見出し画像

奇怪な現代時代劇『ヒマラヤ無宿 心臓破りの野郎ども』

 1961年の東映映画『ヒマラヤ無宿 心臓破りの男たち』は全くもって奇怪な作品だ。

 片岡千恵蔵演じる土門博士は何が専門の学者であるかは不明だが、ともかくヒマラヤへ探検に行って雪男を捕まえたという。
 雪男を日本に連れてきて、学会で発表するというのだが、肝心の雪男を秘匿してなかな出さないので、マスコミからも追いかけられることになる。
 インチキ雪男ショーで儲けていた男女の芸人は本物の雪男の登場で窮地に落ちいり、台湾の人類学者は土門のインチキを暴こうとし、なぜかギャングが雪男を狙い、駆け出しの新聞記者は雪男をスッパ抜こうとする。
 おまけに国際秘密警察の女捜査官まで土門に近づく。
 もう、なんでもありの馬鹿馬鹿しいコメディ調で、片岡千恵蔵の柔らかな部分が全開となる。

 ともかく、出演している俳優陣がまったく凄すぎる。
片岡千恵蔵、水谷八重子、山形勲、三島雅夫、上田吉ニ郎、佐久間良子、江原真二郎、進藤英太郎。
 東京裁判で日本人被告の弁護人だった法律家のジョージ・A・ファーネスも出演するほか、雪男役は黒澤明の『用心棒』で大男の子分を演じた力士の羅生門綱五郎が演じているという奇怪さ。

 まったく馬鹿馬鹿しいコメディの前半から、中盤へ、観ていても笑うに笑えない脱力感ばかりだが、最後の最後で、突然、片岡千恵蔵の土門博士が名探偵よろしく事件解決の謎解きを語り始めるところから突然シリアス調に転じる。
 千恵蔵のかわりっぷりは見事である。
 ここらあたりから急に映画は引き締まって、中盤までの馬鹿馬鹿しいコメディ調はこのために用意されていたことにようやく気づく。
 のほほんとしていた千恵蔵は、甲高いドスを聴かせて「おまえたちを許さねえ!」と悪漢たちを追い詰める。
 ここからは千恵蔵先生、ウィンチェスターライフル片手に国際陰謀団と大銃撃戦。
 コメディから推理ドラマになったかと思うと、ウエスタンになる。

 考えれば考えるほどにばかばかしい映画ではあっても、このばかばかしさが、一級品に見せてしまうのが正に千恵蔵節である。

 これは明らかに多羅尾伴内シリーズの亜流作品であり、GHQによって時代劇を奪われ、慣れない現代劇に活路を見出した千恵蔵の魅力なのである。

 広義の変身ヒーローものであり、時代劇でいうなら遠山金四郎である。
 大真面目に観ている時代劇という世界も現代劇に移植すれば、こうした荒唐無稽さになる。

 千恵蔵が現代劇であるにも関わらず、時代劇で押し通した奇怪な現代アクション映画は、あらためて時代劇の世界の本質を我々に見せてくれているように思う。

 役者はA級ながらも、作品はB級という、これはひとつの愛すべき作品である。

 もう一本この映画には前作があり、『メキシコ無宿』がある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?