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ブラスバンド・ニュースを読む -その2

「ブラスバンド・ニュース」はおよそ140年前、日本なら明治17年(1881)に創刊され1958年までの77年間にわたりライト・アンド・ラウンド社(Wright and Round)が発行してきたブラスバンドに関する英国の月刊新聞です。通算900号を越えての発行ですが、その内の834号がサルフォード大学ブラスバンドアーカイブで閲覧することができます。


ライト・アンド・ラウンド社開業以前の状況

最初の出版譜

 ジャック・スコット*1氏によるとブラスバンド用の楽譜を最初に出版したのは、R.コックス社(Robert Cocks and Co.)*2でそれは1836年のマクファーレン*3の「ブラスバンドのための8つの民謡(Eight Popular Airs for Brass Band)」です。その楽譜はキービューグル(3パート)、トランペット(2パート)、ホルン(2パート)、トロンボーン(3パート)とセルパンという編成のために編曲されています。この時代のブラスバンドは団体毎に編成に違いがあり、それぞれの演奏には編曲が必要でした。R.コックス社1838年出版の「プレガーの13の旋律(Praeger as Thirteen Favorite Melodies)」、ウェッセル社(Wessel & Co)*4 1840年出版の週刊ブラスバンド・ジャーナル掲載のポピュラー曲等は、ほぼ同様のキービューグルを使う編成でした。

初期に出版されたブラスバンド音楽の楽器編成

最初のバンド・コンテスト

 ロイ・ニューサム*5 氏によると最も古くに開催されたバンド・コンテストで確かだと考えられるのは、1821年7月19日に行われたものだとのことです。その後様々なコンテストが数多く開催されますが各団体の編成は統一されずに、時にはピッコロやフルートそしてクラリネットも使用されていました。楽器編成やその標準化はほとんど考慮されず、すべてが金管楽器での編成に統一されたバンドコンテストの開催はまだまだ先のことです。コンテストでは賞金や賞品が充実やコンテストそのものの人気もあり参加バンドを増やし続け、1850 年代後半からの広がりは、1890 年代に入ってピークに達しました。

第1回ベルビュー・ブラスバンド・コンテスト参加バンドの編成

 1831年にブリティッシュ・オープンとして今につながるベルビュー・ブラスバンドコンテストが始まりました。第1回大会の優勝バンド、モスレー・テンペランス (Mossley Temperance)は10人編成で、同じメーカーの楽器を使った統一したブレンドのサウンドであることが優勝の要因であるとの指摘があります。その優勝がその後のコンテスト参加バンドの編成に影響を与えました。その編成の詳細な記録はありませんが、すべてA♭管のアップライト・ベルの楽器で、ソプラノ、コントラルト、テナー、バリトン、バス・サクソルンをそれぞれ2本ずつ演奏していたとされます。

こんな感じかもと想像
1853年のバンドの楽器編成

ベルビュー・ブラスバンド・コンテストのルール

  • 1850年のアクリントン・バンド(Accrington)はソロ中にオフィレイド奏者の楽器が故障し、残りの部分をバンドの誰かが歌ったが優勝した。

  • 1860年のベルビューでのブラックダイク(Black Dyke Mills)はE♭クラを使っていた。

  • 1860年代にもクラリネットやオフィクレイドは自由に使われていた。

  • 1873年はバルブ・トロンボーンの使用が認められた最後の年になった。

  • 1873年はリード楽器(クラリネット)が認められた最後の年になった。

  • 1873年から最大演奏者数を規制するルールが設けられた。

コンテスト課題曲の出版

 初期のバンドコンテストでの課題曲は、それぞれのバンドの編成に合わせて編曲されて演奏されました。課題曲は出版されていませんでしたので、そのバンドの指揮者や主要メンバー等が編曲した楽譜で演奏していたのです。その後、様々なブラスバンド譜が出版されるようになり、ベルビュー(ブリティッシュオープン)の課題曲に関しては、1863年大会でグノー作曲メサーズ編曲のファウスト(チャペル・アンド・ハモンド社) *6の出版譜が最初に使用されたとされ、これ以降は出版譜が課題曲になったと思われます。

1875年課題曲の編成

 1875年ベルビュー・コンテストの課題曲は、チャールズ・ゴドフリー(Charles Godfrey 1839—1919)が作曲したバルフェの遺作オペラ『タリスマン』からの大幻想曲」*7です。その編成はほぼ現在の標準編成と同じです。

タリスマンからの大幻想曲の楽器編成

ライト・アンド・ラウンド社の創業 1875年

 1821年のバンドコンテストの初開催、1836年のブラスバンド出版譜の初発行、1853年の第1回ベルビュー(ブリティッシュオープン)開催というブラスバンド活動の盛り上がりの中で、1875年にトーマス・ライト(Thomas Wright)とヘンリー・ラウンド(Henry Round)は、「リバプール・ブラスバンド(と吹奏楽)ジャーナル」*8 を創刊しました。このことでライト&ラウンド社はそれまでいくつかの出版社が取り組んでいた手頃な価格での楽譜セットの発売を主導する大きな役割を果たすことになりました。

1875年の創業から1881年まで

 創業時から1881年のブラスバンドニュース創刊までの期間にライト・アンド・ラウンド社が出版した楽曲については、今に残るカタログに記載されている事柄以上の情報を得ることはできませんが、この6年間で189作品が出版されたことが判明しています。

ライト&ラウンドの出版物 (1875~1881)

 カタログからわかるライト&ラウンド社が出版したクラシック作品からは、当時のイタリアオペラの人気が伺えます。

ライト&ラウンドの出版物 (クラシック音楽1875~1881)

ブラスバンド・ニュース(Brass Band News)創刊

 楽譜の出版でブラスバンド編成の標準化の一翼を担ったライト&ラウンド社は、1881年10月1日にブラスバンド・ニュースを創刊し様々なブラスバンドに特化した情報の提供を開始しました。


*1 ジャック・スコット (Jack L. Scott 1934-2013)論文「The evolution of the brass band and its repertoire in Northern England」 P.193 (VOL1-203)
*2 R.コックス社(Robert Cocks and Co. 1823-1904)は、1823年に英国で創業した世界で最も古い音楽出版社の一つ
*3 マクファーレン(George MacFarlane)はデヴォンシャー公爵のプライベート バンドで1835年から1850 年まで活動した「コルノピアン・インストラクター : エクササイズ、プレリュード、エア、デュエット付き」の著者。大英図書館に保管される音楽カタログには、1845年から1860 年の間に10曲の作品が掲載されています。なお、1836 年の出版物についての記載はありません。(ロイ・ニューサムによる)
*4 ウェッセル社(Wessel & Co 1824-1860)は、1824年に英国で創業した世界で最も古い音楽出版社の一つで、特にショパンの作品の出版会社として知られる。
*5  ロイ・ニューサム(1930-2011) The19thBrassBand P.170 P.72(古いバンド・コンテスト)
*6 Faust, Gounod, arranged 'Messrs. Chappell and Hammond'
   The19thBrassBand(New Some) P184
*7 マイケル・ウィリアム・バルフェ(Michael William Balfe 1808-1870)
*8 Liverpool Brass Band (and Military) Journal







           writer Hiraide Hisashi

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