見出し画像

大藪大麻裁判 被告人冒頭陳述書

2021年8月8日。陶芸家の大藪龍二郎氏が群馬県内において大麻を所持していたとして大麻取締法違反で逮捕された。彼は、創作活動を行う傍らで、任意団体クリアライトの理事としても大麻規制によっておこる人権や環境の問題を是正する活動を行っている。これは、2021年10月26日に前橋地方裁判所で開かれた第一回公判における本人の主張である。芸術家として内外で活動している大藪氏が、大麻に対するフラットな意見を述べているところが大変興味深い。この裁判で彼は、情状酌量を乞うのではなく現在の日本の大麻取締法の矛盾点を突き、この法律自体に違憲性があるとして真正面から臨むことを選択した。是非注目して頂きたい裁判である。

被告人冒頭意見陳述書 大藪龍二郎

今回の裁判は自分の人生がかかった大変重要な場面でありますので、私なりに可能な限り色々と世界の大麻草規制の最新の動向などを調べてみました。また、私は「やきもの作家」として二十年以上にわたり芸術研究活動を行ってきた中で、日本人と大麻草の関係は世界で稀に見るほど深いことを知っています。さらに、私は2004年から2008年までのおよそ4年間、英国はロンドンにて滞在し、作家活動をした中で多くの大麻常用者と接し自分自身も喫煙した経験がありますので、その辺りのことも話させて頂きたいと思います。
その前に、今回私は大麻取締法違反の容疑で逮捕勾留されたわけですけれども、この大麻取締法の立法根拠をいくら調べても見つかりません。どんなことでもその基本的なところを飛ばしてその先を理解しろと言われても到底無理なことだと思いますので、素朴な疑問としてこの立法根拠を教えて頂きたい。これらがわからないので、私が何をして何がそんなに悪かったのか?正直なところ理解できておりませんので、ぜひこの度の審判過程において詳らかにして頂ればと、こう思っております。これは憲法31条で規定されている適正手続きの保証に当たると思いますのでわざわざいうまでもないことかもしれませんがよろしくお願い致します。

でははじめに、私の仕事と大麻草との関わりについてお話しします。
私は、土をこねて形を作り上げ、それを乾燥させたのち炎を使って焼き上げて作品をつくる「やきもの作家」です。一般的にいうと「陶芸家」とよばれることが多いのですが、私の場合、作品制作の主題は「土と水と風と炎」であり、これらを扱って作品を焼き上げる行為そのものに主眼をおいていますので「やきもの作家」と自称しております。また、日本のやきものの歴史を遡れば縄文土器が焼かれていた時代、いまからおよそ1万2千年前の縄文時代にたどり着きます。私はその時代に使われていたであろう道具や焼成方を再現し体感した事柄を、現代の焼き物表現へと反映させる手法で作品を制作していますので、同時に「実験縄文考古学者」とも名乗らせていただいています。

縄文原体と精麻その他の道具 子供の科学執筆

武蔵御嶽神社に御奉納した作品「縄文阿吽大口真神像」

現代縄文作品シリーズ

さて、縄文といえば今年、2021年7月には北海道と北東北の縄文遺跡群が世界文化遺産に登録されました。なぜ縄文文化が今このように世界的に注目を集めているのか?それは発掘される人骨や遺物などの調査結果には殺し合いのための武器使用の痕跡が一切見つからない事、あるいは幼少期より四肢長骨つまり腕や足の骨に異常があり、自立歩行困難で介護が必要であったはずの大人の遺骨が丁寧に埋葬されている痕跡がある事などから「慈愛に満ちた多様性を認め合う社会」であったことが判っています。これが縄文時代が一万年以上という想像を超えるほど長く「一つの時代」が続いた理由であり縄文時代は我々現代人が世界的に取り組む課題いわゆるSDG`sをクリアーした先にある社会、永続的持続可能社会を実現していた時代であったことがいま世界に注目されている最大の理由なのです。
「縄文」とは文字の通り、植物の繊維を螺旋状に撚り合わせた縄を道具として、粘土の表面を転がした時にできる文様を意味しており、縄文時代に作られたほぼ全ての土器に「縄文原体」と呼ばれるこの縄の道具が使われた形跡があることから、一万二千年以上の長きにわたり一つの時代が続いたという根拠とされています。私はこの「縄文原体」という道具の素材は何であったかを十五年以上研究してきました。そして私の導き出した答えとしてその素材は「大麻」であったと確信しています。その理由の一つとして、他の素材に比べ耐久性が長いことや他の繊維に比べ程よく繊維が荒い大麻は、粘土の表面を転がす際に螺旋状の溝に食い込む粘土の量を軽減し、道具を洗い直す回数を減らす事で長時間使用することが可能である利便性が挙げられます。しかしながらこれら利便性だけでは1万年を超える長期間変わらずこの道具を使い続けた理由には弱く、素材そのものに信仰心にも似た強い思い入れがない限り他の素材へと置き換わり、いずれはその道具さえも使わなくなることは容易に想像ができます。このような意味において、現在の日本において例えば神社に見られる「注連縄」や本来、神事である大相撲の「横綱の綱」は、特大に仕上げた縄文原体そのものです。これらは複数のスパイラル(螺旋)を極限まで捻る事でうまれる巨大な反発力を閉じ込め、この漲る力が込められた縄で結界を張ることで聖域を守っているわけです。そしてそれらの素材はいずれも「大麻(精麻)」を使用しています。また伊勢神宮のお札を神宮大麻と呼ぶように神道において大麻は罪穢れを祓うものであり神の御身印として崇められ現在に至るまで信仰の対象であり続けています。さらに明治以前の生活ではお産の際へその緒を麻糸で切り、結婚式では夫婦が末長く幸せであることを願いお互いの髪を麻糸で結ぶ儀式を行い、死装束は麻衣でした。このように人が生まれ死するまでの様々な重要な場面で格別な扱いをされてきた大麻草は国草というべき植物であり、縄文時代から大自然と共生共存してきた日本人を象徴する聖なる植物です。以上のような理由から私は大麻草こそが縄文原体の素材であったと確信しています。
このように大いなる存在として大自然を崇め共生し大麻をその御身印として大切に暮らしてきた我々は、衣食住あらゆる場面で大麻草を用い、戦時中の軍服も大麻で作っていました。耐久性に富む大麻繊維製品は修繕、再利用が基本でしたが製造、加工が容易で安価な石油を原料とした化学繊維に比べ大麻製品は高価なものとなり、戦後急速に衰退していきました。これを産業の発展に伴う自然の流れだと考える人もいます。しかしながらGHQによって一方的に大麻草の栽培を規制した大麻取締法によって1950年時点で大麻栽培者数は30,000人以上、作付面積合計4000ヘクタール以上あったのに対し2018年時点で栽培者数35名、面積合計は12ヘクタールを切る現状であり、まさに強制的、意図的に大麻栽培を規制することで従来型の伝統的価値観の完全なる否定を行い、同時に石油化学産業へと変換させ経済的に従属させることで自給自足型・環境保全型社会から消費社会構造への転換を意図とした対日占領政策であったと私は理解しております。
先ほど述べましたように大麻栽培者数が激減し日本における産業大麻はほぼ壊滅状態であるわけですが、自然界を見ればさらにひどく、人為的に焼き払われるなど本来どこにでも生えていた植物としての大麻草は絶滅状態だと言えるでしょう。事前に提出しました報告書の資料にありますように、今から26年前に絶滅していた狼を再導入したアメリカのイエローストーン国立公園ではオオカミの出現によって鹿たちに食べ尽くされていた植物が増えたことによって様々な野生動物が復活、森林が再生することで土壌の浸食を押さえ土砂崩れや洪水など自然災害が激減しています。日本の頂点捕食者であった日本狼が絶滅したことによって森林の生態系バランスが崩れ、土砂崩れや河川の氾濫など様々な自然災害が現在多発しているのと同じように、大麻草の絶滅はもっとも身近な存在であった日本人の生態系バランスを崩し様々な悪影響を引き起こしているはずです。我々は過去に持続可能社会実現していた国としての自覚と自然回帰の心を強く持ち一刻も早くこの状況を是正して、どちらのいきものも出来る限り自然の状態へと戻すべきであり、思考停止をやめて真剣に大人な議論を重ねていく必要があると私は考えています。

さて、次に私がイギリスやヨーロッパにて大麻を吸ったり見聞きした体験談と海外における大麻事情を紹介し最後に今回の裁判に対する思いを述べさせて頂きたいと思います。
ちなみにイギリスでは2004年1月に大麻は分類移動が実施され、大麻はドラッグとしてはもっとも危険度が低いクラスC薬物に指定され大麻の所持自体は逮捕の対象ではなくなり違法ではあるものの非刑罰化されています。
私は2004年から2008年までのおよそ4年間、イギリスはロンドンにて作家活動をしていました。ロンドンにはSTUDIOSと呼ばれる大小様々な大きさのスタジオが集合する建物がたくさんあり、有名無名を問わず多くのアーテイストがそのようなSTUDIOSの一部屋を借り活動していて、同じように私も陶芸アーティストとして活動をしていました。そんな集合スタジオの一角にある喫煙所には常に愛煙家が集まっていました。イギリスではいわゆるシガレットと呼ばれる箱入りのタバコはとても高価なのでほとんどの人が手巻きタバコを吸うのですが、健康のためにマリファナにごく少量のタバコを加えた巻きたばこ、いわゆるジョイントを吸う人が多く、誰かしらがジョイントを吸っていて、これは一つのマナーのようなものだと思うのですが、いったん誰かがジョイントに火をつけると隣の人にそれを回すいわゆる「廻し吸い」が始まるので、時折タバコを吸っている私にも回ってきました。吸ってみると鼻を通る吸い味は香ばしくとても美味しいものでしたが特にしばらくは変化なく2、3度回ってきたので吸っているといつもより顔の口角が上がり自分の話す英語が軽やかに流暢になっていることに気づきました。頭の中が整理され言葉にするまでの時間が短縮される感覚でこれは凄い!と思いました。自分のスタジオに戻り一人になるととても平和で穏やかな気分で、音や視覚の感覚も変わっていることに気づきました。普段見落としていた細かな事柄に気づいたり、普段聴いていた音楽の全体感が増し、耳だけで捉えていた音が体全体で捉えているといった感覚でした。私はアルコールにとても弱く、呑むとすぐに気持ち悪くなりあらゆる感覚が鈍くなる。それでいて私の場合楽しくなるわけでもないので、その違いはとても新鮮で感動的な体験でした。そして同時に「なぜアルコールは合法でこんな素晴らしいものが禁止されているのだろうか?不公平じゃないか!」という疑問と感情が湧いてきました。私がアルコールを、例えばテキーラなんかを数杯呑んだらおそらく帰りの駅のホームで嘔吐して動けなくなったり、もっと飲み過ぎれば救急車で運ばれたりして大勢の人に迷惑をかけたり最悪の場合は死に至ったりするわけです。もちろんこれは人によってまたは状況によってではありますがアルコールを飲み過ぎたために凶暴性が増し口喧嘩をはじめたり殴りだしたり色んなトラブルを私自身も目撃してきました。しかし自分の経験上マリファナだけを摂取した人で怒鳴ったり攻撃的になった人を見たことがありませんし、ましてや暴力を振るうようなトラブルになる場面に遭遇したことは一度もありません。むしろ意気投合して手を握り合ったり、肩を抱き合ったりする微笑ましい場面は数多く見てきました。
「酒は百薬の長」という言葉もあるように確かにほどほどで有ればそれはそうだろうとも思いますしアルコールもたくさん良い点があると思います。しかし「だから節度をもって飲みましょうね」という具合で年間どれだけの事件や事故、犯罪が起きているのか?数限りないと言える数字ではないでしょうか。ここではっきり申し上げておきたいのは、私はアルコールを否定しているわけではありません。むしろ多くの事件事故が起きようとも安易に法律によって禁止しない社会こそ、国民の人権を保障した健全な国家であると私は思うのです。
また、大麻には精神作用があり意識変容するから、つまりトリップするから危険だとよく言われますが、アルコールの呑みすぎで暴言を吐き、人を傷つけて次の日全く覚えてないなんてアルコールに弱い私から言わせれば「どんだけトリップしてるんだよ。うらやましいなぁ」と思います。そもそも誰がトリップあるいは意識変容しちゃいけないなんて決めたのでしょうか?それによってもし事件や事故が起きたのならばその罪の重さによって量刑が課されるべきです。酒もたばこもコーヒーもセックスも依存や変容は起こるわけです。私の経験上、大麻を多量に摂取してもアルコールほどの強烈な酔いや格段に高い精神作用を感じたこともありませんし、ましてや死に至るような人体的ダメージを受けたこともありません。また世界の大麻解禁先進国で研究された論文や調査結果を見てもそのような結論を見たことはありません。それどころか医療用、嗜好用両方の大麻が合法化されているコロラド州で行われた平均年齢72.5歳の高齢者を対象にした調査結果では、回答者の73%の人が苦痛が軽減し日常の動作が向上することで不安が解消され、人生の質が向上したと答えているように肉体的にも精神的にも大麻が有用である結果が示されています。
私自身も軽度のパニック障害の傾向があり不慣れな場所や窮屈な場所で予想外の出来事が起こると発症することがあります。例えば満員の電車が車両故障などで停車し動かない時などに何度か発症したことがあります。あとから考えればなんてことない状況ですがその時は居てもたってもいられないほどで大きな声で叫びたくなるのを必死でこらえながら冷や汗をかきながら倒れてしまうこともありました。しかしイギリスでの4年間では倒れるほど重度なパニック障害を発症しなかったのです。そして帰国後に再び重度な発症をした際に思ったのは、イギリスでは自分自身で大麻を買うほどではないにせよ連日のようにフラットメイトやスタジオの友人に勧められば一緒に吸わせてもらっていたのでもしかしたら大麻のおかげであったのかも知れないと、考えるようになりました。それならば日本でも合法であるCBDをと試してみました。すると眠れないことから始まる居てもたってもいられない焦りのような症状の頻度が少なくなり一定の効果を感じられさらには時折起こるひどい偏頭痛も軽減されたので、やはり大麻は素晴らしいものだなと大いに感心しました。このようにCBDではありますが、私自身もある程度の「人生の質の向上」を感じています。
また、米国ワシントン州の元シアトル市警察署長のノーム・スタンパー氏は2011年1月築地書館発行の「マリファナはなぜ非合法なのか?」でこう述べています。
『警察官として街で過ごした数十年間、酒が関係した事件が一晩中で一つも起きないというのは非常にまれだった。自分のシフトの間に酒にまつわる事件の通報が何件もあるということの方が多く、そういう事件のパターンとその匂いには慣れっこになった。向かう先がバーが集中している地域や地元の大学のキャンパスであれば、酔った勢いで目を血走らせ喧嘩の真っ最中か、今にも始めるところであることはわかっていた。悲しいかな、家庭内暴力事件の通報を受けたときも同じ状況であることが多かった。肉体的暴力に発展することが多い家庭内暴力の衝突は大抵の場合、片方あるいは二人ともが酒を呑みすぎたことが事態をエスカレートさせる原因だった。こういう経験は私だけのものではないかとお考えかも知れないので、この4年間、非公式の聞き込み調査をアメリカとカナダのあちこちで警察官に2つの質問をしてきた。一つ目は、「マリファナを使用中の人の抵抗に、腕力で対処しなければならなかったのはいつが最後か?」というもの。これはあくまでもマリファナのみを使用している場合で、ビール6杯とかテキーラ5杯とか飲んでいる場合は含まない。この問いに対し、同僚たちはちょっと間をとって考え、五年、十五年、あるいは三十年間の警察官生活でマリファナ使用者を力で押さえ込まなくてはならなかった事は一度もない。という事実に気づくのだ。次に私は、「酔っ払いの抵抗に腕力で対処しなくてはならなかったのはいつが最後か?」と聞く、すると彼らは腕時計に目をやる。つまりその答えは、何日前とか何週間前ではなく何時間前だったか?ということなのである。アルコールは攻撃的な行動を増幅させマリファナはさせない。それが単純で素朴な真実なのだ。』
このように、ただの警察官ではなく元シアトル市警察署長が証言しているのです。さらに彼はこう述べています。『公共の安全を守ることを託された者として私は、法律は他者に害を及ぼすものを罰するべきである。と固く信じているし、ほとんどの人がそれに同意する。殺人や暴行といった暴力的な犯罪でも、万引きやインサイダー取引のような暴力を伴わない犯罪でも同じことである。また、スピード違反や信号無視など公共の安全を脅かす行為も罰せれるべきだ。こうした法律は明らかに市民を守るために作られたものである。だが、マリファナの使用を禁止した、ただそれを所持していただけの者を罰することで一体どんな被害を防ごうとしているのかは明らかでない。繰り返しておこう。私自身のそして警察官たちの経験から言えばマリファナが有害な反秩序的行為、あるいは暴力行為の原因になることは仮にあったとしても非常に稀であることは明らかだ。むしろマリファナの使用は場の緊張感を緩めるために役立つことが多い。とさえ言って良いと思う。』
ノーム・スタンパー氏がこのように述べているように、基本的人権が保障されている国民を具体的な被害者もいない状況で逮捕し、勾留し厳罰を科したりするわけですから当然、誰もが納得できる理由があるのだと思いますので、大麻草がアルコールとあるいはその他のドラッグなどと比べ、どのように、どのくらい有害で危険であることを「公知の事実」などではなく、具体的に詳らかにして頂き、そのうえで大麻草とみられる植物片を所持していただけで起訴し、量刑を科すほど重罪であることを立証して頂き、その上で結審された判決であれば私は従いたいと思います。
以上です。

いいなと思ったら応援しよう!