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【17】去りゆくあなたへ

1話前話
中学校の少林寺拳法部の思い出を文字にしました。
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「先輩の晴れ舞台だ!気合い入れていくぞ!」


 三月に高校の卒業式を迎えました。ついに、鬼塚コンビ率いる黄金世代が卒業します。先輩たちの晴れ舞台に、部員が集結しました。少林寺拳法部では、後輩が身体を張って見送るのが伝統です。
 昨年の僕たちは、鬼塚コンビに女装させられました。チュピくんは脚が長いので、塚原副部長の用意したミニスカートを履くと、常にパンチラ状態でした。
 今年は、一年生の金田が身体を張る予定でしたが、インフルエンザになってしまいました。そのため、僕たちは二年連続で身体を張ることになったのです。
 今年は鬼塚コンビを見送るので、半端なことはできません。


「今年は武田鉄矢でいく!」


 上野先輩が言いました。見送りの段取りは、事前に先輩たちの会議で決めていたそうです。会場を出てきた先輩へ、『海援隊の贈る言葉』を歌って見送ることになりました。

海援隊 贈る言葉


「お前ら今日はオシャレにしてやるぞ!」


 上野先輩はそう言うと、墨と墨汁を持ってきました。そして、僕たちを上半身裸にして背中に文字を書き始めました。祝・卒・業の三文字でした。
 三人の坊主が並ぶと、身長差でマトリョーシカ人形みたいになっていました。警察官を目指しているチュピくんが"業"を背負っているというのは、なんだか面白かったです。
 その後、髪をジェルでめちゃくちゃにセットされ、顔にも墨で落書きをされました。まっつんの額には、大きくドMと書かれていました。


「これなら鬼塚コンビも喜んでくれるはずだ!」


 落書きが完成すると、上野先輩は嬉しそうに笑いながら言いました。背中の文字は道着で隠します。三月なので、道着に裸足の僕たちは寒さで凍え死にそうでした。会場への道中、すれ違った同級生に顔の落書きと髪型を見られて笑われました。
 周囲の視線に恥ずかしさを感じながら、卒業式が終わるまで会場前で待機します。



「ご卒業おめでとうございます!!」


 卒業式の会場から出てきた先輩たちをクラッカーで出迎えました。円を描くように先輩を囲むと、部員全員で『贈る言葉』を大きな声で歌います。歌が始まると、僕たちは道着を脱ぎ捨てます。寒空の下で鳥肌が立っていました。

「くれぇ~なずむぅ~まぁちのぉ~」



 先輩の指示どおり、僕たちは武田鉄矢のモノマネをしながら熱唱します。合唱コンクールよりも気持ちを込めて歌っていました。


「ウォウ!ウォウ!ウォウ!」



 歌詞の「去りゆくあなたへ」の後に、一年生が合いの手を叫ぶと大うけでした。これには少林寺拳法部だけでなく、周囲の人たちも笑っていました。
 道着の集団が熱唱しているので、少林寺拳法部は注目を集めていました。

「祝!卒!業!」


 歌が終わると、三人で背中を見せて一文字づつ叫びます。この演出に、黄金世代の先輩たちは笑いながら拍手してくれました。恥ずかしかったですが、やり切った清々しさもありました。
 その後、女子の先輩が色紙や花束を渡していきます。受け取った卒業生の先輩は、一言ずつ最後の言葉を残していきます。

「俺たちについてきてくれてありがとう…」


 泣きながら話す先輩もいました。普段は弱さを見せない黄金世代の先輩が泣いている姿には、おもわず瞳が潤みました。女子の先輩はみんな泣いていました。過ごしてきた時間が僕たちよりも長く、先輩への想いも大きいのだと感じました。
 自分たちも二年生になり、先輩としての責任やプレッシャーを知りました。黄金世代の先輩たちはその何倍も大変な中で、一切手抜くことなく僕たちを率いてくれていました。改めて、凄い人たちだと思いました。

「次はOBとして遊びに来るからよ!」


 最後に、鬼嶋部長が笑顔で言いました。鬼塚コンビも卒業です。二人はインターハイの実績が評価され、一緒に有名大学に推薦入学するそうです。大学でも鬼塚コンビの名は轟くことでしょう。
 先輩たちの去りゆく姿を、部員全員で最後まで見届ました。部活を辞めずに続けて、先輩たちのように胸を張って卒業したいと強く思いました。
 こうして、少林寺拳法部の一つの時代が終焉しました。


「駄菓子屋行こうぜ!」


 先輩たちを見送るとまっつんが言いました。ジェルでガチガチに固まった髪と、背中に墨で書かれた文字を背負ったまま制服に着替えます。三人で駄菓子屋へ寄り道すると、コーラで乾杯しました。
 来月から、僕たちは中学三年生になります。入部してからずっと絶対的な存在だった鬼塚コンビは卒業しました。僕は、何か大きなものを失ったような気持ちになっていました。
 長いような、短いような、密度の濃い時間は、止まることなく、進み続けるのでした。

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次は「はじめてのカツアゲ」です