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華憐なピンクのために

セダム属、特にメキシコ産のセダム属はプクプクした葉が多い。
その中でも虹の玉やオーロラは、プックリした丸みのある葉が特徴で、とても可愛らしい多肉植物だ。
そのプクプクした緑色の葉が、秋には葉の全体が紅葉し真っ赤に染まる。
その姿も十分萌えるものなのだが、虹の玉やオーロラに似た乙女心の紅葉は別格だ。葉先だけほんのりピンクに染まり、その姿はまるで頬を染めたような乙女のようで、とても華憐なのだ。
なので乙女心を見かけたら、ぜひお迎えしたいと思っていた。
そして2年目の春の終わり、ついに園芸店で私たちは出会ってしまった。
見つけた瞬間、「本当に出会うなんて!?」とまるでどこかの芸能人に会ったようにドキドキしてしまった。想像以上に可愛かったのだ。私の心にも、僅かながら乙女心があったようだ。

乙女心が我が家にやってきたのが、春のおわりだったこともあり、あっという間に夏を迎えてしまった。
先輩である虹の玉は、この時2度目の夏だっただろうか。虹の玉は真夏でも元気で、暑さなんて物ともしない強さがあった。何もトラブルもなく、越夏したという実績があった。
ところが形状は似ているが、虹の玉に比べたら、乙女心は高温多湿に弱いという。その知識がなかったわけではない。
だが虹の玉の強さを見せつけられていたせいか、つい油断していたのだ。弱いと言ってもそれほどでもないと…。

ところが突然、乙女心が跡形となく忽然と消えてしまったのだ。3日前までは元気だったのに。枯れるというステップすらなく、溶けて消えてしまったのだ。そのことをどうしても受け入れられない自分は、狐につままれたような気分になった。
やがて(毎日目を離さず見ていれば、こんな結果にならなかったんだ)という後悔の念が徐々に押し寄せてきた。私はいつもいつも、こういうところが大雑把なのだ。あんなに可愛かったのに…。こんなことがあっていいのだろうか…。

ところが欲とは怖いもので、そんなことがあったのにも拘らず、乙女心をそばに置きたいという欲望は、どうしても溶けなかった。
そして涼しくなった秋に、私は何事もなかったように買ってしまったのだ。
私は非情であり、懲りない人間なのだ。
秋に来た乙女心は、すでに可愛らしくピンク色に紅葉していた。高温多湿に弱い乙女心だが、寒さにはとても強い。頬をピンクに染めらながら冬は元気よく過ごし、春の生育期に入るとより一層成長していった。とても順調だった。春は本当にいい季節なのだ。

そしてトラウマの夏に突入した。
よりによってその年は、例年にない猛暑になると予想されていた。

6月下旬のある日。
何やらヤバい暑さを感じてきたので、気が早いが遮光カーテンを付けた。
シルバー色の遮光率55パーセント。カーテンがないべランダの床はじりじりと暑いが、カーテンの影は涼しさを感じる。カーテンの効果を自分の肌で確認し、これで夏を乗り越えることが出来るような気がしてきた。

7月上旬のある日。
30度を超える日はあるが、カーテンのおかげで乙女心は溶けることはなかった。それより他の多肉にアブラムシが発生し、アブラムシの駆除に振り回されてしまう。どの防虫剤がよいだろうか、沢山の殺虫剤を前にして真剣に悩んだ。アブラムシに効くやつ…いや、勝手にアブラムシって思っているけど、あの虫はアブラムシ…だよな?…たぶん。
乙女心の心配より、アブラムシとの攻防が頭の中を占めていった。
そんな私の苦悩をよそに、ジワジワと気温が上がっていく。

7月中旬のある日。
いつの間にか35度以上の真夏日が続くようになった。
人も朦朧としているが、多肉も朦朧としているようだ。
よく分からないけど。

7月下旬のある日。
乙女心に触れたら、葉が簡単にポロポロ落ちてしまった。
ここでやっと乙女心の異常事態に気が付いた。
まだ溶けていないが、これは明らかにヤバい状態だ。私でも分かる。

そう、私はまたやってしまったのだ。

とりあえず水は控えているので、高温多湿による根腐れではないはずだ。
遮光カーテン越しでの日照不足か?いや、水不足か?もしくは単純に暑すぎるだけなのか?色んな原因を考えても、どれも当てはまる気がする。
どのように対処すべきか分からなくなり、怖くて何も出来ず、右往左往するしかなかった。大雑把だが、小心者なのだ。
会話が出来れば何が一番いけないのか分かるのに!と、ボヤいても仕方がない。私は迷いながら、乙女心を手前にしたり影に置いたりと、あちこち場所を移動した。そんな地味な対処では、状況が良くなるはずもなく、乙女心の葉がポロポロ落ちることを止めることは、もはや出来なかった。
急激な環境の変化になるけど、構うもんか!と、ようやく部屋に避難させた。しかし「時、既に遅し」だった。
夏の終わりには、葉が全部落ちてしまった。また失敗したのだ。

よくよく振り返れば、7月中旬から8月中旬の1ヵ月間のこの地方の気温は病的だった。37度を超えた日が、なんと20日間もあったのだ。ここまでの酷暑になると思わず、まだ大丈夫と甘く見ていた私がいけなかったのか。
カーテンもあるし何とかなるだろうと高を括っていた。これが敗因ではないだろうか?
確かに前のように溶けることはなかった…溶けることはなかった。もしも早めに部屋に避難したら、葉が落ちることはなかったのではないか?私は早い決断力や、トラブルに対処する判断力が足りないのだ。

乙女心を想う度、タニラーにとって一番の試練は越夏だと思う。タニラーの目標は、無事越夏することなのかもしれない。
こうして毎年恒例の「晩夏の大反省会」で、己の足りない部分を考えるのだ。私は多肉を通じて、自分も日々成長していくのだと思う、たぶん。


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