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その28 小説家になりたい人へ 著作権エージェント夢野律子がお手伝いします

【本を売るためには、本屋さんの仕組みを知りましょう】

 北条香織のデビュー作の校閲、最終稿が終わった。彼女はその間にしっかりと高弁社の宣伝部に「仙台から新幹線で来ました」とアピールし、牛タンせんべいを持っていった。


 そして現在、彼女は四作同時進行している怪物ぶりである。


 事務所にはデビュー作の見本本が届いている。律子は手にして本の装丁を眺めた。スーツを着た男二人に、事務員のような女の子が描かれた漫画チックな表紙。


 本の帯は「熊谷編集者大絶賛『やっぱり警察小説はこうでなくちゃ』」とコメント。お笑い芸人の鴨川は「人に自信を持って勧められる」と、読んだか疑わしいコメントが載せられていた。


 昔は増刷されたら著名人が推薦コメントを入れるが、今は初版で入れる時代だ。


 特に丸の内で買われるようなビジネス本の帯は、推薦人の数が多くて作者が分からない帯や、著者とは違う人物がプリントされた帯の本が跋扈している。


 律子は直美を呼んでカメラがない会議室に移動した。ノートパソコンを広げ、Discordを立ち上げて香織を含めたビデオ会議を始めた。


「現在、四作同時に再構成していますが、順調ですか?」
「契約を交わした四作は順調ですが、六冊目の『女優と結婚したけれど』の担当編集者の変更案が多くて、大変です」


 しくじった。『女優と結婚したけれど』はドタバタ夫婦生活を描いた作品で「主婦の右腕社」から出す小説だ。とにかく彼女をフォローしなければ。


「熊谷社長のようにプロデューサー気取りの編集者もいますが、クリエイター気取りの編集者もいます」


 作家は編集者という名の滝に打たれろ、と大御所作家は言うが、丸太を落としてくる編集者もいる。 人の創作物にアドバイスするのは快感なのだ。作家より上の立場になり、作品に反映されればクリエイテイブな気分になる。そして作家に感謝される。

 編集者はこの快感が忘れられないので、アドバイスしたがりが一定数いる。人格ができた作家は「勉強になります」ときれいにスルーするので当の編集者はご満悦。ヒットすれば「アレオレ詐欺」を各地で吹き込む。作家は弱い立場だから編集のアドバイスは拒絶できない。編集は善意でやっているのでたちが悪い。アトバイスを断ると原稿を握りつぶす人物もいる。


 恥を忍べば、私も北条さんに対してアドバイザー気取りの部分があったな。そしてこれからもなりそうだ。


「特に主婦の右腕社の編集者はタイトルの介入がうるさいです。『最近の流行りじゃない』が口癖です」


 前例主義の末期。かつての主婦の右腕社は女性の社会進出や、女性向けの本を多く出していたが、今はラノベを出すようになっている。


 商売である以上、経営方針や商品ラインナップを変えるの当たり前だ。しかしネット小説を小馬鹿にしてるくせに、ネット小説で流行っているタイトルの本を出す。特に大手は「打倒、ネット小説」と息巻くが、ネット小説で見かけるようなタイトルばかり出す。


 大手ほどスカしている。


「流行りタイトルが好きならネット小説でスカウトすれば? と言いたい所ですが、ここは編集長を巻き込んで『C・C』メールで、『流行りのタイトルが浮かびません』と送ってください」


 編集長を巻き込めば、苦言を呈するだろう。苦言をしなければ「主婦の右腕社」の小説部門からしばらく離れよう。


「面倒な作家と思われませんか?」
「そのための代理人です。その編集者とは二度と仕事をしません」


 もしその編集者から次回作のオファーが来たら、


「ゴキブリを踏み殺したら異世界に転移して姫騎士パーティーからゴキブリ退治を頼まれて無双してキャーキャー言われたけど、殺虫剤が開発されて用済みになってパーティー追放されたけど昆虫を殺す『昆虫カンフー』をスキルを手にして各地で教え周っています。でも殺虫剤が効かないゴキブリが現れて姫騎士パーティーから戻ってきてと言われたけどもう遅い!」


 みたいな作品でも送りつけるか。


 ジップのしきい値に入らないカス作品でも、編集者の性癖に刺されば出版のオファーは来る。流行りを追うくせしてスコッパー行為をしない編集者もいる。

 まさに魑魅魍魎。


「いつも夢野さんに助けられてばかりで、本当にありがとうございます」


 香織の眩しい微笑みにサングラスを掛けたくなる。


「本の発売日が一週間後になりました。そして北条さんにやってもらいたいことがあります」
「本の宣伝ですか?」
「正解です」
「しかし作家用のアカウントを作ったばかりで、フォロワー数は少ないです」


「当社では100以上の個人や団体に作品を献本します。名前が思い出せないんですけど、戦車の話を書いた作品は、軍事関係に強い所に配りました。北条さんのデビュー作は警察小説なので『元警官の評論家』『文芸評論家』『推理作家』に献本します。しかし無料でお願いするので、読んだ感想をネットに上げてくれるのは5%ぐらいなので期待しないでください」


 有名な著名人には「推薦文を書いてください」という依頼が月に50冊以上は来ると聞く。そして香織に『落款』を作るように頼んだ。掛け軸の作者名の部分に押してあるハンコだ。サイン本だけだと味気ないので、落款を押す。


「本屋への営業ってやつですね」
「はい。出版社の販促だけではあてにならないので、作者本人から足を運ぶことです。SNSはありきたりな部分でいいです。政治や映画作品の感想や、『カフェで食事しました』な内容は訳の分からない変なのが絡んできてストレスになります。地下アイドルをしていたから釈迦に説法かもしれませんが、自宅の写真は出さないほうがいいでしょう。ツイッターやインスタグラムに上げるのは動物の写真が無難です」


 幸いにも香織は猫を飼っているので、猫の写真を上げることを提案した。念の為、猫の飼育論を語ると「猫奉行」みたいのが来る。長い旅行に行くと猫の餌に苦言を呈するのも来るので、外出関係は日帰りに限定させることを助言した。


 早乙女雄作のようなコタツ記事ライターの餌にならないように注意した。


「話を本屋さん巡りに戻します。実は、サイン本というのはリスクが有るんです。極論を言えば、本に落書きされたので返品できないんです。つまりサイン本を置かせてほしいというのは、本屋さんにリスクを背負わせる形になります」


 そこで工夫をする。販促のPOPがあったらサインを書くのもいいが、作者の手創りPOPを作るのがいい。100円ショップでハガキサイズの紙を買う。必ず手書きで、書店の名前とサイン。作品名とレーベル。できればシールでデコる。


 本屋さんとしても「うちのために」と思うし、本屋さんは本を売るのが仕事。宣伝を変わりにしてくれれば目立つ場所に本を置いてさばいてくれる。

「たしかに地下アイドルのチェキも、手書きで日付と名前。メッセージを入れるようにアドバイスされました」

「中身で勝負したいのは山々ですが、まずは目立ってなんぼの世界です。目に付くきっかけを増やしましょう」
「頑張ります」

……律子は顎に手をやった。

「他にも言いたいことがあるのですが、当日話します」



 やがて北条香織のデビュー作の発売日になった。金曜日の朝の九時にドリーム・エージェントの会議室に三人は集合した。ホワイトボードを背にし、律子はいつものように饒舌に語り始めた。


「二人に知ってもらいたいことがあります。本屋さんは毎日新しい本が搬入されます。本は作家がいて出版社を通して本屋さんに並んで読者は買いますが、逆算すると本屋さんで買われない限り読者は読めないんです」
「禅問答の始まりですか?」


 直美はあからさまに嫌そうな顔を浮かべていた。本題に入らず、世間話をしてから遠回しに物事を言う話の入り方は嫌いなようだ。地下アイドル時代にそんな人物が多かったのだろう。


「少し我慢して聞いて頂戴」


 そして視線を香織に向けた。「出版社は本屋さんに本を売って商売しているのではないです。9割以上の出版社が『取次』という、本の問屋さんに商品を卸しています。取次は取次でいくつか分類できますが、今回は本屋さんに本を卸している取次の話をします。さて問題です。北条香織さんは本屋を経営したいと思いました。本の仕入れはどうしますか?」


 香織は顎に手をやった。


「八百屋さんのように、ハイエースを運転して市場に出向き、商品を品定めに行きます」
「普通はそう思いますよね。おしゃれなセレクトショップのようにバイヤー自ら現地に出向きますよね。しかし本屋さんはそれができないんです」


 直美と香織は目を丸くしていた。


 予想通りの反応に律子はほくそ笑んだ。


「本屋さんを経営するには取次との専用口座が必要です。そして各出版社から本が出ると、取次から本が本屋さんに強制的に送られ、強制的に口座からお金が引かれるのです。口座から引き下ろされたお金を回収するには、当たり前ですが本を売るしかないんです」


 年間8万点以上の新刊本が出るので、本が売れなければ本屋さんは本でパンパンになる。そこで一定期間過ぎた本は返品される。売れっ子作家でもない限り、いつまでも本屋さんに置いてもらえない。


 取次が強制的に本を送ってくる根拠は、過去の実績。ビジネス系の本なら丸の内や新橋などのようなビジネス界隈。武田信玄が主役の本なら、山梨県の本屋さんを中心にして送られてくる。


 本の発売日に、本屋さんに本が置いていないのは取次のビックデーターが9割である。「店主が選ぶ個性的な本屋さん」というのは、取次から送られた本を返品するかどうかの話である。


 多くの書店は、いちいち中身を吟味している暇がない。


 毎日のように大量の本が送られ、大量の本を返品しなければならない


「つまり、北条さんのデビュー作は新人賞に受賞してないので、作品は早めに返品されやすいです。少しでも長く本屋さんに置いてもらうためには、手作りPOPのようなことをして、本屋さんに『まだ置いてあげるか』と思わせなければならないのです」

「先輩。質問いいですかー」
直美は手を上げた。「買いたい本が本屋さんになければ、Amazonや楽天などの通販で買えば済む話じゃないですか」

「いい、質問。ありがとう」
 律子は講師のように指差した。「それは読者の都合です。その質問の盲点は最後に答えます」


 直美に対しても「ですます」口調になっていたが、いちいち変えなかった。

 私はそんなに器用な女じゃない。


 再び香織に視線を向けた。香織は真剣な眼差しで律子を見つめている。律子の鼓動は跳ね上がることはなかった。


「次は出版社の都合を話しましょう。小売店の多くはPOSシステムというのを導入しています。どの本がどこで何冊売れたかというデーターが毎日送られてきます。そのビックデーターに基づいて増刷するか判断を決めます。判断の猶予は約一週間です。北条さんのデビュー作は4000部です。毎日600冊売れれば一週間で在庫切れになる計算です。なので、今日来てもらったのは他でもない。本屋さん巡りをするついでに自著を買いましょう」

「……さすがに作者本人が買うのは恥ずかしいかと。宣伝POPを置いてもらって自著を買うのは」

「そう思うのは当たり前です。なのでPOPとサイン本巡りは、私と北条さんの二人で行います。直美ちゃんは本を買うお客さんになってください。大型書店ならまとめて買ってください。私はこの会社のトップエージェントなので、官房機密費のように使えるお金が毎月500万円あります。普段は新幹線や飛行機を使って上京してくれた作家の交通費や宿泊費として使ってますが、今回は北条さんのデビュー作を買い取る方向で行きます」


「あ、だから1200円という設定にしたんですね」


 直美の言葉に、律子は小さくうなずいた。「でも、置き場所に困りません?」


「サイン会を開く時にさばきます。断言します。北条さんの作品はお世辞ではなく、本当にどれも素晴らしい。しかし『いい物は黙っていても売れる』なんてのは幻想です。世間一般に『売れている本』と思わせないといけません。そのため、本の帯に「増刷決定」というキャッチコピーを付けなければならない。そうすれば読者は手に取ってくれます」


 無名の新人が知名度を上げるためには、「増刷決定」の文字が強い。


「出版社の尻を叩くために、一週間以内に本屋さんから本を消すんです。そうすれば増刷会議に『旅する弾丸』が増刷候補に上がり、『増刷決定!』という宣伝文句を勝ち取ることが出来るんです。販促品も増えます」


 出版社は毎週のように本を出す。年間を通してのデーター分析しないのがほとんど。直近の一週間で増刷するかどうか決めるが大半だ。


「さきほど言いましたように、計算上、毎日600冊売れば在庫切れになります。増刷会議は初速至上主義なので北条さんは担当の梶並編集者に『今日のPOSを教えて下さい』とメールを送ってください」


 その際は『C・C』で熊谷社長と夢野律子にも送る。


「毎日600冊売れれば、私は増刷の提案を熊谷社長にします。説得させます。無論、増刷が決まれば、そこからしっかりとマネジメント料を取りますので」
 

 律子はニヤリと笑みを送った。香織は少しだけ微笑んだ。


「でも先輩。500万円使えるなら、さっきも言いましたけどAmazonや楽天でまとめて買ったほうが済むじゃないんですか?」


「残念な話ですけど、通販サイトの売上データーの送信は社によって違います。一ヶ月ごとに売上データーを送る会社もあれば半年ごともあります。故にタイムラグが発生しない本屋さん巡りをするんです。それがいい質問の答えです」


「ああ。だからたまにツイッターで見かける、漫画家や小説家の『発売日に本屋さんで買ってください』はPOSというシステムのせいなんですね」

「正解です。各種通販サイトが毎日データーを送ってくれれば、漫画家や作家はそんなことを頻繁に言わないと思います」


 だがしかし、Amazonは使える。取次から強制的に送られてきた本を、本屋さんが置くかどうか決める際、目立つ場所に置くかどうかを決める基準にAmazon予約ランキングを参考にしている。


次回【ポルノ作品を書くのは大アリです!】

#創作大賞2024 #お仕事小説部門

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