「テンセグリティで行く」

またもや上長からの業務命令であった。
なんでも社長がyoutubeで偶然見つけた動画を見て感動したらしく、ぜひうちの製品に採用したいとのことだった。
なんなんだ一体。

テンセグリティ(tensegrity)は、アメリカ合衆国の建築家バックミンスター・フラーによって提唱された構造であり、日本語では緊張状態とか均衡状態と訳される。
たとえば2つの接触していない上部材A,下部材Bを3本の糸で支える場合では、上部材Aに働く重力によって接続された糸が張られ、張力によってバランスが保たれる。これがテンセグリティの構造である。
釈然としない思いを抱えながらも、デザインの方針が決まったことはありがたい。私は早速CADソフトを起動して作業に取り掛かった。このCADソフトというのが金食い虫で、上司からはもっと安いソフトを探せだの、値下げ交渉しろだのと言われるのだが。
とは言え、高いソフトを使えばそれなりに綺麗な図面を引くことができるし、安物買いの銭失いという言葉もあるくらいだから、やはり良いものを使うべきだろうと思う。

真鍮から切り出すパーツは全部で8つ。上下主要部に加え糸を張るための柱2本とボルト、全体を支える足4か所である。

上部パーツ
下部パーツ
アセンブリ図

……図面に起こす前から危惧していたことだが、どうやら私には外観デザインセンスがないらしい。アセンブリイメージ上に組み上がったものは、正直、あまり格好の良いものではなかった。しかし、これも仕事だと言い聞かせて上司に提出する。
開口一番彼は言った。
素晴らしいデザインだ! 採用しよう!!
えぇ……マジすか……。
デザインを専門の事務所に依頼する案をそれとなく匂わせてみたのだが、その必要は全くないと言われてしまった。
こうなった以上、やるしかない。
どんなに見込みの少ない仕事であろうと客が「やる」と判断したならコンサルタントが「やるな」と言うべきではないと、芹沢さんも言っていた。私はコンサルタントではない。

というわけで、弊社の新商品のデザインが決定したその裏で、どうにかしてこの謎オブジェに付加価値を付けられないか画策する私の悪あがきが始まったのだった。

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