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かりんとう日和

 かりんとうに似た雲を見つけた。
 それがわたしの絶望の始まりだった。
 かりんとうにもいろんな形があるのに、そう思ったのはなぜだろう。

 わたしは入道雲に足をかけた。切り立った崖に似ていた。見下ろした街は巨人の太腿にできた鳥肌のようだった。
 ずっと上のほうでかりんとうに似た雲が浮かんでいた。

 あの頃、若いうさぎであるわたしにはわからなかった。
 なぜこの手がやさしさしかつかまないのか。
 この口が甘さしか感じないのか。
 この目が悲しみを見ないのか。
 この耳が喜びしか聞かないのか。

 体中の汗が塩の結晶となって斜面を滑った。手のひらの皮はむけて、血豆から血が噴きでた。爪も割れた。たどり着くすべもない。かりんとうに似た雲はちりぢりだった。もうかりんとうとは呼べない。
 夏の背筋に一筋の冷たい汗が流れ落ちた。

 わたしは帽子を編んだ。銀の草を素材にして。わたしはそれを穴うさぎの寝床からくすねてきた。

 帽子をかぶって大通りに出る。この日のために仕立てた風の色のスーツを着て。凄まじいビル風が吹き荒れるなかを人々が行く。我々はどこへ向かうのか。
 日時計は「海」を指している。
 風がわたしの帽子を飛ばした。それがわたしの絶望の終わりだった。帽子は太陽のもとに行き、すぐに友達になった。

 懐中時計を取り出し時間を調べた。結婚式までまだ少し時間がある。海に立ち寄ってその音を拾い、彼女に聞かせてやろうとわたしは思った。

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