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詩 『獣』

ここに獣と呼びたい心がある
それは海に向かって吠え
砂丘に対して爪を立てる
生きろとハッパをかけたかと思うと
冷たい息を吹きかけ溺れさせる
なにがなんだかわからない
次の一手はどうくるか
先手を取ろうとしても
暗闇に引っこんで出てこない
こちらがそっぱを向いて
別の何かに心を配ろうとすると
すぐさま現れ
わたしの肘をつねる
わたしはこいつの顔を知らない
何度か見た気がするけれど
思い出そうとすると
まぶしい光を見たときのように像がぼやける
奴はわたしを連れていく
森の奥へ奥へと
くねくねと曲がる道なき道をゆく
わたしを迷いこませるのか
導いているのか
時折振り向いてこちらを見る
黒い目が光る
心なしか笑っているようにも
獣と呼ぶほかない
奴はわたしを引っぱっていったりはしない
わたしがついていくのだ
泉につづいてる気がして
泉にはたっぷりと虹がつまっていて
さかさまに映る虹にわたしは顔をつけて
心ゆくまで飲む
飲み干そう飲み干そうと思ってもけっして
なくならない虹を
奴は口をつけて吸い上げる
七色でできたミルク
いつか母をここで見かけた
わたしは見ないふりをした
裸になって張った乳房から
母乳を泉に搾りだしている
温かく、湯気を出して
泉には獣たちが集まりはじめている
奴はもう一度振り返る
眼光とは呼べない星の形をした
目に似た何かでわたしを見やる
逃れられない
奴が行こうとしているところ以外には
最終確認のため
奴は見やる
親切心があるのだ
ある画家がついていった
レモンの匂い漂う庭の
中にある湖に
飛びこんで
帰ってこなかった
無垢の水と
向こうみずの最中

飛びこんだ
水の中では
争いが生まれ
雨がやみ
言葉が顔をのぞかせる
フキノトウのように
それはいつだって
奴の向かう先々にある
ずっと餌を与えてきたわたしへの
返礼のつもりなのか

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