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『猫親父』

ねこのきもちWEB MAGAZINE編集室が飼い主さん1,258名に
「猫好きな人」についてアンケート調査を実施したところ
55.8%の飼い主さんが「悪い人はいない」と回答したそうです。

日向でお昼寝をしている猫の
モフモフのお腹の温かい陽だまりの匂いをすうーっと大きく吸い込む。
それだけで不思議と幸せな気持ちになれる。
猫好きの人に悪い人はいないよね?
そう思いたい、、、のかなぁ。

そうそう、そのおじさんも猫が好きと言ったの。
だから、悪い人ではないと信じた。

「あのぉ、すみません、いいですか?」

通路とカウンセリングルームを仕切るカーテンを恐る恐る開けた。

白髪交じりの頭に眼鏡をかけて
濃いグレーのスーツの上着を脱いで
水色のシャツを肘まで捲り上げた中肉中背の50代半ば位の男性が
「いいですよ。どうぞ」と迎えてくれた。
私の顔を見るなり満面の笑みを浮かべた。
咄嗟にちょっと気持ち悪いと感じた。
過去の経験から
この笑みの正体が何処から来るものなのか嫌と言う程分かるから。

背もたれの無い茶色の木の椅子に座った。
テーブルには12星座のアイコンが円状に並んだ黒い布。
その上にはゴツゴツした握りこぶし大の水晶。
タロットカードの箱が如何にも占いという雰囲気を醸し出していた。
占いのメニュー表に霊視の文字を見つけてはっと息を飲む。
霊視に興味はあったけれど
霊能者と言う人に何処へ行けば会えるのか分からなかった。
だから家の近くのショッピングモールで
会えるなんてお手軽な気がして思わず聞いてしまった。

「霊視ってどんなことが分かるのですか?」

「映像としてその人の様子や考えていることが見えてくるのです」

これは信じて良いのだろうか?
この人は本物なのだろうか?
でも、偽者だったら堂々と霊視と書かないだろう。
兎に角、私は亮ちゃんの気持ちが知りたい。

占い師は一枚の用紙を私の目の前に差し出した。
そこに生年月日や名前を記入する。
相手、つまり亮ちゃんの情報を書く欄は無い。

書き終えてボールペンをテーブルに置いた。

「付き合っているか微妙な関係の人がいるんですけれど
最近すれ違いが多くて。
昨日だって、会う約束をしていたのに前日になって
お母さんを病院に連れていく事になったからってドタキャンされたんです。
もう私と会いたくないから病院も嘘なのかなとか
他に気になる人が現れたのかなとか、不安でいっぱいで、、、
彼の気持ちが分からないんです」

「その彼の写真はありますか?」

写真をどうするのだろう?
占いなら生年月日とか名前とか聞くはずなのに。
困惑しながら亮ちゃんのインスタを開き
顔のアップの画像を選んで占い師に見せた。
目を伏せる様に軽く閉じて、ふぅっと息を大きく吐き
左手首にしていた水晶のブレスレットを右手で触りながら
遠くを見るような目でこう言った。

「病院というのは本当だね、嘘ではない。
でも彼に他に気になる人が現れたみたいだね。
彼のあなたに対する優先順位が下がっちゃったんだね。
あなたは結婚しているでしょう?それなら尚更ですね」

「気になる人が現れたのはいつ頃ですか?」

「12月中旬くらいかな」

そう言えば、、、思い当たる節がいくつかある。
私がインスタのストーリーズを上げると必ず見てくれていたのが
その頃から全く見てくれなくなった。
この前のデートで帰宅後に送った
「今日はありがとう」のLINEがなかなか既読にならなかった事。
それに亮ちゃんはドラマーという仕事柄女性と接する機会が多いから
魅力的な人に出会うことも多いだろう。
ああ、やっぱり、、ため息交じりに呟いた。

「仕方ないですよね
私は既婚者なのに彼の一番でありたいなんてただの我儘です。
遊びだって割り切ろうとしていたのに、関係を持つと好きになってしまう。
その人に依存しちゃうところがあって」

セックスすると好きになってしまうのは亮ちゃんが初めてではない。
毎回、深入りはしない好きにならないから大丈夫と心に決めたはずなのに
セックスすると、やっぱりダメだ。
相手にも自分と同じくらいの熱量でいて欲しい。
私を最優先にお姫様扱いして欲しい。
そうすると相手は私の事を
重いウザいしつこい女認定し結局フラれてしまう。
その繰り返しだった。

「彼はもっと軽く遊びたかったんでしょうね。
あなたの容姿はすごくタイプ。
でも、途中で気持ちが重くなってしまった」

まるで私の心を見透かされているかの様。
頷いて聞いていた。

「相手に依存するのはどうしてなのか考えたことありますか?」

質問されて、うーん、と答えに困った。

「空っぽの瓶が満たされるように子どもは親から愛情を受けて育ちます。
大人でその愛情で100%満たされている人はあまりいないけれど
普通は80%はあるんです。でも、あなたの場合は60%くらい。
その足りない部分を満たしてくれる人を求めてしまう。
旦那さんが満たしてくれないなら他の人にその人がダメならまた他の人にと
結果的に恋多き女ということになるんです。
あと20%を満たせる何か
恋愛でも恋愛以外のものでも、例えば趣味とかを見つけられるといいね」

その穏やかな話しぶりから不倫を責められているようには感じない。
この人は私の寂しさの原因を理解している。
この人は本物なのかもしれない。

「彼とは前みたいな関係に戻れますか?」

「うーん、少し難しいかな。彼はもう心を決めてしまっているみたいだね」

がっくりと肩を落とした。

「僕だったら
あなたの満たされない気持ちを埋めてあげることが出来るのにな」

何を言っているの?気持ち悪い。。。
この人は何を考えているのだろう?
ここは一応モール内で看板を掲げているお店。
セクハラとも取れる発言に驚き同時に背筋に嫌悪感が走った。
私の心を満たすことが出来るのは亮ちゃんしかいないのに。

ピピピピ・・・とテーブルの上のタイマーが鳴った。
占いを始めてから20分が経ったことを知らせるアラーム。

「他に何か聞きたいことありますか?」の問いに「大丈夫です」と答える。
占いメニューの料金表の20分3,000円を確認し
バッグからお財布を出そうとした。

「20分なので3,000円です。
でも、ランチでも奢っていただいたら、それでいいですよ」

両手をテーブルの上で組みにっこりと微笑んだ。
私に考える時間を与えるかのように。

もし、ここで支払うのを選んだら、これっきり。
つまり次回も料金を払って鑑定してもらう占い師とお客様の関係。
でも、ランチという選択をしたら、、、
食事をしながら霊視とか亮ちゃんとの事を相談出来るかもしれない。
待て待て、この人が本物なら
私が今こんな駆け引き考えているのもお見通しなのだろうか。。。
それも面白いかもしれない、この話に乗っかってみよう。

「来週の土曜日は空いていますか?」

右斜め45度に占い師の顔を見上げた。
ちょっと待ってね、と黒皮の手帳を開くと
大丈夫ですよ、と言い名刺を差し出した。

「僕の電話番号です。番号で検索するとLINEも出て来ますよ。
場所とか時間を決める連絡を取り合いましょう」

名刺の右上に「そら」という名前の猫の画像が目に入って
猫を飼っているのですか?と尋ねると
可愛いでしょ?猫は好きですか?と聞かれたから、はい、と答えた。
ありがとうございました、と言ってカウンセリングルームを出た。

LINEを開いて名刺の電話番号を入力し検索すると
その占い師が出て来て友だちに追加した。
大丈夫だよね、猫好きの人に悪い人はいない、、、はず、だから。。。

そして表示名を『猫親父』に変更した。
このちょっと気味の悪い占い師のおじさんを『猫親父』と呼ぶことにした。

その週の土曜日
自宅から20分程離れたベーカリーレストランで待ち合せた。

駐車場に車を停めて待っていると
約束の時間ぴったりに一台の黒い軽自動車が入って来た。
街中でよく見かけるどうってことの無い国産車。
途端に占い師という肩書が急に色褪せて見えた。

降りて来た猫親父は黒のパンツにチェックのシャツ
黒のジャケットを羽織って斜め掛けのバッグという恰好。
これじゃ一昔前のオタクみたい。
この前は座っていたから分からなかったけれど
身長は160㎝後半で如何にもおじさん体形。
好きじゃない、改めて思った。
亮ちゃんはもっと細くって服装もお洒落。
亮ちゃんがいい、亮ちゃんに会いたい。。。

憂鬱な表情を見せないように必死に笑顔を作った。

猫親父はお店のドアを開けて先に中に入る。
こんなとき亮ちゃんはドアを押さえて、どうぞ、と言ってくれたのに。

店員さんがいらっしゃいませと奥の席を案内してくれた。
周りは家族連れや女性同士のお客さんが多い中
どう見ても不倫カップルにしか見えない私たちは場違いな感じがした。

「こうやってお会いできることが嬉しいです。誘ってくれてありがとう」

メニュー表を広げながら言う。

「こちらこそ、ありがとうございます」

出来るだけ笑顔で答えるけれど、絶対に顔は引き攣っている。
聞きたいことだけ聞き出したら素早く立ち去ろう。

サラダとメイン料理とデザートとドリンクのコースを頼んだ。
猫親父はサラダのレタスを頬張りながら質問する。
結婚何年目なの?
出身地はどこ?
仕事は何をしているの?
休みの日は何をしているの?
自分の話をするのはインタビューを受けているみたいで
楽しくて思わず笑みが零れる。
そんな私を見てか猫親父はご機嫌だ。
猫親父も自分が占い師になった経緯や
奥さんも同じ仕事をしていることを話してくれた。

メインのローストビーフに添えてあった丸ごと一個の小さな玉ねぎを
ナイフで切ろうとした時玉ねぎがグチャっと潰れた。

「あっ、崩れちゃった。どうやって食べよう」

反射的に、嫌だ、と感じた。
玉ねぎが悪い訳じゃない。
どう見たって食べにくそうな形をしているのだから。
お箸やフォークの持ち方や食べるペースや咀嚼音とか
生理的に受け付けない人はいる、それだ。
そんな人と会って食事して話して、、そのどこが楽しいのだろう。
全然楽しくない。
亮ちゃんがいい。。。

デザートのタルトを食べ終え紅茶を飲んでいると

「これからどうしますか?」

聞かれると思った。

どうするも何もランチだけと考えていたし
私が今したいことは既読スルーされると分かっているけれど
亮ちゃんに「午後からもお仕事頑張ってね」とLINEをすること。
でも、霊視とか亮ちゃんの事について何も話していない。
どこか喫茶店に行き「亮ちゃんの気持ちを視て欲しい」と話してみようか?
霊視が出来る猫親父なら私の狡い考えも見透かされている?
返事に戸惑っていた。

「車を森林公園に停めて僕の車の中でお話ししますか?」

ちょっと、ちょっと待って!
森林公園の駐車場は道沿いから奥に入った所にあり人目に付きにくい。
不倫カップルの待ち合わせや
木陰に停めた車の中でそういう行為をするのに使われていると有名な場所。
しかも駐車場から50mしか離れていないところにラブホもある。
猫親父とそんなところに行くなんて、まさに飛んで火にいる夏の虫。
でも、霊視もして欲しい、どうしよう。。。

「じゃあ、僕のサロンでお話ししますか?」

「サロン?サロンてカウンセリングをするところですか?」

「はい、自宅兼サロンです」

私をそこに呼ぶのは奥さんが不在だということ。
不在でも自宅でそんな行為をするとは思えない。
自宅なら大丈夫だよね、もし、そうなったら逃げ出せばいいだけ。。。

「じゃあ、サロンに伺います」

サロンは閑静な住宅街にある築30年くらいの和風の一軒家だった。
玄関の前に「空の家」と案内の看板が立ててある。
引き戸を開けると一匹の白い猫がニャーと現れた。
あの名刺の猫。
「そらちゃん」と呼んで頭を撫でようとすると
指の間をすっとすり抜ける様に逃げ去った。

「逃げちゃった」

「この子ね、触られるのがあまり好きじゃないの」

猫は陽の当たる廊下でコロンと横になってこちらをチラッと見た。

猫親父は玄関を入って右の廊下を進むと和室の障子を開けた。

「ここがカウンセリングをする部屋です」

八畳の和室の真ん中に茶色い木のテーブルの上に紫色のクリスタル
床の間には曼荼羅の掛け軸。
他人の家の匂いがした。

「今日は天気が良くて暖かいから、こちらでお話ししましょう」

そう言って通されたのが
和室の向かい廊下を挟んだ縦長の三畳程の広さのサンルーム。
真ん中にテーブルと椅子、本がずらっと並んだ本棚。
向かい合わせに座る。

LINEが気になってチェックしたけれど何も届いていなかった。

「あれから、既読スルーばかりで何も言ってくれないんです。
やっぱりこのまま終わっちゃうのかなぁ」

ため息交じりにボソッと呟いた。

「もう誘って来ないですよ」

そんな、、、私の気持ちに寄り添う様子も無くばっさりと切捨てた。
カウンセリングをする人が言う言葉なのだろうか。
呆気に取られているとこう続けた。

「言ったでしょう?彼には他に気になる人がいる。
今のところ二人で会ったり進展はない様だけど
お互いにどうかな?と意識している状態。
あなたのことはあまり頭にないみたい」

亮ちゃんがその気になるという女性に
話かけようかチラチラと様子を伺っている
女性も満更ではない顔をして亮ちゃんに話しかけられるのを待っている
そんな光景が頭に浮かび、居ても立ってもいられなくなった。

胸の辺りが不安でざわざわして呼吸が乱れる。
どうしてこんな焦らせることを言うのだろう。
亮ちゃんが今ひとりでいることを確認したくてLINEを送りたくなった。
でも、何と送ればいいのか思い付かない。

亮ちゃんが演奏しているYouTubeの動画を猫親父に見せた。

「この人なんです。この姿がとても好きなんです」

猫親父の方を見ずに動画を観続けた。
目から熱いものがこみ上げて画面が滲んだ。
ふと、猫親父に視線を向けると
如何にも興味がありませんという様子でフワァと欠伸をしていた。
何だよ、コイツ、と苛ついた。

「5年前にお付き合いしていた女性のことも妻にはバレていないです」

何の脈絡も無く出て来た過去の不倫告白に
はぁ?何言ってんのコイツと思った。
だから私に自分と付き合えと言っているのだろうか。
無理、絶対に無理。生理的に受け付けない。
受け付けないと言いながら
タダで霊視をしてもらえるのを期待してついて来た私もそりゃ悪いけれど。

絶対に眉間に皺を寄せたあからさまな態度をしている。
もしかして霊能者の猫親父には心の声も駄々洩れなの?

「私、そんなにいい子じゃないですよ。
過去にも色々と悪いことをして来ましたから」

「あなたになら、騙されてもいい」

気色悪い。いつの時代のドラマの台詞?
コイツにそんな手間をかける面倒くさい事はしたくない。
奥さんや旦那にバレて慰謝料請求されたり離婚などごめんだ。
亮ちゃんなら覚悟も決まるのに。
猫親父だけは絶対に嫌だ。

「頬っぺた触っていい」

はぁぁぁぁ!?今何て言った?
私のほっぺに触れるだと?
その右手で頬っぺたを触って
そのまま自分の方に引き寄せてキスでもするつもりだな?
気持ち悪い、汚らわしい。。。
嫌だ、そんなこと死んでもさせない。
私に触れていいのは亮ちゃんだけだ!!!
怒りでスマホを持つ手が震えた。

「彼がいいです」

猫親父をばっさりと切り捨てる様に湧き出る怒りを抑えながら言った。

「そろそろ帰らなきゃ」

玄関で靴を履いていると
そらちゃんがニャーと猫親父の足元に纏わり付いた。
猫親父はそらちゃんを抱きかかえた。

ありがとうございました、と頭を下げながら思った。
もう、ここには二度と来ない。
それから占いのコーナーにも二度と行かない。
猫親父にも二度と会わない。
霊能者なら私の決心もお見通しなのでしょう??

それに、それに!
亮ちゃんに気になる人がいると嘘をついているのかもしれない!!

顔を上げると、猫親父は何とも言えない表情をしていた。
だけど振り向かずにサロンを後にした。

親身になってあなたの相談に乗りますよとかいっておきながら
不倫相手がいないかとカウンセリングに来る人を物色している。
占い師や霊能者=人格者とは限らない!!
猫好きな人に悪い人はいない、、、とは思う。
猫好きだけれど、ただの変態親父に出会ってしまっただけだ。。。







































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