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嫌なことばっかり

早起きしたっていいことはあまりない。
私の中で早起きをする、ということは眠れていない、ということと同義だから。

随筆まとめを作ろうとして(エッセイもどきのまとめを作ろうとして)、今までの投稿を読み返してみたけれど、圧倒的な睡眠と健康への執着に驚いてしまった。
睡眠と健康はなくてはならないものだし、生きるうえで不可欠だとしても常常そう書いているのだから、これは執着だな、と思った。何が私をそんなに惹きつけるのだろう?
考えてもわからない。元から睡眠が好きというわけでもないし、健康に気を使っているわけでもない。ただ、睡眠と健康についてのエントリーが多い不思議な状況が続いている。

多分、ずっと劣等感を感じているのだと思う。
上手くいかないから。

精神の不健康に始まって、睡眠もそれに伴いまともに出来たとは言えない状況だ。上手く付き合えた試しがない。そんなことないよ、と言われてもパッとしないし、私自身が納得をしない。
とにかく、私は不健康で眠るのが苦手です、と書いている。
それが自慢にならないことをよく知っている。知っているのに、ずっと書いては、自慢のようになっている。
出来たらいいなと思う。上手い睡眠に恒常的な健康。私が満足する日は来るのだろうか?

過眠がひどい。
何度も書いたかもしれない。休みの日は12時間以上眠る。
正直嫌だ。やりたいことができないし、だいたいもう午後になっているので様々なことを諦める。ランニングとか、散歩とか、買い出しだとか。幸運なことに家には家族がいるので、食料に事欠かないことだけが幸運か。いや。それにしても、嫌なものは嫌だし、私だって朝から何かをしたい。
体内時計が狂っているのかわからない。睡眠外来に行くべきなのかもしれない。そういえば最近は身体の不調が多い。身体のバランスが悪い。
整体に行こうとして、現金がまったくないことに気づく。クレジットカードの弊害。やりたいだけ買うことの悪さがでている。浪費癖。これも全部不調で片付いてくれればいいのに。

最近金銭を稼ぐことについて考えていて、文章で食っていくことのいい意味での面倒くささを感じている。
ニーズについてよく考える。私が書くものは本当に読者に届いているのか?惰性で読ませていないか? 私が考えるものたちは、その読者層と合っているのか?
いや、多分そうはいかない。だから面倒臭い。よくない。私は私の書きたいものを書きたいし、けれどそれが世間のニーズに合っていないというなら、自分を誤魔化すことを覚えなくてはいけない。私が書きたいものを騙す力。それはとても、面倒臭い。本能というか、やりたさだけで書いているから、面倒臭い。
誰もが飛びつくような物語を書きたい。
そんなものはないし、そうなれないという絶望感がある。
苦しいな。

けれどskebは好きだし(私に思いつかないことを書かせてくれるので)、誰かに頼まれてライティングや編集をすることはやはり嫌いではない。ただその回数が少ないだけで。
需要と供給。上手く釣り合いがとれて、満足行くまで稼げればいいのにと思う。
そのためにも公募や小説の投稿サイトにアップロードをするべきなのだけれど。
うーん、それより同人誌にしたいな。この思考がよろしくないな。

同人誌にするということは、公募を諦めることと同義だろう。
それでもそうしたいというのだから、チャンスをふいにしているように感じる。私には、それだけやり切る力があるのだから、もっと掲載するべきだと人は言う。そのとおりかもしれない。でも上手くいかない。同人誌にする喜びを一度覚えると、まあ上手くいかない。
上手くいかない、と書きすぎている気がする。その通り。

もっと表に出ることを意識して、こうしたらいい、と言ってくれたら楽なのにな。
それは編集者だ。同人作家が常に心に存在させなくてはいけないものだ。
とにかく、私の書き癖について書いた。睡眠と健康、それからニーズ。
私をそのまま愛してくれる人々に感謝する。同時に悔しくなる。結果が出せなくて申し訳ない。いつか、いつか。いつかっていつ?
わからないから、更に悔しい。

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