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M-galleryでの対話その2(三松幸雄さんと)

M-galleryでの、永瀬恭一個展感覚された組織化の倫理」は会期を無事終えました。ありがとうございました。この展覧会では、コロナウイルス感染状況から公開のイベントを断念した代わりに、会場で対話を行い録音をアップロードしています。

前回、ギャラリーマネージャーの伊藤真理子さんとお話しましたが、今回、三松幸雄さん(哲学/現代芸術)との対話を公開いたします。収録は展覧会会期中の2021年3月11日でした。

全部で3つのパートに分かれていますが、全体として、永瀬の画家としての最近の仕事の周辺で書かれた文章で採用されている(と思しき)諸々の前提を、三松さんが吟味していくことで、展示作品に斜めからアプローチしていくような流れになっています。

まずは前編「作品と制作について」。今回の展覧会に永瀬が出品した作品と、「感覚された組織化の倫理」という展覧会名について、三松さんが永瀬の話を聞いてくれています。

ここで、永瀬が話している「ジャッジ」「価値判断」という語に注意してください。「作品」を価値や規範性の次元から二元論的に分離された「事実」のカテゴリのもとに捉えたうえで、外在的な規則を参照して(いわば「裁判官」のように)「ジャッジ」していく、という構図が採用されているように見えます。事前に準備段階のメールのやり取りでは、

① 価値基準 ‐ 知覚 perception ‐ 判断 judgment
 [反実在論・外在主義・非認知主義]
 [近代的な「事実/価値」二分法、法論モデル(裁判官の裁定)]
  →問題点:独断主義、価値相対主義の傾向あり

に対し

② 価値 ‐ 直観 intuition ‐ 感覚 sense(感受 feeling)
 [実在論・内在主義・認知主義]
 [価値と事実の相互浸透、感受性 sensibility 理論]
  →問題点:達人倫理の相を帯び、民主制ではときに「エリート主義」と指弾されうる

が、三松さんから示されていました(後述の認知主義についての議論を参照)。中篇では、①から②にいたる論点が話されます。あわせて、永瀬が自分の活動の基盤としている「一人組立」あるいは続行中のトーク企画「私的占領、絵画の論理」などに現れる「個人」(つまりは人間的な「個体 individuum」)という観念についても指摘がされます。「内から見ることについて」

美しさが、外から対象を審判するのではなく内在的に感覚されること、「自分」が個体として輪郭が固まっているのではなく、いわば力動の渦の一部として「個体化の途上」にあることなどが、作品の完成前の製作中の状態をイメージすることで浮上してきます。

このような「内からみる」視点については、宇宙物理学者の柴田一成氏と倫理学者の伊勢田哲治氏による対談「宇宙の道と人の道―天文学者と倫理学者の対話」(『宇宙倫理学』所収、伊勢田哲治・神崎宣次・呉羽真 編、昭和堂、2018年)が示されていました。

また、そもそもの上掲の①外在主義と②内在主義との対立については、道徳的価値をめぐる非認知主義と認知主義(道徳的反実在論と実在論)の議論が参照され、「事実/価値・規範」二元論の問題点については、『世界哲学史8』(伊藤邦武・山内志朗・中島隆博・納富信留 編、筑摩書房、2020年)の第一章「分析哲学の興亡」(一ノ瀬正樹)が参考文献として挙げられていました。

後編では、上記『世界哲学史8』の第5章「哲学と批評」(安藤礼二)をもとに、芸術と「公共」あるいは「聖なるもの」と、美術館や博物館のような「民主」的公共などにも触れています(後半はやや雑談めいていますが)。「公共と聖なるもの、その他について」。

中篇で三松さんから発せられた言葉に「主観性の牢獄」という語がありましたが、永瀬が採用している「存在論」が、思考や知覚によって主題化されにくい水準に浸透しているのかもしれません(話の後半になってもまだ「ジャッジ」という語をつかっている)。

近代性への囚われとそこからの逃走路の探索は、僕自身についても作品の有り様についても、大きなテーマになっています。三松さんには2017年にグループ展「エピクロスの空き地」高橋悠治氏とともに問答をしていただいています。また、同展では市田良彦氏《ルイ・アルチュセール「偶然性唯物論」》講義沢山遼氏《事物の動態/事象の束:クラウスからスタインバーグへ》講義郡司ペギオ幸夫氏《因果反転を可能とする地平》講義、といった勉強会を繰り返していました。

2019年の那須・殻々工房の個展を経て、今回の対話は、僕の活動の内部で連続性があると思っています。

いずれにせよ、いわば自分を素材として「吟味」(この言葉もメールのやりとりで三松さんから教わった言葉です)することの重要性は、展覧会全体に通底しています。引き続き制作を行っていきます。


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