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その17 小説家になりたい人へ 著作権エージェント夢野律子がお手伝いします 

【本の出版とは「私に300万円を投資してください」に等しい】

 下読みの一番の苦行は書評文を書くことだ。クソ作品は流していいが、出版社の肥料になる可能性がある作品は残す説明が必要だ。

 しかし律子はハミングを奏でるように説明を始めた。


「書評なんてアマゾンや各種読書感想サイトのレビューを見ればいいのよ」


 最初は真面目に書評を書いていたが、これも馬鹿らしくなって辞めた。居候時代の友人に下読みで合格した作品の話をしたら「○○さんの作品ぽい」と聞いて閃いた。


 ネットに上がっている読書感想を参考に、それっぽい作品からそれっぽいワードをチョイスして文章をつなげることにした。


 ポジティブなことを書くことに決め、褒める内容の評論を送っていたので楽だった。


 悪口を書くのは意外とエネルギーがいる。


 律子は徹底して読者家の評論を切り貼りしていた。


「流石に手抜き過ぎません?」
「最終選考に残った野心溢れる作品は自分で書いていたわ。出版社が『最低十冊は残してください』て言ってくるけど、ネット評論を参考せずに描けたのは二作ぐらいだった」


 無論、そこには一ノ瀬坂道の作品もあった。律子の居候先も読まない警察小説だったが、目にした時は体に電撃が走った。興奮状態で作品の魅力をA4用紙5枚ぐらい書いた。


「ほんと新人賞は宝くじですね」
「しかも受賞しても売れる保証はない。まあ、実力ある作家の引き抜きより、自社で新人賞開催する会社は賞金が少なくても勝負に出る気概は買ってもいい」


 生産性がない意識高い系の輩は「紙の本なんてインクと紙だけだろ」と言いそうだが、本には作家の労力以外に、編集や校閲やデザイナー。印刷費や運送費や本屋さんの売上なども含まれている。トータルすると一冊の本を出すには300万円前後はかかる。


 出版とは「私に300万円投資してください」に等しい。新人賞は下読みや最終選考などの経費が含まれるから、プラス100万円の400万円とふんでもいい。


「たしかに地下アイドルもギャンブル性が強いです。『どうしてあの子が売れるの』が多いです」

「……トップキャバ嬢は女優のような美人じゃなくて、受け答えがハキハキしている人が多いと聞くから、それに近いんじゃないかしら」


「たしかに地下アイドルで稼ぐ女の子は一芸に秀でた気がします」
「そんな感じ。一般文芸だろうがラノベだろうが、マナーを守っている作品ほど、尖っている部分が見える」


 マナーがなっていのは曇りだけで光が見えない。

 直美の吸収が早かったので、ついでにラノベの一次読みの下読みのコツを教えてあげた。


「一般文芸同様にマナーがなっていない作品や応募規約が守っていない作品。略歴が変なのは落としてもいい」


 イラストレーターの指名や、アニメーション会社の指名。ドラマCDの声優が書かれている作品は真っ先に落としていい。


「同じ曲山書店のラノベの『サテライト大賞』は、結構楽よ」


 得点方式で「テーマ」「ストーリー」「キャラクター」「文章力」「独創性」「商業性」にそれぞれ5点満点で点数を入れる。合計点が10点以下なら落としていい。それ以上は一行コメントを入れれば済む。

「先輩の話を聞いていると、下読みって楽ですね」
「真面目にやると大変なだけよ。とにかく自分の得意技を見つけなさい」


 ついでに他社の文学賞の下読みも幾つかやらせることにした。


 経験を積んで、獣になって帰ってこい。


 律子は銀座の高級天むすの割引チケットを直美に渡した。




 二ヶ月後。各出版社で寝泊まりしながら下読みをしていた直美がヘロヘロ状態で出社してきた。綺麗なロングヘアーがボサボサになっていたが、目つきが違う。修羅場をくぐってきた野武士のような目をしている。


「いいダイエトになったでしょ」
「精神の方が痩せました」
「下読みしてなんか気づいた点ある?」
「会議室で話しません?」


 直美から会議室に誘われるのは初めてかもしれない。


 二人は会議室に移動した。念の為、律子の判断で天井カメラが設置していな部屋を選んだ。


 おそらく、悪口にオンパレードになる予感がした。


 会議室に入ってイスに座るなり、直美は形相を変えて早口で喋りだした。


「先輩の言う通り、応募規約を守っていない作品はクズ原稿でしたね。私が大阪人でしたら『ありえへん!』と大声で叫びたくなるレベルでした」


  ダブルクリップで止められていない原稿。ページ番号がない原稿。バイト先の封筒を使って送る原稿。枚数オーバー。略歴に「奨学金返済のために書きました」という意気込み。ドラマの際のキャスティング要望。アニメ会社やイラストレーターの指定。未完成の原稿もあった。


 直美は律子の喋りが乗り移ったかのようにまくし立てていた。


 当初、直美は「もしかして名作があるかも知れない」を期待してそれらを読んだが、とても読めたものではなかった。


「どんなヤバいのあった?」
「お硬い一般文芸に『異世界転生なんちゃら』はありましたね」

「それを送りたければ、冒頭は絵本の世界や山奥の古井戸に落ちた、とかすればいいのに」


 ネット小説でよく見かけるタイトルに付けるのは、一般文芸においては甘えだ。


「目を通しましたけど、ネットからのコピペで工夫が感じられませんでしたね。応募用に工夫する労力が全く感じませんでしたね」


 ネット小説をそのまま送るのはチンピラインフルエンサーの「コスパ悪い」と同類。近道を探すばかりで、地道なことを絶対にやらない言い訳の達人が多そうだ。


「他、ヤバいのあった?」

「ポルノありましたね。自伝もありました。そして先輩の言う通り、灸英社の『鬼亡の剣』の続編やスピンオフも送られてきました。大学館(だいがくかん)の賞にもそれが送られてきましたね。先輩の言う通り、最後まで読めたのは応募規定をしっかり守り、プロフィールに余計な情報が入っていないものでした」


「中身が変なのは、外側も変なものが99.9%だから」


「応募規約を守っていても、変なのもありましたよ。『この場面を読む時は、この音楽を聞いてください』という指定。サイコサスペンス系だと『このQRコードにアクセスしてください』という演出。アクセスしたらスプラッター動画が流れましたよ」


 文庫本のように作品の解説を入れてくる原稿にも出食わした。


 律子から教えられた、「まずは最初の10ページと最後の10ページを目に通す」をしなければ、気づくのが遅かっただろう。試しに解説者の名をググったら、大学の文芸サークルの代表者だった。「誰やねん!」と突っ込みたかった。


「一次通過は先輩の言うとおりの割合で通過させました。まともに小説読まない私でも商業レベルに達しているのは1%程度だと思います」


 新人賞に歴史系が多い文藝夏冬が主催する賞は、歴史系を六割通過させた。推理小説の最高峰である利根川独走賞を主催している高弁社の賞は、意識的に推理小説を通過させた。ラノベも謎解き要素があるのを中心に流した。


 仕事が速い女となったので正社員から手抜きをしているのか疑われたが、


「応募規約が守られていないのは、今後作家として付き合うのはトラブルの原因になります!」


 とピシャリと言って正社員を黙らせた。正社員を観察すると、書評を精査に読んでいる人物は半数ぐらいだった。


「一次や二次は脚切りで、三次や四次は上からの引っ張りだから、下読みの書評なんて料理の飾り付けみたいなもん。パセリレベル。下読みの書評から可能性を見抜く編集者は20人に一人ぐらいだから。そこはどの業界も一緒。多くは普通の人なんだから」


 直美が下読みした作品から最終選考が出れば、彼女の株が上がるだろう。


「それで直美流の『ヤバい投稿者の見極め方』を見つけた?」
「はい。私は『SNSアカウントがあったら明記』に注目しました」


 SNSアカウントのプロフィール欄を確認し、「右でも左でもありません」みたいな政治主張を全面に押し出すのは読まずに落とした。「ラインで月収6桁!」みたいな情報商材っぽいプロフィールも読まずに捨てた。


「これからの時代は昇給より副業」「出世より他でも通用するスキルを」「資格とって一発逆転」


 みたいのも読まずに落とした。


「『死ぬ気でやれば死にはしない』みたいのも捨てましたね。生き残ったからこそ言えるんであって、実際に無理して死んじゃった人もいると思うんですよ」


 直美のもの悲しげな言葉に、地下アイドル時代の闇を感じる。笑い事じゃない出来事がたくさんあったのだろう。


「その手の投稿者はチンピラインフルエンサーでしょうね。説教臭い内容か、小説の新人賞取って情報商材を宣伝するのが目的なんでしょう」

「9割9分、そうでしょうね。本当に作家を目指しているなら、それっぽいプロフィールを書くでしょう。下読みしていると脳みそ使って腹が減るので、カップラーメンばかり食べていました」


  直美がぼやき混じりに言うと、律子はカラカラと笑っていた。「先輩がおにぎり大好きなのは、これが原因ですか」


「いや、私は5人兄弟だからゆっくり食べるとおかずが減るから、おにぎりを好むのは育ちの悪さのせい」


 銀シャリだと他の兄弟のおかずの取り合いが起きる。しかしおにぎりなら、予め個数をキープしていれば憂れることはない。


「私は一人っ子なので、好きな食べ物は最後に食べるタイプです」

 直美がそう言うと、律子の眉毛がわずかに動いた。

「奥義的な部分に気づいたようね」
「食べ物の食べ方ですか?」


 律子は顎に手をやって体を前後に揺らした。


「その話は長くなるから後にするわ。それで作品がまともでも、『レーベルの客層に合わないから泣く泣く落とす』なんて少なかったでしょ」
「はい。一つもなかったですね。通せたのはそのレーベルから出てもおかしくない雰囲気な作品でした」

「個性的な作品を見つけるのは下読みの仕事じゃないから。踏み込んで言えば下読みは最後まで読める作品を上げるだけだから」


『君にしか描けない個性的な作品を募集しています』のようなキャッチコピーを掲げるレーベルほど、オーソドックスな作品が受賞している。出版している。


 大手出版社ほど裁判所並みに前例主義。他社でヒットしている作品の要素を平気で作家に提案してくる。失敗が怖いビビリが多い。仮に代理人経由の作品なら「あれは代理人が押し付けた作品です」と言い逃れ出来るから、代理人は賃貸契約の保証人のような存在とも言える。


 ドリーム・エージェントが管理している小説サイトにスコッパーしてくる引き抜き編集者も、ヒット作の二番煎じ作品をよく選ぶ。


「SNSアカウントのプロフィールはいい着眼点だわ。うちの小説サイトのプロフィール欄でも、『ワナビーです』って書いてあるのは、新作を書いていないから」
「スパイス・ガールズのデビュー曲がなんで?」
「でしょ! そう思うでしょ」


 律子は説明をした。「ワナビー」はネットスラングで『アイワナビー=夢を追う者=小説家を目指している者」という意味。それを知った時はドス黒い感情が湧いた。


「プロフィールに『ワナビーです』って書いているアカウントほど、小説を更新していない」


 新作を書かない人間にチャンスなんか来るわけがない。才能も無く、努力もせず、そのくせ受賞作に文句を言って、Amazonに星1つレビューを入れてそう。


「やっぱデビューする人はプロフィールも真面目なんですね」
「真面目というか、仲間内にしか分からないような言葉はなるべく使わないのよ。不特定多数を相手にするんだから」


 一次落ちの常連は、ネットで下読みの悪口を書いているのが関の山だろう。そいつらは共通して「自分には隠されたすごい才能がある」と思い込んでいる。才能というのは隠しても滲み出るものである。応募規約を守っていない原稿や、SNSのプロフィールに仲間内にしか分からない用語を入れている時点で、いつまで立ってもスタートラインに立てないだろう。「小説の世界は才能の世界」と一般人は言ってくるが、多くの作家は「自分には才能が無い」と思っている。


 無い、無い、無いの連続で、「有る」にするためにたくさんの勉強と分析をしている。売れっ子作家ほど読書量が多く、他者の技術を盗むハンターのような目をしている。人の話をよく聞く学ぶ姿勢を常に持っている。


「それで先輩。相談したいことがあるんですけど」
「どうしたの急に? 出版社の社員にナンパされたの?」
「私の友達が小説を書いているんですけど」


次回【ダイヤの原石は、男女の出会いのように不思議な縁がある】

#創作大賞2024 #お仕事小説部門  

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