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「週刊金曜日」2023年3月3日号にぺ・スア『遠きにありて、ウルは遅れるだろう』(斎藤真理子訳、白水社)の書評を書きました。

ウルは見るように愛する。遠くから見るという方法で、どんどん遠ざかっていくという方法で、永遠に迂回するという方法で、ただ遠くで光るそれに向かって短く瞬間的な一瞥だけを与えて流れていくという方法で例えていうなら、遠くに船がある。……

素晴らしく詩的な密度とリズムを持った言葉が声に乗るようにして語られる長編小説です。

小説はウルという女性ともう一人、男性が記憶を失っているところから始まるんですが、物語は決して滑らかな輪郭を描こうとしません。記憶をなくした彼女の〈私は何者だろう?〉という問いかけから記憶を探るうちに、物語は〈見る〉 ーー例えば過去の記憶を ーー ことの原初的なイメージを取り出していきます。

海岸を歩き、見知らぬ人の結婚式に巻き込まれたこと。子供の頃、教室で〈凶暴に踊りを〉踊ったこと。教師が死んだこと。〈七歳という幼さで始まった初経〉のこと。母が死んだこと。

そうした記憶を濃密な言葉の連なりのなかで映し出していく小説ですが、書評のなかで僕はどことなくヴァージニア・ウルフの作品を読んでるときの感覚に近い、みたいなことを書きました。僕のなかでは作中のウルはウルフです。半分冗談ですが、モダニズム文学の旗手と並べて遜色のないほどの言葉の屈強さを持つ、ペ・スアの作品をぜひお読みください。

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