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音楽を映像につける時の考え方

 ナレーションや現場音の後ろに流れる背景音楽(BGM=バックグラウンドミュージック)は、映像作品の質を上げる上で重要な役割を果たします。
 一方で、どんな音楽をどのように付けたら、作品の質を高められるか、ということを体系的に理解している人は少ないでしょう。
何となく雰囲気に合う音楽を、というだけでは、知らず知らずのうちに「BGMで映像を台無しにしてしまっている」ということもあり得ます。
 音楽は情感を表すもの、と決めてしまいがちですが、実は映像に当てる音楽は、構成を分かりやすくする力も持っています。
今回は、映像につける音楽の考え方を解説していきます。


曲想で感情を揺さぶる ~どこまで深く強く音をつけるか~

 映像コンテンツにおけるBGMの役割は、何と言ってもまず物語の情感を高めることにあるでしょう。
同じ編集、同じセリフ、同じナレーションの映像作品に、どんな音楽をつけるかで全く違ったものに見える、という経験を、私自身何度もしました。
 長尺の番組の制作は、一本制作するのに何か月もかかります。地道な作業の繰り返しの末、オンエアまであと10日というところでナレーションを書き上げたあとも、「このクオリティで放送に出して良いのか」と不安になることがしばしばありました。
それなのに、MA(マルチ・オーディオ=音を完成させる作業)の日に、音響効果さんがつけてくれた音楽と一緒に映像を見た瞬間に、「自分が作ってきた番組はこんなに素晴らしいものだったのか」と我ながら感動する、という場面も度々ありました。
それほど、音楽は番組の魅力を一変させる力を持っています。

 言うまでもなく、音楽は情感に訴えかける力を持っています。
その力が、映像の視覚効果やストーリー性と響き合った時に、感動が倍増するわけです。
では、情感に訴えかける音楽のつけ方には、どのようなコツがあるのでしょうか。
2点挙げておきます。

①映像やストーリーに合わせた音楽で相乗効果を図る
 悲しいシーンには悲しい音楽、勇ましいシーンには勇ましい音楽、笑えるシーンにはコミカルな音楽。
そんな風に、映像やシーンの雰囲気に合った音楽をつけるのが定番です。
そんなこと分かってる、と言われそうですね。
しかし、実はあえて映像やシーンの雰囲気とマッチしない音楽をつけた方が良いケースもあります。
それは、主人公の表情やセリフの裏に、隠された心情が込められているような場合です。
例えば、仲間たちと賑やかに笑顔で話をしているシーン。しかし主人公は、密かに愛し合っていた愛人を前の晩に亡くしていた。そんなシーンでは、誰にも知られず胸に秘めた悲しみに音楽を寄せていくと、主人公の笑顔がより深いものに見えてきます。
 この音楽のあて方で、私の記憶に残っているのは、宮崎駿監督の「ルパン三世~カリオストロの城」のエンディングです。
全ての事件を解決し、不二子や銭形警部らお馴染みのメンバーで一見楽しそうにカーチェイスするシーンの裏で、主題歌の「炎の宝物」が流れます。
物悲しい曲想が、ヒロインのクラリスと別れたルパンの一抹の寂しさを表しています。
この音楽が、一件落着のハッピーエンドのはずなのに、どこか後ろ髪を引かれるような深い読後感を生んでいます。

②音楽の情感は、ストーリーの感動の度合いより控えめにつける
 もう一つ、感動的なシーンに音楽をつける時の注意点が、「ストーリーの持つ感動よりも強い音楽をあてない」ということです。
少し控えめな曲想をあてることで、視聴者に気持ち良い感動を与えることができます。
感動度数が80くらいと思うシーンには、70くらいの音楽をあてるイメージです。
感動度数80のシーンに、100のマックスに盛り上がる音楽をつけてしまうと、視聴者は途端に白けてしまいます。
特に「泣かせる」場面には、シーンの持つ感動の力以上の音楽をつけるのはやめた方が良いでしょう。

 そのシーンの感動度数、すなわち主人公の表情やセリフなどに、どれほど視聴者を感動させる力があるのかは、判断が難しいところです。
同じシーンでも、見る人によって感動度数80と感じる人もいれば、50くらいに感じる人もいるでしょう。
 そこにどれくらいの強さの音楽をあてるとちょうど良い具合に響き合うのかは、主観的な判断にはなってしまいます。
いずれにしろ見ている人が、シーンの持つ感動度数より強い主張の音楽が聞こえてくると「白けてしまう」ということは、十分に意識して音楽をつけるべきでしょう。

言葉を消さない音楽の付け方

 映像にBGMとして音楽をつける時の留意点の2つ目は、「言葉を消してはいけない」ということです。
ナレーションやセリフ、インタビューなどの言葉は、映像作品を理解するうえで欠かせない音要素です。
BGMがそこに重なることで、言葉が聞こえず意味が分からなくなってしまっては、本末転倒です。
そのようなBGMは「ない方がマシ」です。
言葉を消さないように音楽をつけるコツは、以下の3点です。

①音量に気をつける
 第一には、言葉が聞こえる程度に、音楽の音量を調整するというシンプルなことです。
特に多くのクラシック音楽のように、曲想によって大きく音量が変わる音楽をつける時には、要注意です。
 インタビューのシーンには音楽をつけない、という人もいますが、必ずしもそうと決まっている訳ではありません。
インタビューの内容によっては、後ろに流れる音楽と響き合って言葉の意味が際立ってくるケースもあります。
しかしそんな時も、インタビューの声があくまで主役になるように、音楽の音量は控えめにつけていきます。

②歌詞のある曲は要注意
 言葉が聞こえなくなるもう一つの要素は、音楽の中にある言葉=歌詞です。
たとえ音楽の音量がさほど大きくなくても、歌詞が明確に聞こえてくると、言葉と言葉がぶつかって映像を理解するためのナレーションやセリフが聞き取りにくくなりがちです。
言葉が聞こえてくると、人間の脳は自動的にその言葉の意味を追い始めます。
2つの言葉が同時に聞こえてくると、視聴者の脳に無用なストレスをかけてしまうのです。
歌詞がある曲でも、英語や他国語の曲だとそのストレスは少し軽減されます。
英語が母語同様の人は別ですが、一般の日本人にとっては他国語は言葉というより楽器の音の一つのように聴こえるからです。
しかし、いずれにしても歌詞のついた音楽を「言葉のあるシーン」にあてるのは避けた方が無難です。
どうしてもあてたい時は、ナレーションやセリフが消されないか、十分に気をつけましょう。

③メロディーの強い音楽は要注意
 ②と似た留意点ですが、強い情感を持つメロディーが使われている音楽も要注意です。
歌詞と同じように、メロディーラインに耳が取られてしまい、ナレーションやセリフに向けるべき注意が散漫になってしまいます。
BGMとしてあてる時は、一般にメロディーラインがはっきりし過ぎない音楽をつけた方が、ストレスなく作品に没頭できます。


構成を分かりやすくする音楽

 映像作品につけられるBGMの役割は、情感を豊かにするだけではありません。
もう一つの重要な役割は、「映像の構成を理解しやすくする」ということです。
特に、報道・情報系の番組、社会派ドキュメンタリー、科学や歴史などを扱う教養番組、教育番組など、情感よりも情報性に重きを置くタイプのコンテンツの場合は、この点がより重要になります。

 この「構成の理解を助ける」役割をBGMが果たす上で、重要になるのは、曲想よりも音楽をあてる位置です。
つまり「どこから音楽をあて始めるか」「どこまで音楽をあてるか」「このシーンに音楽をあてるか、あてないか」といった点が重要なのです。
 一般には、シーンの切り替わりのタイミングで、音楽をあてたり終えたりします。
一つのまとまったシーンなのに、カットの持つ雰囲気が明るくなったり暗くなったりしたからといって、音楽をそれに合わせて一つ一つ変えてあてていると、途切れ途切れな印象になり、シーン全体の意味がとりにくくなってしまいます。
 一方で、例えば一見3つのシーンが重なっているように見えても、その3シーンを一つの音楽でくるむと、視聴者は何となくそれらの3つのシーンをひとまとまりの意味を持つものとして理解します。
 このように音楽の有無や位置は、構成の理解を助ける役割を持ちます。音楽の位置を正しくつけていくと、視聴者は「今一つのシーンが終わったんだな」「ここから新しい展開が始まるな」という風に、番組の骨組みを押さえながら見ていくことができます。
 特に長尺の番組で、提示される情報が複雑であったり、番組の構造が複層的であったりすると、一つ一つのカットやシーンの理解もさることながら、全体構成を理解し、今番組がどのあたりの位置を進んでいるのかを確認しながら見られることが重要になります。
BGMがあてられている位置は、番組の構成を理解する上で大きな役割を果たしています。

 なお、こうしたBGMの役割の与え方は、番組のタイプによって異なります。
構成の理解が番組全体の理解に重要な要素となる長尺のドキュメンタリーや情報番組などでは、構成を十分に意識したBGMのつけ方をしなくてはなりません。
 しかし、例えばコメディやバラエティ番組のように、全体の構成よりも一瞬一瞬の笑いや驚きに重きを置いた番組の場合は、一言一言のセリフに反応するように短く音楽やアタック音をつけることで、より面白く刺激的な番組にすることができます。

まとめ ~映像の魅力を倍増させる音楽のつけ方~

 以上のように、映像にBGMとしてあてる音楽は、単体で成り立っているわけではなく、あくまで映像作品の魅力を増強するものでなくてはなりません。
 主役は、映像でありストーリーです。BGMは、映像や物語の流れを損ねることなく、寄り添うように、構成の流れを補強するようにあてることが大切です。
 主役は名脇役によって引き立ちます。音楽を名脇役に仕立てて、映像全体のクオリティアップを図りましょう。







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