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国立競技場の青い空

昨日(5月2日)早朝からNHKBSで1999年1月1日の天皇杯決勝、横浜フリューゲルス対清水エスパルスが再放映された。
まさか21年前の試合が再び放映されるとは。
天皇杯の試合がダイジェストでなく再放映など奇跡に近いのではないだろうか。
様々な思い入れでこの再放送を見た人も多いだろう。地元のクラブチームVファーレン長崎にもこの試合の関係者がいる。原田武男ユースコーチと吉田孝行トップチームコーチ。特に原田武男コーチはその後、Vファーレン長崎でプレーをしてくれた、長崎にとってはレジェンド、特別の存在であるため、古くからのV長崎ファンの人々にとっては垂涎の映像だった。

私も朝からテレビの前に座った。手元には一冊の本を置いた。
「メキシコの青い空・・実況席のサッカー20年」(山本浩 著)
放送が決まった時、本棚の奥から引っ張り出しておいたサッカー本。
この本の著者、山本さんは数々の名実況を残したNHKのアナウンサー。
この試合の実況も山本さんだった。
本のなかでも、この試合が取り上げられている。この試合が特別の意味を持ってしまったバックグランドの説明。その日の状況を淡々と描き進められているが、ところどころに太文字で山本さんが実況でしゃべった言葉が書かれているのだ。

「いつもの空、いつもの風、いつもの芝、しかし空気だけは今年は違います。……」この実況であの日は始まった。
そう、私はあの日、テレビの前にいた。これが終わってからお諏訪さんに初詣に行きましょうと家族と話しながら。

この本を買ったとき、本を読みながら、テレビで見ていた幾つかの試合を思い出した。中でもこの天皇杯の試合は本を読みながら、鮮明にシーンを思い出し、その時の我が家の空気感も思い出していた。文章や言葉の力でイメージを掘り起こし、空気感まで伝わるんだ、スポーツ実況の名台詞というものはものすごい力を持っているんだと感激したものだ。
ならば、今度はこの本に抜き出してある実況の言葉がどのシーンでどのように語り、叫ばれたものか、音とシーンを追体験してみようと思った。

試合が終わるとチームがなくなってしまう。横浜フリューゲルスの立場は勝っても負けてもドラマチックだ。今のアナウンサーたちなら、そこをすごく強調し、さらにドラマチックな伏線を張ろうとするだろう。しかし山本さんも解説の加茂周さんも木村和司さんも淡々とその試合を語る。これはサッカーであってドラマじゃないんだと念をおしているみたいに。そして試合が終了し、選手たちの明暗が映し出され、いよいよフリューゲルスのドラマが最高潮に達するところでも、お涙頂戴の泣き節はない。いまそこにいる選手たちをたたえ、彼らの未来を応援するようにしっかりと
「それぞれの顔のなんと晴れやかのことでしょうか。Jリーグの開幕の年に天皇杯を手にして。そして、チームの最後の舞台でこの天皇杯を改めて手にする……」
そして、いまでも多くの人の記憶に残っている言葉が語られる。
「私たちは忘れないでしょう。横浜フリューゲルスという非常に強いチームがあったことを。
東京・国立競技場、空は今でもまだ横浜フリューゲルスのブルーに染まっています。」

天皇杯決勝のときはいつも天晴れな青空だよね。いつの間にかそんな勝手な思い込みを持ってしまっているのもこの試合のシーンが染み込んでいるからかもしれない。
映像を補完する言葉、言葉を補完する映像。その誠実なバランスをこの試合とこの本が教えてくれて気がする。

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