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ベンチャーディールズ(28)VCとの交渉で大切なこと / Venture Deals - What Matters in Negotiations

以下、米国VC・Foundry GroupのBrad FeldやJason Medelsonが毎年2回提供しているオンラインコース(無料)、Venture Dealsの講義内容が素晴らしかったのでまとめてみました。

前回に続き、交渉に関する講義として「What Matters in Negotiations」のセッションを和訳してみました(和訳することについてはBrad Feld氏と直接コンタクトし、許可を得ております)。他の講義も順次アップしていく予定です。是非ご一読下さい。

なお、Venture Dealsについては、本でも出版されており、またこちらもベンチャーキャピタルを理解する上でとても勉強になるシリコンバレーVCのバイブルなので、是非ご一読ください。

(以下、講義和訳)

1. タームシートのうち、投資家が(通常)重視する2つの項目

(クリント)起業家がVCと資金調達の交渉を行う際、重視する内容は何でしょうか?

(ブラッド)数あるタームシート上の項目で最も重要なのは「Economics」(株価)と「Control」(支配権)です(注;直訳すると正しい和訳にはなっていませんが、Economicsを経済条件と訳したり、Controlを経営権やら持分と訳すよりはイメージが湧きやすいかと思い、意訳しています)。交渉では、これらの2項目において、起業家は自分にとって何が重要なのか、明確な考えを持っておく必要があります。

タームシートには他にもたくさんの用語や条項が登場しますが、それらの多くは、株価や支配権とはほとんど関係がありません。株価と支配権は場面で密接に関連している条項です。場合によっては投資家の持分比率を可能な限り少なく抑えるために、価格面である程度の妥協をしなければならない、といった状況にも出くわすでしょう。もしくは、起業家である皆さんは価格水準ばかり気にしてしまい、持分比率には無頓着、なんて状況も起こりうるかもしれません。

交渉の場面では株価と支配権を両面から考えていくことが重要ですが、そもそも交渉で大事なことはこの2つだ、ということを認識しておくことが一番重要です。

(クリント)VCの間では、"You never make money on terms"(条項の文言次第で儲かる投資になることは絶対にない)という言葉があると聞きました。どういう意味ですか?

(ブラッド)それは優れたベンチャーキャピタルの決まり文句ですね。この言葉は、特にアーリーステージのスタートアップ投資を行うVCがよく使います。彼らは平凡なリターンを得るためにスタートアップ投資をしているわけではありません。莫大なリターンを得るために投資しているのです。

VCがスタートアップに投資する際、我々は常に投資先には非常に大きな価値を生み出すと信じて投資しています。大きな可能性を感じられない場合、VCはその会社に投資はしません。

この大きな可能性を秘めている企業を見つけ出し、投資していくに集中する方が、タームシートの文言をいじることよりもはるかに重要です。それがYou Never Make Money on Termsの意味です。多くのVCはタームシート交渉時に非常に具体的で詳細な文言交渉をしてくることはありますが、それはたいてい株価条件と支配権にかかる内容のものです。

株価について言えば、投資する立場である我々VCは、成功した際に最大のリターンが得られるように、可能な限り低い水準で投資をしたいと考えます。支配権の獲得の観点から言えば、投資先企業がうまく機能していない時、テコ入れまたは口出しができるようにしておき、問題に対処しながら企業価値を高め、ひいては投資リターンを高めたいというインセンティブがあります。

2. VCとの交渉に向け、必要な準備とは

(クリント)VCとの交渉に際し、スタートアップはどんな準備をしておく必要がありますか?どのように備える必要がありますか?

(ブラッド)最も重要なことは、自分が誰と交渉しているのかを理解しておくことです。多くのスタートアップが交渉で犯す間違いの1つは、交渉相手の事前調査を行わないことです。多くの場合、相手の交渉スタイルも知らなければ、何を重視しているのか、また経歴も事前に把握していません。過去の交渉でどのように振る舞っていたのか、といった情報も持ち得ていません。
スタートアップ経営者自身が、何を重視しているのか、明確に理解しておくことは重要です。それに加えて、相対する投資家が何を重視していて、彼らの判断基準や方針が何であるのか、を理解することは非常に重要なのです。

3. 実際の交渉の成功事例・失敗事例

(クリント)実際の例として、スタートアップとの交渉がうまくいった事例とうまくいかなかった事例をいくつか教えていただけますか?

(ブラッド)もちろん。本当にうまくいったのは、BigDoor (シアトルのロイヤルティプログラムやCRMを手がけるB2Bソフトウェア企業。2015年にM&AでExit)との資金調達交渉です。Keith Smithは、会社の創業者兼CEOであり、Keithはいわゆる連続起業家で、私はBigDoorの前に彼が作った会社に投資をしていました。さらに遡ると、もともとはAndy Sack (シアトルの投資家兼起業家)という通の友人を通して、お互いを知るようになったのが最初のきっかけです。

Keithの前の会社は好不調の浮き沈みがとても激しい会社で、うまくいったかと思いきや、最後は潰れました。彼と投資家たちの交渉は、急成長するビジネスが崩壊し始めた頃に見られるさまざな期待は不安を交えながら、緊張の一線を辿っていました。

BigDoorの資金調達交渉の場合ですが、Keithは前の会社で経験した投資家との交渉経験を踏まえ、彼が重要だと考える特定のトピックに焦点を当てて交渉に臨んできました。私から彼に対する回答も非常に簡潔なものでした。投資検討にあたり私自身が重要だと考える論点を6つほど箇条書きの上、電子メールで送付したのです。8ページからなるタームシートの文言に目を通し細かい点全てをチェックするのではなく、株価水準と支配権の2点のみに焦点をおいた議論を試みました。

詳しくは語れませんが、私は彼の会社に見られた会社の支配権の構造に論点があるため、その点に留意し解決を試みるよう伝えました。すると、彼は株価水準についての論点を持ち出しカウンターで応酬。私からのオファーは、彼が求める株価条件の要求を満たしていなかったからです。ただ、私は支配権にかかる条件に焦点を当てており、こちらについては彼は要求を呑んでくれました。また、私が提示した価条件についても不合理なものではなかったので、最終的には彼は妥協してくれました。こんな感じで交渉は進んでいきました。

トータルでの交渉時間はおそらく5分くらいでしょう。事前に準備をしていたので電話での会話も不要ですべてメールで済みました。私は彼にとって何が重要となるかをわかっていましたし、彼も私がどんなことを気にして何を重視するのかを知っていました。うまく相手を出し抜いて良い交渉条件を引き出そう、という魂胆ではんく、フェアな結果にたどり着くことに二人とも非常に集中して交渉を行うことができたのです。

次はうまくいかなかった事例についてお話します。とあるスタートアップと資金調達交渉を行ったのですが、結局資金調達に至りませんでした。創業者は資金調達の交渉で、自分が何を重視し、何を望んでいるのか、自分自身が理解していませんでしたし、投資家である私からも彼らが何を目指しているのかわかることができませんでした。

そのスタートアップの創業者メンバーとは、資金調達検討が始まる2、3か月前に知り合いました。シード段階の企業への投資はいつも興奮しますがこの時も私はとても興奮していました。創業者メンバーと私とは会話を通じてお互いをよく知る関係になったと思っていたのですが、今振り返ると表面的にしか理解し合っていなかったのだと思います。

資金調達交渉中、私が彼らに個別具体的な事項について質問するのですが、彼らから来る回答はいつも不明瞭な内容のものばかりでした。私自身は彼らに対し、思っていることは包み隠さずオープンにしておきたいと思い、正直に接していたつもりだったのですが、、、先方がそれをどう受け止めていたのか判断する術はありません。

交渉を進めるながら私は彼らにタームシートを提示しました。Keithの場合と異なり、この会社の創業メンバーはこれまでにベンチャーキャピタルからの資金調達をおこなった経験がないことを踏まえ、とても丁寧に詳細にいたるまでのタームを提示しました。
交渉を進めながら、私は起業家にタームシートを提示しました。この場合、キースの場合とは異なり、起業家はベンチャーを行ったことがないため、かなり詳細なタームシートでした。が、彼らの裏には資金調達の経験の能力もない凡庸な弁護士がついていたようで、取り立てて意味のない用語や条文ばかりを突つき、特段理由もなく色々な質問ばかり投げかけてくるようなやりとりが始まってしまいました。

彼らと私とは、弁護士の言っていることの何が重要で何が重要でないか、についてきちんと議論することができませんでした。それは彼ら自身にとって、何が交渉で重要な事項なのかをそもそも理解していなかったからでもあります。タームシートの交渉プロセスは本当に退屈なものでしたし、非常に多くの時間を費やしました。やがて、その長かった交渉も終わりに近づいていると感じられるようになってきました。ちなみに私はこのディールが進んでいると思い込んでいたのでタームシートの最終版の作成に着手しました。そして、ついにタームシートの調印に漕ぎ着けたのです。さあ、次は最終契約書のドキュメンテーションです。と思ったその時です。先方はなぜか、タームシートで既に合意した事項を再交渉したいと申し出てきたのです。

彼らは支配権に係る条文の大幅な変更を要求してきましたが、ここは私にとってとても重要な条文だったため、それは受け入れられない旨を先方に提示しました。「この変更は受け入れられないものであり、不要なものだと考えます。この箇所について変更を行うのであれば私はこのディールから身を引きます。それで私は全く問題ありません。」と。最終的に私はこの会社に投資をしあいことに決めました。創業メンバーたちは困惑していましたが、彼らはなぜそうなってしまったのか、理解していなかった印象です。私はその会社に本当に投資したかったので、この結末には落胆しました。

最終的には、最終契約書のドラフトに至るまでの弁護士諸費用はこちらで負担し彼らに支払いました。これは失敗した交渉の事例でした。スタートアップの立場から見れば、もう少し資金調達前に自分たちのスタンスや方針、考えなどを整理してれば、この結果は変えることができたと思うと残念です。

4. タームシート締結≒資金調達の合意

(クリント)聴講者で何か質問はありますか?

(聴講者)これまでの二つの事例を踏まえると、タームシート締結後に何度も文言や条件について見直しをしたりすること自体がディールブレイカーである、という印象を受けます。締結後の修正はそんなに深刻な事態なのでしょうか、それともよく起きることなのでしょうか?

(ブラッド)タームート締結後の修正や条件見直しは通常ほとんど起きません。Foundry Groupではタームシートで合意に達した後、実際の資金調達を完了しなかったケースはほとんどありません。タームシートの締結=資金調達の合意とほぼ同義です。上述の失敗事例はめったにない事例です。

ただし、仮にタームシート締結後のデューデリジェンスの過程で本当に重要な事象(訳者注:例えば会計上の不正の発覚など)が起こった場合、取引が破談になる可能性はあります。こうした可能性はあるものの、通常はタームシートの締結とは「お互い長期的なパートナーとしてやっていく」というお互いのリレーション上のコミットを示す行為であり、モメンタムが最高潮に達する瞬間なのです。私は先ほど述べた失敗事例について言えば、私はすくなくともそう思っていたのですが、スタートアップ側は我々Foundry Groupと共に歩んでいくという意志や覚悟がなかった、もしくは望んでいなかったことなんでしょうね。さらに付け加えると、彼らはFoundry Groupのみならず、他の投資家との資金調達も結局行いませんでした。そうしているうちに彼らの経営陣のうち2名が去り、再編成が始まりました。その後、すでに2年後が経過した現在はさすがに資金調達を完了しているとは思いますが。

Foundry Groupの見解について言えば、「タームシートの合意=資金調達の(ほぼほぼ)合意」ということです。同意すれば、それを成し遂げようとしているということです。スタートアップ側も起業家も同じように感じていると思います。

5. タームシートではPriceとControlの条項以外での交渉余地はないのか

(聴講者)あなたにとって、タームシート上の重要事項はほぼ価格と支配権に収斂されるということはわかりました。逆にいうとそれ以外の項目については交渉の余地はないのでしょうか?

(ブラッド)もちろん、あらゆる事項について交渉が可能です。Foundry Groupでは「このタームシートが標準なのでこのテンプレートに従う必要があります」なんて画一的なディールは行いません。我々の考え方は、スタートアップ、投資家の両者が歩み寄り、お互いにとってフェアなディールになるよう努力する、ということです。

我々はアーリーステージの企業に投資しており、タームシートに記載された条項や文言でお金を稼いでいるわけではありません(訳者注:狙っているのは投資先企業の価値向上によるアップサイドで、例えばLiquidation PreferenceやParticipationなどのダウンサイドプロテクションを主としたリターンの確保ではないということ)。なので、ダウンサイドの状況を除き、タームシートの文言はそれほど重要ではないと考えています。そして、実際にタームシートで定めたような条項が発動しないことを願っています。

我々は行ってしまえば「非常に低いバリュエーションから参加して、高いアップサイドを狙おう」というコンセプトのアーリーステージVCなので、自ずと交渉における焦点は株価、起業家価値、そして持分に絞られてきます。

あなたの交渉相手が重視するポイントは相手により様々です。我々のように、バリュエーションの高低を重視する投資家もいれば、非常に細かく多岐にわたり条件交渉を行う投資家もいます。交渉スタイルも、電子メールで重要な部分だけやりとりして合意というスタイルもあれば、タームシートのフォーマットを送りつけてきて、「これが我々の条件です。他のディールもこれに従っているのであなたもこれに従う必要があります」と言って交渉を始めるスタイルもあります。相手がどんな交渉スタイルで、何を重視しているのか、を理解することが交渉における最も重要なポイントです。

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