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懐かしのコーヒーショップ

古いけれど清潔な店内。マガジンラック。
タバコを咥えて談笑する地元のおっちゃん、おばちゃんたち。

18歳。初めてのアルバイトは京都の小さな喫茶店だった。

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今思えば、喫茶店のアルバイトは私に向いていたなあと思う。

仕事の流れが決まっていて、先読みしてパズルのように進めていくのが気持ち良かったからだ。

◇お客さんが入ってくる。「いらっしゃいませ」と声をかけておしぼりとお冷を持って行く。
◇注文が決まったら聞きに行って、伝票に書いて厨房に通す。「3番さんブレンドワンお願いします」。
◇コーヒーが上がってきたらすぐに出せるように、ソーサーとフレッシュを用意しておく。「ブレンド上がりまぁす」マスターの声がしたら取りに行って席に出す。
◇ランチならお箸とドレッシングを席に持って行っておく。料理が出来上がったらお味噌汁を入れて、席に運ぶ。
◇食べ終わったお客さんが立ち上がったらレジに向かう。お会計を終えて、「ありがとうございました」と笑顔で声をかける。

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その一連の間に、空いている皿があれば席から下げる。洗い物を溜めないようにこまめに洗って、食洗器にかける。ほかほかになった食器を決まった位置に戻す。
暇なときにはメニューを拭いたり、紙ナフキンやつまようじを補充したり。紙ナフキンは、スカスカだと目が行き届いていない印象を与えるし、ぎゅうぎゅう詰めだと取り出しにくい。

「ランチが上がるまでにこれとこれができるな」「5番さんにブレンド届けた帰りに物置に寄っておしぼり取ってこよう」。動線を組み立てて、効率よく仕事を進める。その時々で優先順位を考えながら体を動かす。

お客さんが立て込んだときには、テーブル6席とカウンター7席のそれぞれで、注文前、出来上がり待ち、食後のドリンク待ちと、状況を頭の中で整理して目を配る。
小さい店内で起こりうることは限られていて、ある程度慣れたら自分の頭の中にあるパターンに当てはめて、起こったことに対処できるようになる。

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アルバイト奮闘記が書きたいわけではないから成長の過程は端折るけど、最初は本当に仕事ができなかった。

マスターと奥さんには良く面倒を見てもらったなと感謝している。

その喫茶店は私が辞めた1年後くらいに30数年の歴史を終えた。
気づけば受動喫煙に厳しい世の中になり、コロナ禍で外食業全般が苦境に立たされている。
それらとは関係のない理由で閉店になったけれど、どちらにしても時代の変化についていくのは難しかったのではないかと、冷静な私は思ったりする。

給料は手渡し(給料日遅れは常習)、近所のスーパーへ買い出しに行って、自転車の前後のカゴにパンパンのレジ袋を積んで店に戻る。そんなことが当たり前だったのも、今からすれば牧歌的だなあと思う。

マスターと奥さんとは今でも仲良くしていて、たまにコーヒー豆を売ってもらっている。
仕事がなくなってから結構生き生きしているので私も嬉しい。

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話は変わるようだけど、人間は大きく自閉タイプとADHDタイプの2つに分けられる、と友人が言っていて得心した。

私は間違いなく自閉タイプだ。
同じ場所にじっとしていたり、決まったパターンが気持ち良かったりする性格。
絶えず動き回ったりパターンに嵌らずに考えたりという、ADHD的行動がないわけではないけれど、これはあとから意識して行動を変えた結果だ。

喫茶店での仕事は、こういう私の性格に合っていたのだろうな。
流れとやることを頭の中で整理して、組み立てて動くという働き方が。

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個人経営の飲食店は、コロナで本当に厳しい状況にあると思う。
チェーン店とは違って、その店ごとに唯一無二の時間が流れていて、お客さんにとっては代えられない場所。できればどこも潰れてほしくないと、言うだけなら簡単なことを思ってしまう。

食器のぶつかる音、コーヒーとタバコの混ざった匂い、ご近所さんでがやがやと賑わう店内。あの空間が懐かしく、今もリアルに思い出される。

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