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勘違いセクハラおじさんにならないために:大倉忠義の言葉から学ぶこと

40を過ぎると体臭がきつくなり、腹は出て髪は抜け落ち落武者のようになり、徐々に芋洗坂係長の容姿に近づいていく。

明らかに性的魅力は減退しているのに、「まだいける」と勘違いした親父が20代の女性に近づいてしまうのか。

それは、肉体的な性的魅力の減退とは裏腹に、心理的な性欲は若い頃のまま維持されているからだ。その結果、20代の女性に声をかけてしまい悲劇が生じるのだ。

ではどうすれば良いか。

冒頭の大倉忠義のようなイケオジには名実共になれない我々中年オヤジはどうすれば良いのか。

それは、「申し訳なさ」と思い出すべきだと思う。
例えば、学時代のサークル時代に感じた申し訳なさを、である。

サークルで4男1女会を開いた際の、1女に対する自分たちのあまりのオッサン度合いに感じたあの申し訳なさを。その当時、もはや4歳年下の子でさえ、恋愛対象と見なすことさえおこがましく感じたものである。

大学4年生の時に参加した新歓コンパで、とりあえず飲んでコールふれば盛り上がるかと思って後輩たちにコールを振った際にニコニコされながら軽くスルーされ、その後若手同士で盛り上がっている時に疎外感と同時に感じた、あの申し訳なさを。

あの申し訳なさを感じていれば、40過ぎにもなったおっさんが20代の子に手をだすことなど申し訳なさすぎて躊躇するはずなのである。

過去を振り返り、自制心を効かせよう。

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