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汝、ピンク色を愛せ

ピンク色が好きじゃなかった。
「男の子みたい」な自分が好きだった小さなわたしは、ピンク色を身に着けることにどうしても抵抗があった。ピンクは女の子の色だと思っていたから。ピンク色のポロシャツは、今になって写真を見返せばよく似合っていてかわいいと思うが、当時のわたしは似合わないと思い込んでいて、できれば着たくない洋服だった(ような気がする)。まだ身長が1mあるかないかぐらいの頃の話だ。

一方の姉は、ピンク色が好きだった。
好きな色を聞くとまっさきにピンクをあげる姉を、わたしは理解できないでいた。洋服はリボンやフリルの付いたかわいいデザインのものを好んだ。姉のおさがりを着るのは妹の宿命だ。ピンク色が好きではないわたしは、残念ながらよくピンク色を着ていた。

ここまでならば、まあ仕方がないか、とわたしも幼いなりに納得できたのだ。我が家にそれほど余裕はないから。問題は身長109cmで小学校に入学した姉が、身長130cmほどになった頃に起こった。姉がピンク以外の色を積極的に選び出したのだ。おさがりはすべて青系統の色味の物に変わった。これはよかった。わたしはピンクを着なくてよくなった。しかし、姉がほかの色を選ぶようになったことで、別の大きな争いの種がわたしたち姉妹の間に生まれてしまうことになる。

よそのお宅では姉妹の持ち物がどのように買い与えられているのかわからないが、我が家では、家庭内で使うものは大体色違いのおそろいでまとめて与えられていた。パジャマ、お箸、布団、枕。たしか茶碗とコップもそうだったはずだ。
今の世の中は多様性やジェンダーフリーが反映されているのかランドセルにだっていろいろな色があるし、女の子向けの商品にもいろんな色が準備されているのだろう(薄紫が流行ってると何年か前に聞いた)。しかし、わたしが子どもの頃、女児向けというとピンクの商品が多い傾向にあった。いや、もしかして母がピンクを買ってきていただけか?
実際のところはよくわからないが、とにかく母はなぜかいつも、青とピンク、もしくは黄色とピンクの二択でわたしたちのものを買ってきた。

「どっちがいい?」
母の問いかけで、いつもゴングは鳴った。「青!」まず自己主張の激しい姉が真っ先に取りたい色を叫ぶ。姉は妹に何かを譲ると言うことを十八歳になるまでしなかった。「わたしも青がいい!」わたしも負けじと叫ぶ。「前も姉ちゃんが青取った!」わたしは自分の正当性を主張するが、声がでかくて何としても自分の要求を通したい姉の前にはあまりにも無力だった。そういうわけで、争奪戦はわたしの全敗である。わたしが姉ほど持ち物にこだわるタイプではなかったのも敗因のひとつだ。

さて、そんなわけでピンク色が好きじゃない子どもの頃のわたしは、ピンク色の服を脱却した代わりに、持ち物がピンク一色になった。数年は不服だったが、しかし、色の良さなどというものは年を重ねてわかるもの。一口にピンクと言ってもいろいろな色があると知り、自分には濃いピンク色が似合うとわかり、ファンシーな淡いピンク色にはそれはそれで良さがあると思えるようになり、それほどピンク色に苦手意識がなくなった頃。
最終的に154cmで身長が止まった姉がショッピングの際に言った。

「やっぱピンクがかわいいし、ピンクにしよ」

あ、あんなにピンクを私に押しつけたくせに!? 
わたしは愕然とした。あんなに頑なに別の色を選んでいたくせに、社会人になった姉は知らないうちに原点回帰していた。解せない、とわたしは思った。ピンク色が好きなら、あの時もピンク色を選べばよかったのに。姉がおとなしくピンク色を選んでいれば、あの度重なる争奪戦とわたしの敗北は避けられるものだった。
別に敗北はそれほど気にしていないので、正直なところ姉が何色を選んでも構わないのだが、単純に解せねえという気持ちが残った。母にも言った。あの争いはなんだったんだ。
「まあ周りがなんとなくピンクを避ける時期だったんでしょ」
母の言葉になるほどね、とわたしは頷いた。学生時代(小学校から高校ぐらいまで)の姉の服装は、所属しているともだちグループの影響を強く受けていた。なるほど、周りがピンクを避けていたのか。言われてみれば小学校中学年から高学年ってそういう子どもっぽいかわいいものから脱却したい時期だった気がする。

そう考えると本当の意味で子どもから脱却した後に、かつて子どもっぽいからと避けた色にもう一度惹かれるのはちょっと面白い現象に見えるというか、大人とか子どもとか関係なく、結局子どもの頃から好きなものって本質的には変わらないんじゃないかと思える。
ちなみに、わたしは大人になってピンク色のことをそこそこ好きになった。好きなものは本質的には変わらないが、好きなものはちょっとずつ増えていく。それってなんだか、年を重ねるごとに新しいステージが解放されるみたいで人生って上手くできているな、と感心する。今現在おそらく人生の序盤にいるわたしには、もっと人生を楽しめる可能性がまだまだ眠っているということだなあ。姉のおもちゃみたいなピンク色のバッグを眺めていると、ときどきそう思う。

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