見出し画像

「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」(東京都現代美術館)に行ってきた。現代アートの入門編、そしてひとつの集大成


展示風景、左から小谷元彦《サーフ・エンジェル(仮設のモニュメント2)》2022年、鴻池朋子《皮緞帳》2015-2016年、青木美歌《Her songs are floating》2007年

精神科医の高橋龍太郎氏(1946-)が1990年代半ばより本格的に収集を始めた、3,500件以上の作品群からなる日本の現代美術コレクション「高橋龍太郎コレクション」。
草間彌生、合田佐和子を出発点として、奈良美智、村上隆、会田誠、名和晃平といった今や国際的に活躍する作家たちの初期作品や代表作品、特に1990年代以降の作品を数多く所蔵しており、質・量ともに日本の現代アートシーンを語るうえで欠かすことのできない重要な蓄積として知られている。

パブリックな美術館のコレクションとは異なる視点から現代日本美術史を編んできた高橋氏。その一人のコレクターの集大成とも呼べる展覧会「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」が、2024年8月3日(土)~11月10日(日)の期間、東京都現代美術館で開催中だ。

展覧会の詳細な取材レポート記事は以下に掲載しているので、暇つぶしにでもご覧いただければ嬉しい。ボリュームたっぷりです。

取材からかなり日が経ってしまったが、本noteでは文字数の関係で記事には入れなかった感想をゆるーく残していこうと思う。

展示風景
展示風景

本展には草間弥生からブレイクしたばかりの若手作家まで総勢115組の作品を展示しているわけだが、まず物体としての圧がすごかった。作品のバラエティと質の高さは言わずもがな。「約6mの~」とか「24mに及ぶ~」とか、急に目の前に現れたらちょっとのけぞってしまうような規模感の作品が次々に登場する。シンプルに圧倒されてしまった。大きなアートは大きいといだけで力をもつ。ついでに作家の作業場所や作品の保管場所、運搬方法まで気になってしまう。一つひとつの作品をしっかり見ていくと2~3時間では到底巡りきれない。個人コレクションでここまでできるのかと感心しきりだ。

展示風景、西尾康之《セイラマス》2005年
展示風景、池田 学《興亡史》2006年
展示風景、池田 学《興亡史》(部分)2006年

いい意味で一番の時間泥棒だと感じたのは、天守閣を舞台に武士の栄枯盛衰の物語が壮大なスケールで展開される池田学の《興亡史》(2006)だった。2m×2mのキャンバスに0.1mmに満たないペンとカラーインクで描き込まれた超精細な描写が魅力の作品だが、下絵を描かず、細部から細部へとイメージを連鎖させながら描く方法が取られているとのことで度肝を抜かれた。下絵を描かない絵画は珍しいものでもないが、この構成力とバランス感覚はちょっと尋常ではない。

塩田千春《ZUSTAND DES SEINS(存在の状態)-ウェディングドレス》2008年

塩田千春の《ZUSTAND DES SEINS(存在の状態)-ウェディングドレス》は独特の浮遊感に惹きつけられた。鉄製の枠の中に毛糸がクモの糸のようにびっしりと張り巡らされている。ウエディングドレスのフォルムは毛糸によって支えられているのだろうか? 雁字搦めにして、これを着ていた人物の肉体の記憶を留めようとするかのよう。

本作が展示されているのは第3章「新しい人類たち」という、人間を描いた作品に焦点を当てるセクションなのだが、ほかの作品群と離れた場所にぽつんと置かれていたのがなぜか印象に残った。番外の扱いという雰囲気で、それは「不在」から人間を想起させるアプローチによるものだったのかもな、などと考えた。

宮永愛子《景色のはじまり》 2011年

黄金色が広がる宮永愛子の《景色のはじまり》は、東日本大震災の直後に発表されたもので、各地で採取した約6万枚もの金木犀の葉を加工して葉脈だけ残し、それらを布のようにつないだ大規模なインスタレーション。資料によればこの布は13m以上あるそうだ。作業を考えただけで気が遠くなる。
金木犀の葉は日本各地の誰かの日常、それを象徴する庭木から剪定されたものだという。葉脈を道として、俯瞰すると大きな地図にも見える本作は、道をたどることでそれぞれの懐かしい景色につながっていく。時を越えた人と人との繋がりを示しているようで、ほっと心が慰められる。

前回の投稿でも宮永愛子の作品をお気に入りとして紹介したが、時を超越しようとする彼女の作品制作にすっかり魅了されてしまった。これからも注目していきたい。

今回の展覧会は高橋氏から「コレクションが始まった約30年が経つこのタイミングで一度、美術館のキュレーションで集大成的な展示を見てみたい」との希望があって実現したとのこと。しかし、それはただの「区切り」であって「締め」ではない。その豪華な顔ぶれと質の高さを見るかぎり「これだけ立派なコレクションになったから満足!」となりそうなものだが、高橋氏は現在も積極的に若手作家たちを支援し、作品を収集しているというから頭が下がる思いだ。使命感もあるだろうが、本人が本展のインタビューで「この時代に生きているリアリティをアートから感じたい」と語ったとおり、あくまで根底にあるのは自身の裡にある衝動のようである。

会場で気づいた点としては、キャプションの丁寧さだ。現代アートの展覧会ではキャプションが短かったり、そもそもついていなかったりして困ることがあるが、本展は作家や作品について比較的しっかりめに紹介されているので、現代アートの入門編としてもピッタリだと感じた。

また何か思い出したことがあれば追記したい。

■「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」
会期:2024年8月3日(土)~ 11月10日(日)
会場:東京都現代美術館 企画展示室 1F/B2F、ホワイエ
開館時間:10:00-18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(8/12、9/16、9/23、10/14、11/4は開館)、8/13、9/17、9/24、10/15、11/5

観覧料:一般2,100円/ 大学生・専門学校生・65 歳以上1,350円/ 中高生840円/小学生以下無料
※本展チケットで「MOTコレクション」も鑑賞可能。
※小学生以下は保護者の同伴が必要。
※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方と、その付添いの方(2名まで)は無料。
詳細は展覧会公式ページでご確認ください。

主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館
展覧会公式ページ:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/TRC/


☆仕事で展覧会の取材記事を書いているので、よかったらそちらもご覧ください。

■【取材レポート】「空間と作品」展がアーティゾン美術館で開幕。作品が存在する「空間」に着目し、コレクションの新しい楽しみ方を提案

■【取材レポート】「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」が森美術館で開幕。異文化をハイブリッドすることで生まれる新たな可能性とは?

※本記事の内容の転載はご遠慮ください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?