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フィンテック大手(Cross River, Revolut)の評価額の切り下げについて

ここ数ヶ月において、フィンテックスタートアップのうち特にデジタルバンク・ネオバンクと言われるカテゴリに属する代表的な企業における評価の額切り下げに関する記事をピックアップしてみた。下記では2社の事例を挙げているが、いずれも直近の米国地銀の相次ぐ破綻の影響や、相次ぐFRBの金利引き締めを受けての評価額切り下げでは無く、既に2021年や2022年から見え始めていた成長の減速の兆しが足元で顕在化したことに伴う評価額の切り下げである。したがって、今後の外部環境次第ではさらなる逆風による追加の評価額切り下げが起こる可能性もある。金融不安や金利市場が落ち着くまでデジタルバンク・ネオバンクスタートアップにとっては当分耐え忍ぶ時期が続くかも知れない。

1.T.Row Priceが米国地銀Cross River Bankの評価額の切り下げ

未公開株・公開株のクロスオーバー投資を行うT.Row PriceがCross River Bankの評価額を2023年2月下旬に26%切り下げた、との記事があった。Cross River Bankは過去の記事でも紹介した通り、銀行ライセンスを保有し自身の銀行インフラ(勘定系システム)をフィンテック企業に提供するBaas(Banking as a Service)を展開するニュージャージー州の地銀である。T.Row Priceは2022年、評価額30億米ドル(約3,900億円)のラウンドで当社に出資をしていることから、今回はおおよそ22.5億米ドル程度まで評価額を下げたということになる。評価額が下がった背景として、米国の中小企業に対し、人件費の2.5ヶ月分を融資する「給与保護プログラム」が終了したことに伴い融資関連収益が減少した結果、当期純利益は直近で100.8百万米ドル(約130億円)で前年同月対比73%のマイナスだったことが上述の記事では挙げられている。

2.Schroderが英国デジタルバンクRevolutの評価額を切り下げ

英国フィンテック大手で数年前から日本にも進出しているRevolutの株主であり超大手資産運用会社の一角SchroderがRevolutの評価額を46%切り下げたとのこと(※)過去直近(2021年)の資金調達ラウンドにおける同社の評価額は330億米ドル(約4兆3,000億円。ちなみにみずほFGが約5兆円の時価総額なので、Revolutはその8割程度の評価額をつけていることになる)。
※より正確に言えば、Schroders Capital Global Innovation Trustが10.1百万ポンドで保有する株式を5.4百万ポンドまで切り下げたとのこと(2022年12月31日時点)。その理由として、同社が「黒字化した」と言っている2021年の決算内容に関し、監査人が網羅性(Completeness)と発生(Occurrance)の観点から疑義を抱いたコメントを発したためである。

3.今後の見通しについて;今後苦戦するのはネオバンクではなくデジタルバンク

上記のニュースから何が言えるのだろうか。まず一つは、「スタートアップがレイターステージにてIPOが視野に入る段階になり、T Row PriceやSchroderのようなクロスオーバー機関投資家から資金を調達すると、業績見通しに影響を及ぼす事象が発生した場合、都度評価額を見直されることがある」ということだろう。アーリー〜ミドルステージでまだIPOも視野に入らないスタートアップであれば、足元の業績がどうであれ、企業の評価額は「直近の資金調達ラウンドにおける評価額」のまま据え置きすることも可能だろう(たとえその「直近ラウンド」が2、3年前だったとしても)。

もう一つは、まだまだデジタルバンクの評価額(特に米国)は下がる可能性がある、ということである。
顧客に対し金融サービスを提供するフィンテックは、当局からの銀行免許取得し、銀行業への参入を前提とするデジタルバンクと銀行業への参入を前提としないネオバンクとに大きく分類される。前者は今回紹介したCross River BankやRevolutのような企業で、後者は米国Green DotMoven、もしくは最近AppleがGoldmanのMarchsの銀行預金事業を活用して開始した高金利預金サービスである。

デジタルバンクの場合、取扱業務の幅は広がる一方、各国当局からの許認可取得及び許認可事業者としての体制整備が必要になるため、VCから調達した資金は顧客獲得やマーケティングのための成長投資にその大半を充当させることができず、顧客保護体制等の構築コストや当局対応コスト等にも振り向ける必要があり、結果としてネオバンク対比多額の資金調達が必要となる(過去、といっても5年ほど前になるが英国AtombankがVCから調達した資金を英国での銀行免許取得費用にほとんど充当したことは記憶に新しい)。一方でネオバンクは自身は銀行業を営むことはなく、預金・決済・融資等の後方業務は提携銀行にいわばアウトソースを行い、顧客獲得等のフロント業務に集中する。このためVCから調達した資金の大半は顧客獲得に向けたプロモーション費用やUX・UI開発費用等、企業のトップライン向上に直接寄与する内容に充当することができる。一方で後方事務処理能力のキャパシティやオペレーションのワークフロー等は提携銀行に依存することになり、後方処理事務での問題が生じた場合の解決には機動性を欠くことになる点はリュイすべき点である。
これまで(2021年まで)の株式相場上昇局面では、「デジタルバンク」「ネオバンク」の違いに関わらず両者のスタートアップはいわゆる「テック系スタートアップ」と同等の扱いの下、企業評価の際には高水準売上高マルチプルが適用され、多額の資金を高バリュエーションで調達できたと思われる。一方、足元の市況を踏まえると、デジタルバンク・ネオバンクは共にテック系企業の評価額減少と連動するように高バリュエーションでの次回ラウンドの資金調達は難しくなっているだろう。加えて、銀行ライセンスを有するデジタルバンクについては「類似業種としてより適切なのはテック企業ではなく、地銀ではないか」との考えに基づき、地銀と同等の水準のマルチプルが適用されるケースも出てくるかも知れない。したがって、デジタルバンクにとってはさらに高バリュエーションの確保が難しくなる状況になるだろう。

金融不安や金利市場が落ち着くまでデジタルバンク・ネオバンクスタートアップにとっては、今はサバイバルに徹し、成長に向けた投資時期に備えて当分耐え忍ぶ時期かと思われる。

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