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【11】茶帯とパトロール

1話前話
中学校の少林寺拳法部の思い出を文字にしました。
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「喜べ!茶帯が届いたぞ!」


 十二月、顧問の先生が茶帯を持ってきてくれました。僕たちは三級の昇級試験に合格して白帯から茶帯に昇級したのです。少林寺拳法では、三級から一級が茶帯、初段以上が黒帯となります。
 合宿を乗り越えた僕たちに緊張はほとんどなく、危なげなく試験に合格することができました。

「いいか!茶帯になっても浮かれすぎるなよ!」


 顧問の先生は、「少林寺拳法を弱いものイジメや喧嘩には絶対に使うなよ!」と口癖のようにいつも言っていました。茶帯に勘違いして悪いことをしないように注意されました。


「半ばは自己の幸せを、半ばは他人の幸せを」


 顧問の先生は、少林寺拳法の理念を唱えました。この言葉は、『半分は自己の幸福のために自分を育て、もう半分は、自分の力を他人や社会のために役立てる』という理念です。「少林寺拳法で身に着けた強さを良いことに使いなさい」というメッセージでした。


「俺、茶帯似合うな!辞めなくて良かった!」



 茶帯をつけると、まっつんが言いました。練習の厳しさや先輩の怖さに何度も心が折れかかりました。それでも諦めずに続けて良かったと思えた瞬間でした。
 実際に届いたばかりの茶帯をつけてみると、とんでもなく強い男になったような錯覚に陥りました。服が人を作るという言葉がありますが、帯の色が変わると内面も変わったようでした。


「茶帯…か…」



 この茶帯が、チュピくんの心に大きな影響を与えてしまうのでした。

「電車けっこう混んでるなぁ」


 茶帯に浮かれる帰り道、いつものように三人で電車に乗りました。乗る車両は決まっていて、座れる機会の多い最後尾です。たまに全員で並んで座れるときはテンションが上がります。僕は部活がキツくても、三人で一緒に帰る時間に救われていました。
 その日のチュピくんは考え事をしているのか、いつもより静かでした。彼は茶帯で舞い上がると思っていたので意外でした。顧問の先生の注意を重く受け止めたのでしょうか。


「どうした?元気なくね?」


 電車に揺られていると、まっつんがチュピくんを心配して聞きました。


「・・・・・・・」



 チュピくんは、少しうつむいています。



「…俺、ちょっとパトロールしてくるわ!」


 チュピくんは顔を上げると、いつもの調子で言いました。言葉の意味がわからず、僕とまっつんはただただ当惑するばかりでした。とりあえず元気なことはわかりました。

「"強者"としての義務を果たそうと思う!」


 意気揚々とそう言うと、彼は前の車両に向かって歩いていきました。とても中学一年生で"少林寺拳法歴九ヶ月の茶帯(三級)"とは思えないセリフです。
 茶帯が、警察官を目指す彼の正義の心に火をつけてしまったようです。最近、学校で窃盗、暴行、痴漢などの車内犯罪に注意喚起がありました。
 自らの鍛えた肉体と技で、悪から弱き人々を守りたいのでしょう。僕たちは彼の大きな背中をただ見つめていました。



「戻ってこないね…」



 出発から二駅進んでも彼は戻ってきませんでした。電車は八両編成です。一つ一つの車両を見回っているのでしょうか。彼が事件やトラブルに巻き込まれていないか心配になりました。


「あいつが一番不審者だからなぁ」



 まっつんは呟きました。

「おっ、やっと戻ってきた」


 電車が三駅進んだ頃、彼は無事に戻ってきました。トラブルに巻き込まれた様子はありません。なぜか彼の手には雑誌が握られています。

「ジャンプの忘れ物があったぞ♪」


 彼は週刊少年ジャンプを見つけたようでご機嫌でした。車内は平和だったようです。戻ってくるなりジャンプをニヤニヤしながら読み始めました。僕とまっつんも隣で覗くように一緒に楽しみます。"ONE PIECE"や"HUNTER×HUNTER"に夢中になりました。

「ジャンプ交番届けて帰るわ!」


 そう言って電車を降りていく姿は誇らしげでした。僕たちはまさか交番に届けるとは思いませんでした。彼は最寄り駅までジャンプを思う存分に堪能していました。もしかしたらジャンプを読んでいたのは、拾得物の状態を一ページずつチェックしていたのかもしれません。
 それから、電車でのパトロールは彼の日課になったのでした。

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