみますね」

鈴は、カフェ・オ・レを口にした後、
腕組みをして考え始めた。

思い出しているのだろう。
今までの彼女の接客を。

梨花は、一面に見える海を見ながら鈴の答えを、ゆっくり待っていた。


続く



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