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旅の話.67 ペルージャ②

ペルージャで僕が泊まった宿は、朝9時30分から夕方16時まで外出していないといけないルールがあった。休みたい時に休めないのは不便だが、長期滞在者が居着くのを防ぐ為か、主要産業である観光の促進の為か、ここで働く人のシエスタの為か、とにかく郷に入っては郷に従うしかない。

とりあえずBAR(バールと読む)でカプチーノとパニーニで朝食。
昨日行かなかった方を散歩してみる。

日本人の「東城さん」と出会った。
彼は「イタリア以外の国でイタリア語を教える資格」を取得するために、近くの大学に通っている。その大学は「ペルージャ外国人大学」と言って、イタリアへ留学する世界各国の学生が、最初にイタリア語を勉強しに来る場所として有名なんだそうだ。すごくフレンドリーな良い人だった。
彼は夫婦でこの街に住んでいて、勉強しながらメディアの仕事もしている。
よくテレビなどで「現地から届いた最新情報」と言って紹介するのがあるけど、どうもそれっぽい。当時、日本ではペルージャが熱かった。

それは、中田英寿がいるから。

僕がこの時期にペルージャへ来た理由もそれだ。

1993年にJリーグが開幕した時、僕は高校生だった。
1992年に深夜番組でヨーロッパサッカーを観てドハマリした。
それからの事は詳しく書き出したらきりがないので割愛するけど、とにかく僕は中田のペルージャでの2シーズン目の開幕戦を観るために、この時期にここへ来た。

それだけ観たら次の街へ移動するつもりだったが、出会いと偶然が重なって、結構長くここペルージャで過ごす事になった。

つづく

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