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【15】地獄の夏合宿再び

1話前話
中学校の少林寺拳法部の思い出を文字にしました。
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「合宿行きたくねぇよ…」


 夏休み終盤、今年も夏合宿の時期がやってきました。昨年、厳しい経験をしているので憂鬱でした。一日中練習、夜は洗濯、食事も一切気を抜けないのです。普段の練習や大会もハードですが、一年生を振り返ると合宿が一番キツかったです。


「このまま逃げちまおうぜ…」


 まっつんは合宿へ向かう電車の中で苦笑いしながら言います。僕もこの誘いに乗りたい気持ちでいっぱいでした。二度と見たくないあの大きな体育館へ向かっていると思うと、反対側の電車に乗ってどこか遠くへいってしまいたかったです。

「今年もご飯食べ放題だぞ!」


 チュピくんだけは合宿に前向きです。ご機嫌な彼は、昨年よりも大きなキャリーバッグできています。何が入っているのか少し気になりました。

「走り込みから行くぞ!」


 合宿所について準備をすると、すぐに練習が始まります。相変わらずの広い体育館で掃除も大変です。
 一年生の頃は学年が上がるほど体力が増して練習が楽に感じると思っていました。しかし、体力の限界まで追い込む練習内容なので学年が上がっても練習はめちゃくちゃにキツいです。
 何年も続けている先輩たちは本当に凄いと思いました。

「結局、今年も夜の洗濯か…」


 流石に、道着の洗濯を金田だけにやらせるわけにはいきませんでした。真面目な金田は「自分一人で頑張ります!」と言ってくれましたが、面倒見の良いチュピくんは当たり前のように洗濯場へ手伝いに向かいました。僕たちも夜の洗濯の大変さがわかるので彼に続きました。
 洗濯機&乾燥機と過ごす長い夜が今年も始まります。

「金田生きているか??」


 金田は初めての合宿でヘロヘロになり、洗濯機にもたれて寝ていました。まっつんに起こされると「すみません!起きてます!」と慌てていました。
 キツイ練習に耐え、同級生がいない中で頑張っている彼のことを立派だと思いました。金田は小さな一人部屋なので心細いはずですが「自分は一人の方が落ち着きます!」と言っていました。
 僕が同じ立場だったら逃げ出したかもしれません。

「ドデカミン飲むわ!」



 チュピくんは今年もドデカミンを飲んで洗濯場で拳立てを始めました。


「先輩!ご一緒します!」



 それを見た金田は、すぐに自分もドデカミンを買ってきました。一口飲むと、一緒に拳立てを始めました。可愛い後輩です。すでに黒帯の彼がさらに成長したら、将来は鬼塚コンビのような大物になるだろうと思いました。
 まっつんは「ついていく相手を間違えてないか…」とボソッと呟きました。

「ゲーム持ってきたか?」


 夜の洗濯が終わり部屋に戻るとまっつんが言いました。二度目の合宿ということもあり、僕たちはこっそりゲームを持ち寄る約束をしていました。僕はゲームボーイアドバンスを、まっつんはPSPをそれぞれ持ってきていました。
 最後にチュピくんの方を向くと、彼は「待ってました!」と言わんばかりのニヤニヤした表情をしています。

「俺はプレステ2!!」


 なんと、チュピくんは『プレイステーション2』を持ってきていました。合宿の部屋にテレビはありましたが、まさか据え置き型のゲーム機を持ってくるとは思いませんでした。コントローラは一つだけで、ソフトは彼が大好きなゴジラのゲームでした。
 僕たちはチュピくんのすることにいつも驚かされます。彼のキャリーバッグが昨年より大きかった謎が解けました。
 就寝前にみんなでゲームをすると少し明るい気持ちになりました。

「キツ過ぎる、脱走しよう・・・」



 三日目の夜に今年もまっつんが言いました。二回目の合宿でもキツいものはキツいのです。まだ半分残っていることを考えると、僕も逃げ出したくなります。
 せめてもの癒しにと、洗濯までの時間にゲームをすることにしました。

「お前ら!明日の朝練について確認しとくぞ!」


 ゲームをしていると、突然部長が部屋に入ってきました。部屋の鍵をかけるのは禁止されていたので、ノックもなく入ってきました。
 予想外のタイミングに驚き、慌てて僕とまっつんは布団にゲームを隠しました。

「お前ら合宿を舐めるなよ!!」


 僕とまっつんの携帯ゲーム機は隠せましたが、プレイステーション2を隠すのは無理でした。その流れで部屋を隅々までチェックされ、僕たちのゲームもバレました。神聖な合宿にゲームを持ち込んだことで部長や他の先輩も大激怒でした。もちろん、ゲームは没収です。
 その場で正座させられて黄金世代の先輩に囲まれました。今まで何度もシメられていましたが、今回は特に厳しくされました。先輩たちが真剣に合宿に取り組んでいる気持ちが伝わります。
 先輩たちの熱い気持ちに、ゲームで水を差してしまったことに申し訳ない気持ちが湧き出てきました。泣きながら反省した僕たちは、翌日から汚名を返上するために必死で練習に打ち込みました。

「お前ら来い!」


 最終日前日の夜に、洗濯をしていると先輩に呼び出されました。先輩の部屋へ着くと、昨年同様に暗い部屋で囲まれました。合宿での深夜の拳立ては一年生だけと聞いていたので混乱しました。

「拳立て百五十回やれ!」



 三人で拳立てが始まりました。中学一年生は夜に先輩に囲まれて、拳立て百回をするのが合宿の伝統です。今年は先輩サイドから金田が拳立てをする姿を高みの見物できると思っていました。
 しかし、ゲームの件は叱られて終わりではなく、きっちりペナルティが用意されていました。回数は二年生なので昨年よりも五十回多いです。

「一回一回しっかり身体を下ろせ!」


 ドンドン重くなっていく腕が、昨年の苦しみを思い出させます。唯一の救いは隣にまっつんとチュピくんがいることでした。まっつんは汗だくになっています。チュピくんは相変わらず表情に大きな変化はありませんでした。 
 僕は今年も泣きながら無我夢中で腕を動かし続けました。

「腕がダンベルみたいに重いよ…」



 今年も腕があがらなくなり、道着を洗濯機へ入れるだけで大変です。体力の限界を超えて身体が悲鳴を上げていました。

「俺たぶん百五十回もやってなかったわ」



 まっつんは、僕とチュピくんが注目されている時にうまく数をごまかしたようです。
 チュピくんは「最後の方でフォームが崩れたのが悔しい」と気にしていました。彼はゲームを持ち込んだことよりも、拳立ての出来を反省していました。そして、ドデカミンを飲んで拳立てを始めました。
 僕たちにつっこむ気力はなく、黙って洗濯を続けました。ちなみに、ゴールデンルーキーの金田は無事に百回やり切ったそうです。

「合宿を終了します!礼!」



 最終日に千本突きをやりきると、合宿は終了しました。拳立ての疲労で、昨年以上に千本突きがキツく感じました。
 今年も様々な感情が溢れて涙が流れました。隣でまっつんも号泣しています。

「来年はお前らに任せたぞ!」


 黄金世代の先輩にとって最後の合宿でした。来年の少林寺拳法部を率いる女子の先輩たちへエールを送っています。女子の先輩は泣いていて、感動的な雰囲気でした。

「二年連続で拳立てしたのお前らだけだぞ!」


 帰りに部長から半ば呆れられながら言われました。ふがいない気持ちに包まれます。

「前人未踏の領域に足を踏み入れたぜ!」


 それを聞いたチュピくんは嬉しそうでした。僕は「そんな解釈もあるのか⁉」と、彼の前向きさにはもはや憧れてしまいます。
 こうして、また一つ伝説を増やしてしまったのでした。

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