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【10】残暑お見舞い申し上げます


1話前話
中学校の少林寺拳法部の思い出を文字にしました。
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「やっと…夏休みだ…」


 夏合宿が終わると一週間だけ、練習のない完全な休みでした。中学生になってから初めて本当の意味での夏休みを満喫できます。但し、一つ宿題が出ていました。
 それは、顧問の先生と先輩全員へ『残暑見舞い』を書くことです。無地のハガキに一枚一枚手書きします。字は丁寧かつ綺麗に書き、内容にも気を使います。僕の場合は、感謝の言葉や今後の抱負などを何行にも渡って書きました。

 シャーペンで下書きをして、ボールペンでなぞり、消しゴムで下書きを消す流れです。書き間違いや見直しもあり、一枚書くのに十分以上の時間が必要でした。

「トランプの大富豪やろうぜ!」


 宿題をやる時間以外は休んだり遊んだりして楽しみました。特に、一年生三人でインターネットの大富豪をよくしていました。きっかけはチュピくんがハマったことで、僕とまっつんも追いかけるように始めました。
 チュピくんのアカウント名は『武神ゴッド』で、神が二回入っているのが気になりました。僕たちはそれを面白がって、まっつんが『武神ゴッドII』、僕が『武神ゴッドⅢ』というアカウント名をつけてました。

「革命!!」



 大富豪で同じカードを四枚出すとカードの強さが反転します。チュピくんは勝つことにこだわらず、革命によって試合を混戦にすることに喜びを感じていました。
 オンラインゲームで遊ぶだけでなく、直接集まって遊ぶこともあります。まっつんの家によく集まっていました。



「俺、先輩を駆逐するゲーム作った!」


 まっつんは『RPGツクール』で一年生の三人が先輩を倒していくゲームを作っていました。現実では先輩に逆らうことができないので、ゲームの中で倒して溜飲を下げるという斬新な発想でした。


「鬼塚コンビの筋肉魔法は反則だろ!」


 鬼塚コンビに絶対に勝てない『負けイベント』が用意されていて、妙にリアルでした。先輩の名前をした魔物を倒していくのは奇妙な背徳感がありました。チュピくんは回復アイテムの名前がドデカミンなことが嬉しそうでした。
 特別なことをしなくても、三人でだらだらゲームをしている時間がすごく楽しかったです。


RPGツクール



「そういや残暑見舞いやってる?」


 まっつんが言いました。僕は半分くらいだと進捗を伝えました。まっつんも同じくらいだそうです。


「俺は一日で終わらせたよ!」



 なんと、チュピくんはたった一日で終わらせていました。これには驚かされましたが、「彼ならやりかねない」と納得してしました。チュピくんは、これまで部活を無遅刻無欠席で皆勤賞でした。雑用においても、練習道具を運ぶスピード、先輩の道着を畳む丁寧さなどに定評がありました。
 不思議な男ですが、決して人の悪口や文句を言わず、まっすぐに部活に取り組む彼の行動には説得力がありました。


「うわぁ、明日からまた練習か…」


 楽しい時間はすぐ過ぎるもので、一週間の夏休みは終わりました。肌感覚的には一日休んだくらいの短さに感じました。「永遠に夏休みならいいのに」と叶わぬ夢を抱きながら、厳しい練習漬けの日々に戻るのでした。


「お前ら、残暑見舞いを舐めてるのか?」



 夏休み明けの初日、練習前に部長から呼び出されました。僕たちの残暑見舞いについて怒っているようです。
 僕は"ボールペンが薄くて読みづらい点"、まっつんは”宛名が「〇〇先輩」な点"をそれぞれ軽く注意されました。

「こいつらはセーフだが、お前だよ!」


 部長はチュピくんの残暑見舞いを持ってきていました。ハガキには「残暑 お見舞 申し上げます」とだけ書かれています。

 感謝や抱負は一切書かれていません。お見舞いの"い"も抜けていました。しかも、シャーペンで書かれていました。「だからチュピくんはすぐ終わったのか!」と、僕とまっつんは合点がいきました。
 その後、チュピくんは先輩に叱られ、書き方の指導を受けたのでした。

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