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大藪大麻裁判 第1回公判リポート

令和3年10月26日火曜日、前橋地方裁判所第1法廷において、大麻取締法所持の容疑で起訴された大藪龍二郎氏の第一回公判が開かれた。
当日は雨の予報だったが、午後からは汗ばむほどの快晴となった。
法廷には向かって左側に前橋地方検察庁の鈴木雅美検察官、右側の被告人席に大藪龍二郎氏、そしてその後ろの弁護人席には丸井英弘弁護士が着席した。裁判官の前に座る書記官がドアの前に立ち、裁判官の到着を待っている。
この法廷の傍聴席は40席。しかし、コロナ対策のため、定員は半分の20席である。そこには19名の傍聴人が着席している。水上周裁判官が入廷し、正面の一段高い裁判官席に着席すると、定刻の15時30分に裁判官の宣言とともに公判が開始された。

冒頭手続き

先ず、冒頭手続きとして、被告人への人定質問が行われる。裁判官の指示に従い、被告人席にいる大藪氏が証言台の前に立った。

人定質問
裁判官は大藪氏に、氏名、本籍、現住所、職業などを確認する。大藪氏は低音のよく通る声で明確に答えていく。そして裁判官がいった。

裁判官「あなたについて、8月27日付けで大麻取締法違反に対しての罪に問われています。これについての審議をはじめます」

起訴状の朗読
裁判官の宣言に続き、検察官が起訴状を朗読しはじめた。

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黙秘権の告知
続いて裁判官は、被告人に対して黙秘権についての説明を行う。黙秘権とは、自己の供述したくない事柄について沈黙する権利および沈黙していることを理由に不利益を受けない権利をいう。この権利は憲法や刑事訴訟法で認められたものであり、黙秘することで量刑が重くなるということはないとされている。しかし、反省していないなどの印象によって量刑上不利益になる場合もある。黙秘権は、警察での取り調べの際にも認められており、大藪氏は大麻の入手先については黙秘権を行使していた。

続いて、裁判官は大藪氏に問いかける。
裁判官「検察官が読み上げた中で、どこか違っているというところはありますか」

すると、丸井弁護士が口を開いた。

丸井弁護士「裁判官。今の公訴認定につきまして、認否の罪状について釈明を求めたいことがありますので、求釈明させて頂きたいと思います」

丸井弁護士は、検察官の読み上げた起訴内容に不明点な部分があるので明確に答えてほしいとして、裁判官に求釈明(きゅうしゃくめい)をおこなった。そして、提出した以下の求釈明申立書3通を朗読する。

求釈明

事実関係や法律関係を明らかにするため、当事者に対して事実上あるいは法律上の事項について裁判所が質問を発し、または立証を促すことを釈明権という。そして. 当事者が裁判所に対して、相手方当事者に対する釈明権の行使を促すことも行える。これを求釈明という。

求釈明申立書1

公訴事実に対する求釈明申立書1の補充(公訴事実の大麻に対する定義についての意見)

1 起訴状記載の公訴事実では,「みだりに」と記載されているが,具体的にいかなる事実を指すのかが明らかではなく,被告人の防御に支障をきたす。
そこで,公訴事実に対する認否の前提として
① 「みだりに」の意義を明らかにされたい。
② 仮に注解特別刑法5-Ⅱ医事・薬事編(2)[第二版]Ⅶ大麻取締法97頁,大コンメンタールⅡ薬物五法 大麻取締法65頁にあるように「社会通念上正当な理由が認められない」という意義であるならば,正当な理由が認められないことを具体的に明らかにされたい。
2 起訴状記載の公訴事実では,「大麻を含有する植物片約3.149グラム」と記載されているが,かかる公訴事実からでは客体が明らかではなく,被告人の防御の対象が不明確である。
  そこで,公訴事実に対する認否の前提として
 ① 「大麻」とは何か,明らかにされたい。
 ② 「植物片」とは何か,明らかにされたい。
 ③ 「大麻を含有」とはいかなる意味か,明らかにされたい。
 ④ 上記を踏まえた上で「大麻を含有する植物片」とは何か,明らかにされたい。
 ⑤ 「大麻」は何グラムか,明らかにされたい。

1.大麻取締法ではその1条で、「大麻」の定義として、「大麻草(カンナビス・サティバ・エル)及びその製品」と規定しており、現行大麻取締法で規制されている大麻はカンナビス・サティバ・エルと呼ばれる種(しゅ)のみであり、かつ大麻の薬理成分とされるTHCの含有の有無とは無関係である。
 なお、1961年の麻薬に関する単一条約(昭和39年12月12日条約第22号)では、第1条定義で「大麻」とは、「名称のいかんを問わず、大麻植物の花叉は果実のついた枝端で樹脂が抽出されていないもの(枝端から離れた種子及び葉を除く。)をいう。」と定義付けされている。
 大麻とは、日本名でいえば、麻(あさ)のことであり、植物学上はくわ科カンナビス属の植物である。そしてカンナビスには種(しゅ)として、少なくともカンナビス・サティバ・エル、カンナビス・インディカ・ラム、カンナビス・ルーディラリス・ジャニの三種類があることが植物学的に明らかになっている。各名称の最後にあるエルとかラムとかジャニというのはその種を発見、命名した学者の名前の略称であり、サティバは1753年にリンネ、インディカは1783年にラマーク、ルーディラリスは1924年にジャニセンスキーによって発見、命名されたものである。いずれも大麻取締法が制定された1948年以前のことである。
 現行の大麻取締法で規制している大麻とは、麻(あさ)のうちカンナビス・サティバと呼ばれる種(しゅ)のみであり、さらに向精神作用を有するT・H・Cという物質そのものは規制していない。したがって、検察官は、ある植物が「大麻」であるというためには、それが麻(あさ)のうち、カンナビス・サティバと呼ばれる種(しゅ)であり、またT・H・Cを含有する物質もカンナビス・サティバから抽出されたものであることを立証しなければならないのである。
「同じ麻なら名前が少し違ってもいいのではないか」という議論は通用しない。なぜならば大麻取締法は市民に刑罰を加える刑事法規であるから、憲法31条の適正手続で保証されている罪刑法定主義の原則を持ち出すまでもなく厳格に行われなければならないのであり、類推解釈・拡張解釈は許されないからである。

 この植物分類学上の問題はアメリカではすでに法廷でとりあげられている。
そのひとつが、「コリアー事件」であり、1974年3月19日、コロンビア州の上級裁判所で次のような判決が出された。
「刑事制裁における立法の不備は立法府によってのみ修正されなければならず、裁判所は拡張解釈をしてはいけない。大麻所持を規制したコロンビア州の法律は、カンナビス・サティバ・エルのみに適用されるのであるから、検察官は押収した麻の種(しゅ)が合理的な疑いを越えて、カンナビス・サティバ・エルであることを立証しなければならない。本件において、検察官は合理的疑いを越えて、右事実を立証できなかった。」
 
また、1974年11月には、ウィスコンシン州西部地区裁判所も、同様の判決を出している。

2.従って、本件において検察官は本件植物片を上記の意味での1953年にリンネによって発見された「カンナビス・サティバ・エル」という麻の種(しゅ)であることを主張、立証する必要がある。

求釈明申立書2

第1。求釈明事項
 本件公訴事実は大麻草の所持罪であるが、法律上の意見を主張する前提として、この大麻草の所持行為によって大麻取締法の保護法益とされる「国民の保健衛生の保護」を何故侵害するのか明らかにしていただきたい。

第2。求釈明の理由
1.市民生活において最も尊重されなければならない価値は、個人の生命・身体・財産であり、また思想・表現・趣味・嗜好の自由である。これらは基本的人権として、近代憲法の中心的内容となっている。ところで刑事犯罪とは、その違反者に対して、身体的自由を制約し、経済的不利益、社会的地位の剥脱を科するものであるので、それを科される者にとっては人権侵害そのものである。従って市民に対して刑事罰を課するには、具体的な社会的被害が立証されている場合に限定されなければならない。
軽犯罪法1条2項では「正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者」は罰金もしくは過料になるのであるが、本件は大麻草という植物の所持であるからこのような軽犯罪法違反にもならない事案である。
2.大麻草とは、縄文時代の古来より衣料用・食料用・紙用・住居用・燃料用・医療用・祭事用・神事用に使われ、日本人に親しまれてきた麻のことであり、第二次大戦前はその栽培が国家によって奨励されてきた重要な植物である。
 伊勢神宮のお札のことを神宮大麻というが、大麻は天照大神——つまり太陽——の御印とされている。そして、日本の国旗の日の丸は太陽のことであるから大麻草は日の丸つまり日本の象徴ともいえるのである。
 そして、大麻草は神道において罪穢れを祓うものとされており、大和魂ともいわれている。千葉県成田市に鎮座している別添の麻賀多神社の由来によれば次のように述べている。
「この神社の社紋は麻の葉をデザインされており、最近まで赤ちゃんの産着(ゆぶき)に麻の葉を入れて健やかなる成長を祈願しており、お子様の守り神でも在らせられます。」
 また、大麻が方除・厄除・開運の神様として祀られている四国徳島県大麻町にある阿波一宮 大麻比古神社 の御神体である「大麻さま」を現した「お起上りだるま」の別添の口上で次のように述べている。

口上
「大麻さま」は方除・厄除・開運の神様であります。不浄、悪魔祓をして新しい元気をとり戻して再び起上るしるしとして古くから参拝者に授与しているのがこの「お起上りだるま」であります。
                     阿波一宮 大麻比古神社

 以上のように、大麻草は、有害なものとして取り締まる植物ではなく、逆に有益かつ神聖な植物である。このような大麻草の所持を刑事罰で取り締まる根拠を具体的に明らかにしていただきたい。

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これらの主張は、過去の大麻取締法違反裁判でも幾度となく繰り返し議論されてきた。しかし今回の裁判で弁護側は、大麻の定義や大麻取締法の問題点やその運用方法などについても、不明確な部分を一つひとつ裁判所と検察に明確な答えを求める方針をとった。弁護側は求釈明申立書1で、大麻取締法の矛盾点について明確にさせていくことを考えたのである。
さらに、求釈明申立書2では、大麻草を所持することによって、公共に対してどのような損害を与えたのか。そしてそれは、逮捕・拘留など身体的自由を制限するほどのものなのかについての検察の釈明を求めた。

丸井弁護士が求釈明申立書の朗読を終えると、裁判官は検察官に問いかけた。

裁判官「検察官。今まででなにか釈明をもとめることはありますか」
検察官「特にないです」
丸井弁護士「なんですか?聞こえないです。はっきりと答えてください」


検察官の声が小さく聞き取りづらいため、丸井弁護士は注意を促す。

裁判官「釈明が必要だとは現段階では思いません。したがって検察側に釈明を求めることはしません」
丸井弁護士「『現段階では』ですね」
丸井弁護士は、裁判官に念を押すような口調でそう発言した。

裁判官「求釈明申立書2については、『適用違憲』を主張されるということですね。そうであれば、弁護人の主張を明らかにしていただきたい」

丸井弁護士「私は適用違憲の主張をしますが、それについては後ほど行います。その前に、『法律上の意見』でそれを明らかにしたい。被告人と弁護人の冒頭陳述という形でも構いませんが、それをさせていただけますか」

裁判官「それは、検察官の冒頭陳述の後でお願いできますか」

丸井弁護士「裁判官。求釈明をしていただけないでしょうか。私は求釈明の朗読までしているのですから、その点について意見を言いたいです」

丸井弁護士は、裁判官に強く求めた。

ところで、通常の大麻取締法違反に対する公判では、下記のような流れで進んでいくことが多い。

1)冒頭手続:①人定質問 ②起訴状の朗読 ③黙秘権の告知 ④罪状認否
2)証拠調べ手続き:①冒頭陳述 ②証拠調べ請求
3)検察側による論告
4)弁護側の主張
5)結審

しかし今回は、被告人が起訴内容を認めるか否かを問う「罪状認否」の前に、検察による起訴状の内容に不明確な点があるとして、弁護側は、検察官の釈明を促す命令を裁判官に求めたのである。

裁判官「(弁護側に対して)何についての意見をのべるということですか」
丸井弁護士「公訴事実に対する意見です」
裁判官「法律上の意見に限ってであれば、今でも大丈夫です」
丸井弁護士「公訴事実に対する意見です。それでは、被告人と弁護人とそれぞれありますから、被告人の方から始めたいと思います」

丸井弁護士の発言とともに、大藪氏が被告人席から立とうとした。すると、検察官が裁判官に言う。

検察官「裁判官。これは罪状認否の前にやるのですか」
裁判官「中身によると思うのですが、細部まで分かるには時間がかかるのですが…」

通常の流れから変わってしまったことに、裁判官も検察官も明らかに動揺している。法廷内に徐々に緊迫した空気が流れ始める。手元の書類に目を通しながら考え込む裁判官。
沈黙は約5分間続いた。そして再び裁判官が口を開いた。


裁判官「うーん… 法律上の主張をしていただくのはいいのですが、中身にざっと目を通してみると、やはり検察の冒頭陳述に対して、被告人あるいは弁護人からの冒頭陳述でやっていただいた方が適切ではないかと思います。法律上に意見としては、大麻取締法に問題があるというのであれば、冒頭陳述で法律上の意見を述べて頂いて構いません。しかし、具体的な流れについては、検察官の冒頭陳述に対して、弁護人と被告人の主張として明らかにしていただきたいと思いますが、いかがですか」
丸井弁護士「すると、検察官が冒頭陳述をやった後に、被告人と私の冒頭陳述を読み上げるのは構わないということですか」
裁判官「そうですね」
丸井弁護士「それを保証して頂けるならいいですね」
丸井弁護士はそう大藪氏にといかける
大藪「はい、大丈夫です。保証していただけるなら」


この時点で、いわゆる通常の法廷の流れに戻ったようである。裁判官はその場を仕切り直すように、はっきりとした口調でいった。

罪状認否

裁判官「それではまず、罪状認否から始めたいと思います。被告人は前へ」裁判官の発言に促され、大藪氏が証言台に立つ。
裁判官「少し中断してしまいましたが、検察官が公訴事実の内容を読みました。あなたには黙秘権があります。その上で確認しますが、公訴事実について現段階で言うべきことはありますか」

罪状認否とは、起訴された罪について被告人が認めるかどうかを確かめることをいう。
大藪氏は、ひと息ついてから口を開いた。


大藪「先ほど弁護士の方からあったように、求釈明を請求したいことがありますので、その疑問が解けない限り……認否を保留したいと思います」


大藪氏のこの発言に、傍聴席から静かなどよめきが上がった。そして法廷には再び沈黙が訪れた。

裁判官「弁護人の意見は?」
丸井弁護士「やはり、釈明をきちっとさせていただきたいと思います」
裁判官「釈明を答えてもらいたいというのは、どの点についてですか」
丸井弁護士「全部です。答えられない理由を明らかにしてください。『大麻とは何か』という定義も釈明できないのですか?『大麻を含有する植物片』といいますが、大麻自体は何グラムですか?検察官の冒頭陳述の中で主張しているものは漠然としています。大麻を含有する植物片を指定しているわけではないですよね。だったら客体を明らかにすべきじゃないんですか?裁判長、どうなんですか」


大藪氏の認否保留によって動揺しているかに見える状況に、丸井弁護士がそう畳み掛ける。


裁判官「大麻取締法で起訴されているので、『大麻とは何か』というのは、大麻取締法で規定している大麻だという理解です」
丸井弁護士「裁判長 それでは、これをカンナビス・サティバ・エルとして特定しているのですか」
裁判官「大麻取締法上規制している大麻です」
丸井弁護士「カンナビス・サティバ・エルですか」
裁判官「法律で規制されている大麻という主旨です」

丸井弁護士「それの意味を分かっていますか?それを説明してください。私は憲法違反の主張します」
裁判官「はい、それはしてください」
法廷内では裁判官と丸井弁護士、検察官の間でのやり取りが続く。議論が徐々に熱を帯びてくる。
丸井弁護士「それともうひとつは、可罰的違法性はないという主張ですね。本件ではなんら大麻の作用の立証していない。大麻によってどのような被害を受けているのかについて、何ら立証していないんですよ。形式的に、THCが含有されているという話だけであって、具体的な立証はされていないので、立証不十分として無罪を主張したいと思います。それを含めて次回まとめます」
裁判官「主張することに制限することはありません」
丸井弁護士「そこを主張することが大事なんですよ。今の段階でだめなんですか?」
裁判官「法律的な意見として簡潔であれば構わないのですが、詳細な意見については冒頭陳述で行ったほうがいいのではないかということです。憲法違反だというのであれば、冒頭陳述で主張していただいて一向にかまわないのですが、具体的な中身について意見をいうというのは、むしろ冒頭陳述で行っていただいた方かいいと思います」
丸井弁護士「わかりました。ではあらためて憲法違反の主張と、本件は実質上の違法性がない,もし本件を有罪にするならば、適用違憲です。憲法十三条の幸福追求権。三十一条の適正手続違反。判決自体が憲法に違反するという主張です」
裁判官「起訴された事実内容については、大麻取締法による規制自体が憲法に違反するということですね」
丸井弁護士「そうです」

裁判官「また、大麻の所持について処罰するのは可罰的違法性に欠くものであると。それから、本件において大麻取締法を適用するのは適用違憲であるということで、無罪を主張すると」
丸井弁護士「はい、そうです」
裁判官「法律上の主張は、以上の3点で無罪を主張するということですね」
丸井弁護士「はいそうです」
丸井弁護士は話し終えると、ゆっくりと着席した。

弁護側が主張したのは以下の3点の無罪主張である。

① 大麻取締法は、全体として憲法違反である。この点については次回主張する。
② 今回の大麻所持について検察官はその大麻の作用や有害性について何らの立証がないので、実質的ないし加罰的違法性がない。
③ 本件大麻所持に大麻取締法を適用して有罪判決を出すこと自体、憲法13条の幸福追求権・31条の適正手続に違反するので、適用違憲である。

適用違憲
違憲性が主張された法令の規定自体は違憲とはせずに、問題となった事件に適用される限りで違憲と判断する方法である。

可罰的違法性
可罰的違法性とは、個別の刑罰法規が刑事罰に値するとして予定する違法性のことである。このような可罰的な質又は量の違法性を有しない行為は構成要件に該当しないか該当するとしても処罰に値しないというべきであるという主張において提唱された概念であり、量的な意味での可罰的違法性については日本の刑法学界において広く承認されている。

実質的違法性
ある行為が処罰に値するだけの法益侵害がある(構成要件に該当する)場合に、その行為が正当化されるだけの事情が存在するか否かの判断を実質的に行い、正当化されるときには、違法性が阻却されるという考え方

裁判官の法廷に取り組む姿勢に変化が出てきたように見える。混沌としたようにみえる状況を整理しながら裁判を進行していこうとしている。


裁判官「それでは、検察官からの冒頭陳述をお願いします」

検察官冒頭陳述

検察官は立ち上がり、机に置いた書類に目を落としながら読み上げ始めた。やはり少し聞き取りづらい。通常の裁判では、この場面も形式的に流れていくからであろうか。

検察官冒頭意見陳述要旨(抜粋)
冒頭陳述要旨
罪名 大麻取締法違反
被告人 大藪 龍二郎

犯行に至る経緯,犯行状況等
1 令和3年8月8日午前5時55分頃、不審車両がドアを開けて駐車しているとの第三者の通報を受けて公訴事実記載の路上に臨場した警察官が、被告人使用車両を発見し、運転席で寝ている被告人に職務質問を行った。
 警察官は、被告人の所持品検査を実施して被告人のバッグから本件大麻草(チャック付ビニール小袋2袋入りのもの及びチャック付ビニール小袋入りのもの)を発見し、チャック付ビニール小袋入りの大麻草の予試験を経て被告人を大麻取締法違反により現行犯逮捕した。
2 犯行状況は公訴事実記載のとおり。

検察官の朗読が終わると、検察側が提出した証拠について、一つひとつ内容の説明が行われ、それについて採用するか否かを弁護側にといかける。
そして、いよいよ被告人の大藪氏の冒頭陳述である。証言台に立った彼は、持参したペットボトルの水を裁判官の許可を得て一口飲むと原稿を手に持ち、朗読を始めた。

公判リポート写真2

被告人冒頭意見陳述(抜粋)

被告人冒頭意見陳述書 全文リンク

大藪「今回の裁判は自分の人生がかかった大変重要な場面でありますので、私なりに可能な限り色々と世界の大麻草規制の最新の動向などを調べてみました。また、私は「やきもの作家」として二十年以上にわたり芸術研究活動を行ってきた中で、日本人と大麻草の関係は世界で稀に見るほど深いことを知っています。さらに、私は2004年から2008年までのおよそ4年間、英国はロンドンにて滞在し、作家活動をした中で多くの大麻常用者と接し自分自身も喫煙した経験がありますので、その辺りのことも話させて頂きたいと思います。
その前に、今回私は大麻取締法違反の容疑で逮捕勾留されたわけですけれども、この大麻取締法の立法根拠をいくら調べても見つかりません。どんなことでもその基本的なところを飛ばしてその先を理解しろと言われても到底無理なことだと思いますので、素朴な疑問としてこの立法根拠を教えて頂きたい。これらがわからないので、私が何をして何がそんなに悪かったのか?正直なところ理解できておりませんので、ぜひこの度の審判過程において詳らかにして頂ればと、こう思っております。これは憲法31条で規定されている適正手続きの保証に当たると思いますのでわざわざいうまでもないことかもしれませんがよろしくお願い致します」


彼のよく通る声が、法廷内に響き渡る。通常の大麻取締法違反の裁判は、これほど率直に自分の思いを語ったものは何人いるだろうか。その内容は大麻取締法に対する率直な疑問や、世界の大麻への認識とのかい離などについて、自らの渡英経験を通して語る。大麻を初めて体験したときのリアルな話や、アルコールと大麻を比較しながら、大麻取締法への矛盾について訴える。そして、「トリップすることの何がいけないのですか?」と素朴な疑問を裁判官に投げかけていく。
彼自身の経験から発する主張は、実に明解に伝わる。その真正面からの主張に、傍聴席からは時折共感の溜息が聞こえてくる。
最後に彼はこう締めくくった。


大藪「基本的人権が保障されている国民を具体的な被害者もいない状況で逮捕し、勾留し厳罰を科したりするわけですから当然、誰もが納得できる理由があるのだと思いますので、大麻草がアルコールとあるいはその他のドラッグなどと比べ、どのように、どのくらい有害で危険であることを「公知の事実」などではなく、具体的に詳らかにして頂き、そのうえで大麻草とみられる植物片を所持していただけで起訴し、量刑を科すほど重罪であることを立証して頂き、その上で結審された判決であれば私は従いたいと思います。
以上です」


約25分間の朗読を終えると、大藪氏は裁判官に一礼をして、被告人席にもどった。

続いて、丸井弁護士による冒頭陳述がはじまった。

弁護人冒頭陳述(抜粋)

法律上の意見 冒頭意見陳述書(全文)リンク

丸井弁護士「以下に述べる理由により、本件において被告人を有罪にする合理的根拠はなく、本件は実質的ないし可罰的違法性がない事案であると同時に本件を有罪にすること自体憲法第13条(幸福追求権の保障)・31条(適正手続きの保障)に各違反するもの(適用違憲)であります
丸井弁護士はこのように述べると、以下の主張をおこなった。

①大麻草は精神的にも物質的にも日本人のシンボルともいえる植物であり、大麻取締法の制定過程に根本的な問題点がある。

②丸井弁護士は46年間にわたり多くの大麻取締法違反事件を担当したが、実感としては、憲法上人権を守るべき司法当局が普通の市民生活を送っている善良な市民を何らの被害が無いのに逮捕するという逮捕権の濫用を繰り返して来たと言える。

③大麻草は、有害どころか、人類に対し精神的にも肉体的にも有用である。

④第二次世界大戦後日本を占領し大麻取締法の制定を指示命令した米国で、既に連邦レベルで大麻草規制の解禁の動きが始まっていることからしても、本件において被告人を有罪にする合理的根拠はなく、本件は可罰的違法性ないし実質的違法性がないものである。

⑤最高裁判所は、大麻草の有害性を「公知の事実」として認定しているが、その具体的内容は、自動車運転に対する影響のみである。そして、自動車運転における酒やその他の薬物の規制はすでに道路交通法で規定しているので、それ以上に大麻草を規制する具体的理由は存在しないものである。

⑥大麻草に対する規制は、酒や煙草に対する規制と同様で十分である。

⑦軽犯罪法1条2項では「正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者」は罰金もしくは過料になるのであるが、本件は大麻草という植物の所持であるからこのような軽犯罪法違反にもならない事案である。このような観点からしても本件は実質的ないし可罰的違法性がないものである。

⑧被告人は保釈許可によって釈放されるまですでに24日間その身柄を拘束されたことにより、心身共に既に十分な制裁を受けていることからして、これ以上に被告人を有罪にする社会的必要性はない。

以上のように丸井弁護士は、大麻取締法そのものではなく、本件で有罪にすること自体が憲法違反であると主張したのである。また、大麻取締法には立法目的が明記されていない。つまり、どのような目的でこの法律がつくられたかということが明記されていないと主張した。この法律が制定された第二次大戦後の日本人の人権を守ることを目的としたポツダム宣言と日本国憲法に違反しているとした。そしてこの背景には、米国主導の石油産業を推進するための思惑があったと推測されると補足した。
またこの法律は、大麻草の栽培を不自由にするものであるため、憲法第22条1項の「職業選択の自由」にも違反するものだと述べた。
さらに、環境に対して有用な大麻草を規制することはSDG’sや多様性という観点からも世界と逆行していることを指摘し、大麻草の有効活用を推進する法体制を作り、人権の保証と社会正義を実現させることが、自身の弁護士としての使命であると語った。

通常冒頭陳述などは、朗読せずに書類のやりとりだけで済まされるケースが多い。しかし今回は、裁判官や検察にアピールするだけではなく、傍聴人たちにも、法廷で今なにが起きているのかを分かりやすくするためにも行っているのである。
そして30分にも及ぶ弁護人の冒頭陳述が終わった。
その後検察官請求証拠の取調が行われた。

弁護人から次の意見書が出され、同意した書証が採用され取調がなされた。

検察官証拠調べ請求

第1.不同意の書類
1.現行犯人逮捕手続き書(甲)
2.捜索差押調書(乙)
3.鑑定書(令和3年8月12日付け)
4.鑑定書(令和3年8月13日付け)
第2.取調べに異義のある証拠物
下記証拠物は現行犯逮捕手続きに伴って差押えがなされたものである。しかしながら、その逮捕手続きは被告人が逃亡したり証拠を隠滅することがないにもかかわらずなされたものであり、逮捕権の乱用があるので違法無効である。
従って下記証拠物は違法収集証拠であり、証拠能力を有しないものである。
1.令和3年領522符号1 大麻草1袋
2.令和3年領522符号2 大麻草1袋

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弁護人は検察が提出した「現行犯逮捕手続書」について、逮捕の必要がない状況であり逮捕権の乱用であるとして不同意したので、裁判官が弁護側に確認のための質問をした。

裁判官「逮捕手続き自体が違法であるかという問題と、今回の逮捕手続きに問題があったのかという二つの解釈があると思いますが、それはどうですか?」
丸井弁護士「現行犯逮捕をした根拠を知りたいのです。それがこの書類には書かれていません。逮捕の必要性について不十分だと私は思います」
裁判官「現行犯人逮捕手続書の中身が不十分だということですか」
丸井弁護士「はい」
裁判官「現行犯人逮捕手続書の中身に事実と違うことが書かれていて、逮捕した警察官を証人尋問で確認しないと話が進まないのか、大麻取締法で逮捕すること自体が違法だという御主張なのかを確認したく思います」
丸井弁護士「逮捕要件が不十分だということです」
裁判官「今回の逮捕が手続き上で違法なため、現行犯人逮捕手続書を不同意するということなのか、この手続き自体が違法だという御主張なのかを確認したかったのです。それから、捜索差押についても同様です。捜索差押の中身が問題なのか、あるいは、このような状況で捜索差押をすることが違法だという御主張なのかという問題があります。それによって、逮捕した警察官を法廷に呼ばなければいけないということがあるので、ご検討いただきたいということです」
丸井弁護士「そういうことですね」
裁判官「鑑定書についても同様ですね。鑑定書の中身に問題があるのかということです」
丸井弁護士「それはあります。あの鑑定書には『大麻を含有する植物片』と書いてありますが、その根拠が書かれていません」
裁判官「言葉で具体的に大麻を特定しているのかということを確認したいということですか?」
丸井弁護士「そうです。それと量ですね」
裁判官「証拠物については、違法収集証拠として異議があるということですが、御主張のように、本件には違法性がないということから、この証拠は違法収集であるということですか?」
丸井弁護士「被告人は任意提出すると言っているにも関わらず押収していますから、それが違法だということです。そしてこれは、現行犯人逮捕手続にともなって押収しています。そのため、実質的に違法性を踏襲しているということです」
裁判官「今までの話を聞くと、大麻を鑑定した鑑定人の証人尋問が必要かと思いますが」
検察官「それを含めて、今後について検討します」
この時点で検察側はなにも反論することなく、問題点をすべて持ち帰って検討することになった。

裁判官「弁護側はどうですか」
丸井弁護士「鑑定人は調べて頂きたいと思います。こちら側の証人調べ請求書もあるので、本日提出し、次回に証拠を補充します」


ここで弁護人が以下の証拠調べ請求と証人調べ請求書の提出をした。

弁護人証拠調べ請求

第1号証
1。標目 判例タイムズNo.369 刑事裁判例解説
2。立証趣旨 文書の存在と「大麻に従来考えていたような強い有害性は認められないと考えられてきている現在、なおこのような懲役刑のみを以て処罰する立法を維持することが賢明であるかは疑問の存するところである。」との記載があること。  
第2号証
1。標目 昭和62年5月31日付信濃毎日新聞の『大麻規制「厳し過ぎる」裁判官異例の見解』と題する記事
2。立証趣旨 記事の存在
第3号証
1。標目 昭和62年8月28日付週間法律新聞の『大麻取締法「問われる立法根拠」長野地裁伊奈支部判決の意味』と題する弁護人作成の記事
2。立証趣旨 記事の存在
第4号証
1。標目 弁護人作成の下記項目に関する報告書
1)「第二次世界大戦後日本を占領し大麻取締法の制定を指示したアメリカで連邦レベルで大麻草規制の解禁の動きが起こっていること」に関するインタネット記事
2)築地書館2011年1月20日発行「マリファナはなぜ非合法なのか?」と題する本の元シアトル市警察署長 ノーム・スタンパーの序文
3)新型コロナの死因となる重篤な肺炎に大麻の有効成分「THC」が効果、動物実験で100%が生存するとのインタネット記事
4)大麻使用で高齢者の健康とクオリティ・オブ・ライフが改善、コロラド州での調査で判明とのインタネット記事
5)「米国における各州の嗜好用大麻合法化の影響:2021年の最新情報」と題するインタネット記事
6)Amazonが2021年6月の「大麻合法化」支持表明に続いて、大麻合法化に向けて積極的なロビー活動を行っていることを明らかにしましたとのインターネット記事

2。立証趣旨 報告書の存在
第5号証
1. 標目 弁護人提出の2001年(平成13年)12月3日付け「大麻取締法の運用の改善と改正を求める請願」
2. 請願の存在
第6号証
1. 標目 被告人作成の裁判官宛報告書
2. 立証趣旨 報告書の存在
第7号証
1. 標目 「アルコールやたばこ、大麻より危険」と指摘した国際NGOリポートの中身と題するインタネット朝日新聞GLOBE+の記事
2. 立証趣旨 記事の存在
第8号証
1. 標目 「精神作用物質の分類 科学が取り残されたとき」と題する26人の世界的指導者および有識者からなる薬物政策国際委員会の2019年6月に発表した報告書
2. 立証趣旨 記事の存在

弁護人証人調べ請求

第1.証人 佐藤大作分
1.氏名 佐藤大作(厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課長)
2.住所   
3.立証趣旨と尋問事項  
1)大麻取締法の制定経過と立法根拠
2)大麻草の利用による具体的被害の内容とその根拠
3)大麻草の作用に関する労働厚生省としての調査研究内容
4)大麻草規制のあり方とその根拠
4.尋問予定時間     約90分
第2.証人 長吉秀夫分
1.氏名 長吉秀夫(作家)
大麻草に関する主要な著作は別紙の通り。
2.住所   
3.立証趣旨と尋問事項 
1)大麻草とは何か?
2)大麻草は刑事罰で規制しなければならない有害な植物なのか? 
3)大麻草には有益性・有用性があるのか?
4)大麻取締法の制定経過と立法根拠の有無
5)大麻草規制のあり方
4.尋問予定時間 約90分

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裁判官「証人請求が2名ですね。これについても検察は検討してください」
丸井弁護士「はい。厚労省・医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課長の佐藤大作氏と作家の長吉秀夫氏です」
裁判官「検察はこれについて次回までに検討してください。弁護側は逮捕手続について、警察官を呼んでくる必要があるのか、手続き自体の違法性についてなのかを分けて主張してください」
丸井弁護士「私は、警察官が逮捕する必要性があると思ったかどうかは、本人に聞かないと分からないと思いますよ。逮捕するのですから、大切なことです」
裁判官「手続きに関してどのように違法なのかについての論点を明確にしていただきたいです」
丸井弁護士「わかりました。それは明確にします」
裁判官「検察官。鑑定人はどうしますか」
検察官「鑑定人については、検討した上で調整が必要と思います」
裁判官「それでは、それぞれを調整して、次回の期日を決めたいと思います。それでは閉廷します」

こうして、約2時間にわたる第一回公判は終了した。

(文責:長吉秀夫)


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