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【ミニ小説】 モデナのランブルスコ蒲萄 〜Racconti italiani イタリアのほんの小さな出来事〜

「あんなマザコン男、口もききたくないのよ。お願いだから、もう電話かけてこないように言って」「そんな大切な事、自分で話しなさいよ。貴女たち、奇跡で結ばれたんだから」

確かにルナとカルロの出会いは奇跡としか言いようがなかった。
アルプスのふもとに広がる広大なパダーノ平野はポー河の流れが作った物だ。この河の源をたどればトリノの南西に三角に浮かび上がるモンヴィーゾ山から始まっている。

その頃トリノの醸造大学に留学していたルナは、この孤高の山に心惹かれ友人たちのモンヴィーゾ登山に参加した。高速道路でピネローロまで行き、そこから一般道路を南下してポー河沿いに車で行けるところまで行ってピアン・デッラ・レジアで駐車。3841メートルの孤高の山モンヴィーゾを見上げる―同じ孤高の山でも、富士山には人を抱き込むような大らかさがあるが、この山は拒絶しているような感じがする―それがルナの感想だった。やがて到着したのは岩場の間に水が湧きだしている所。立てかけた石碑に「ここにポー河生まれる」と彫り付けてある。全長652キロのポー河がここの一滴から生まれているのだと思うと感無量で、涙があふれてきた。

 それ以降ルナは、日曜になるとトリノの東側を流れるポー河の岸でジョギングをするようになった。あんな小さな泉がこの大河になっていくのを見て、無意識に自分の人生を重ねていたのかもしれない。
 ある日、ルナはちょっとしたいたずらをしてみた。この河の下流にいる誰かに便りを送ってみようと。つまりは、昔の絵本で読んだ、小瓶に手紙を詰めて流すアレ。ネクターの小瓶に、短い手紙とメールアドレスを書いて密封し、ポー河にかかるヴィットリオ・エマヌエレ一世橋から投げ入れたのだ。
そしていとも簡単に返事が来て、いとも簡単に会うことになった相手は優しげな美青年のカルロ。これは運命、これは奇跡と、いとも簡単に二人は結婚。

相手がモデナでブドウ栽培をしてランブルスコを作っているのも、醸造を勉強しているルナには運命に思えた。
「それがね、新婚旅行でカラブリアに行った時から気になるようになったのよ」
カラブリアにはマドンナを飾った教会が沢山ある。過酷な運命のキリスト像より慈愛に満ちたマドンナの方が人気があるのかもしれない。
「カルロったら、教会に入るたびに、このマリアはマンマに似ているとか、マンマの方がきれいだとか言うんですもの」
「結婚式で会ったカルロのマンマって丸々として、マドンナとは勝負にならないと思うけどなあ」
「そうでしょう。モデナに戻ってもそうなの。毎日電話がかかってくるし、日曜日には必ず実家に行かなきゃならないし・・・私、精神的に疲れちゃったのよ」
 「でもあなたにも優しいんでしょう」「そりゃそうだけど・・」「仕事もせずに、酒浸りとか」「そんな事絶対にない。大衆酒だったランブルスコを高級酒にしようと研究している」「二人で協力しているんだよね」

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860字
西欧の神話にはオリーヴ、月桂樹、アーモンド、小麦などがシンボルとして描かれていて、どんなストーリーがあるのか。 リゾットの歴史と地方性やニョッキはどこから来たのか。 そして過去に書いたエッセイなどを掲載します。

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