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地滑りのあと

 地滑りのあとで、わたしがこれまで身につけてきた真実はすべて流された。土砂に手を入れると手のひらいっぱいに嘘が。匂いを嗅ぎつけた近視の鳥たちがやってきて貪り食った。わたしには嘘を所有することも許されない。

 わたしは自分の口が発するものが不潔に思えたので、喋る前に言葉を水で洗うことを習慣づけた。するとむき出しになった言葉は刃となって誰彼かまわず傷つけた。そしてみんないなくなった。わたしは無口になったけれど、ある夜、寝言に襲われた。朝目覚めると内臓まで抉られていた。わたしは水が清浄だと思いすぎている。指紋もとっくに消えた。

 わたしはわたしの無垢をうさぎたちにくれてやった。彼らはそれを巣の中へと持ち帰り、泥をはたき、つぎはぎだらけを刺繍して帽子に仕立て上げた。受けとったわたしは純粋なものを探すためにボヘミアンの一行についていった。
 
 ビラホラの森にはキノコの生える誰にも見つからない場所がある。頬を真っ赤にさせて雪遊びをする子供たちを見守る温度計は氷点下十度をさしている。ダッシュボードに置き忘れられたカセットテープが熱に溶けている。螺旋階段を上った先にある図書室のトイレの扉の鍵は壊れている。
 それらはみな版画になって礼拝堂の壁に掛かっている。

 アトリエで遠い昔に見た光が部屋の隅でうずくまっていた。わたしは中に閉じこめられている『献身』を助けだした。
 それは天窓を突き破って空に昇ると何千羽もの鳥があとを追った。祝宴は終わりから始まりへと向かい、何度でも繰りかえす。白鳥の歌は終わることがなく、楽園へと向かう雲はハーモニカの音色に押されて虹となる。蜘蛛の巣についた水滴のなかで、子供たちは何度でも生まれ変わる。

 窓から日がさして、わたしに炎がともった。

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