電波ジャンパー

小説『僕は電波少年のADだった』〜第14話 はじめてのネタ編集

 なんにもやることが思いつかない。

 タイトルコールを撮って、〇〇警察署の玄関階段に行ってはみたものの、報道陣がひな壇のような階段に無秩序に集まっているだけで、会見が行われるんだか、やらないんだか。みんなこの取材がどうなるか分からずまさに烏合の衆。アッコさんを、そのひな壇に送ってはみたものの、この後どうしていいか分からない。アッコさんもどうして良いか分からず、こっちに戻ってきた。
「これどうする?」
さあて指示をしなくっちゃ。
「なんか広報が仕切り入れて会見するかもしれないみたいだから、ちょっと周りの報道陣に聞いてみてください」
 頼りないディレクター代行の指示を聞いて、アッコさんは再び玄関階段に向かった。
「署長に会いたいんですけど、どうすればいいですかね?」
アッコさんは愚直に報道記者に尋ねるが、みんな相手にしてくれない。
 するとアッコさんが日本テレビの腕章をつけた報道記者を見つけた。さっき僕が声をかけた小森さんだ。
「日本テレビの報道の方ですか」
「署長のお祝いに来たんだって?」
「そうなんです」
「なんか会見になるかもしれないね。」
「会見入れますかね?」
「それは無理じゃない?」 
 なんとなく小森さんがニヤニヤしている。この内輪感良くないなあ。しかも何でアッコさんが署長のお祝いに来たこと知ってるんだ?あっ僕が言っちゃったからだ。いつもの電波少年なら「何しに来たの?」くらいから始まらなきゃイカン。しまった。もうミスってしまった。
 と、玄関に広報担当官らしき人が来てこう言った。
「たくさんの報道陣の方にお集まりいただいたので、新署長の会見を開きます。」
 たくさんいた報道陣が一気に署内になだれ込んだ。
 アッコさんもドサクサに紛れて中に入ってゆく。
「署長…あっ…署長…あっ」
あっという間にアッコさんが見えなくなった。

 チャンチャカチャンにもらったイヤモニで中の様子を聞く。警察署の中の様子を盗聴している感じでドキドキする。しかしさすが警察署、梅本が少し中にはいると電波は届かなくなった。さあてどうしたものか。
 アポなし電波少年に台本はない。
 ロケ台本がある番組はそれなりに進行も出来るが、打つ手のないアポ無し取材は、本当にどうしようもない。その上ディレクター(代行)の引き出しもない。
 「これはやっぱり無理じゃない?」
 アッコさんが再びこっちに戻ってきた。小豆Pも
 「長餅、こりゃどうしようもないな。あきらめるか」と言ってくれた。
 署内では会見が開かれているようだが、1社1カメに制限がかけられたとの情報もあり、僕の初ロケ(代行)はこうして終わった。
 自分からこのロケを終わりましょうなんて言えない僕は、ともかく展開が思いつかないロケが終わりを迎えてホッとしていた。あとは加東さんがなんとかしてくれるんじゃないかと勝手に思っていた。

 するとタイミングよく加東さんが汗だくだくで現場にやってきた。なんでタクシーに乗って来たのに、こんなに汗かいてるんだ?まだ肌寒い冬ですよ。加東さんは多汗症なのか、冬でも旅館でもらったようなタオルを首からかけていつも汗を拭いていた。
「ごめんごめん、悪かった。長餅なんとかしてくれた?」とロケ隊に合流。
「お願いしますよー」とアッコさん。
 ロケ隊は通常のムードに戻って、次なるネタ『ジョニー夫妻を仲直りさせたいパート7』のロケに向かった。

 「長餅〜。これ俺編集できないわ。編集もやって」
 ロケから帰って加東さんがオフラインテープを見て僕にそう言った。
 実はこの週、取材拒否が相次いででたためOAのネタが少牌していたのだ。だから今日の定例会議で今度のスタジオにかかるネタとして『全国初の女性署長を赤飯でお祝いしたい』が残ってしまった。だって加東さん、自分がロケに遅れたこと、会議で言わないんだもん。黒川さんの絶大な信頼を受けている加東Dなので、ロケ自体成功していなくても面白いVになるんじゃないかと思われたからだ。
 僕も会議中は、ちょっとそう思った。
 加東さんがあのロケをどんな面白い編集するんだろう、と。
 定例会議の終わったその夜、ロケ素材をダビングしたVHSを加東さんが使うオフライン室という簡易編集室にスタンバイした。
 加東さんは、首にタオルを垂らして、僕がロケしたテープを見ながら「タイトルコールが違うよ」「なんでコイツ知ってるんだよ」「なんで説明しちゃってるんだよ」「なんで記者会見場に突っ込んでないんだよ」「なんでここ寄り撮ってないんだよ」「なんで帰ってきたアッコにもう一回行ってこいって行ってないんだよ」…と文句の嵐。
 そうだ。加東さんのもう一つの性格を忘れていた。だいたい各ディレクターもそうなのだが、自分のセンスと違うセリフ、カメラワークを1ミリも認めない。特に加東さんは『他人のロケをつなげない(編集すること)』人だ。
 電波少年ではスタジオ込のOAは各ディレクターがまとめることになっているから、必然的にロケねたにも手を入れる。基本は黒川が演出だから「ここのアッコのセリフは切ろう」とか「このネタのタイトルコールは『〜して欲しい』に直そう」と指示をするのだが、やっぱり、それぞれの担当ディレクターの個性というのはにじみ出るもので、〆鯖さんの味だなあと思うところと鶴さんは尺の都合でバッサリ切ったり、飯合さんの洒落たところを〆鯖さんは「いらねえな、コレ」と切ったりする。
 ADを長くやっていると、OAを見ただけでエンドロールを見なくても、OA担当ディレクターが誰か想像できるほど、人によって上がりは違うものなのだ。だから内心。あれ切っちゃっていいのかなあ。〆鯖さん自信持ってたところだったけどなあ、なんて思ったりもする。
 で、OAで見た〆鯖さんが鶴さんに「なんでアソコ切っちゃったんですか?」とか、飯合さんが「あれを切るとは〆さんも焼きが回ったな」とか言い合ってる。「だってスタジオで笑い起きてなかったもん」。これまた厳しい切り返し。こういう編集の是非を、陰口でなくお互い直接言い合っているところが、電波少年のすごいところで、それは黒川さんが目の前にいても遠慮がない。
 基本、OAには定尺というものがあるから、OA担当のディレクターは受けなかった場面からカットしてゆくが、尺の都合で泣く泣く落とさねばならない場面もあるし、受けた場面が多いと、どうしようもなく落とす場面もあるのだ。その全ての責任を背負うのが黒川とOA担当ディレクターだ。この海千山千の個性派ディレクターの人間関係を整えているのが横浜小豆の両プロデューサー。本当にこの辺は微妙なバランスで保たれていた。
 さてそんな中、加東さんはあんまり他のディレクターのネタにダメ出しはしない。言い変えれば、自分のネタしか興味がない。だから加東さんはOA担当ディレクターのシフトは入っていなかった。この辺、ギャラや契約の都合なのか?スケジュールの都合なのか、僕は知らなかったが、ともかく加東さんは、そういう適性が全くない人なのだ。
 しかし、自分のネタに関する執着は異常と言えるほど強く、OA担当ディレクターに、なぜあの場面をカットしたかについて食い下がるのは一番しつこかった。小豆Pとか、黒川さんが「まあまあOAの尺の都合もあるから」と言って会議の議事進行を進めても、ずっとぶつぶつ「なんであれを切ったんだ」とうつむいて独り言をいい続けながら、手元のネタ紙に訳のわからない文字を羅列したり、現代アートのような落書きを書きなぐっているような人だった。小学生だったら絶対的に問題児のふるまいだ。
 その加東さんが代行とは言え、僕が代わりにやったロケねたを許すはずもなく、思い返せば「やっといて」と言ったのは加東さんなのに、そんなことは、すっかり忘れて山のようなダメ出しとともに「編集もやって」になった訳である。

「分かりました。やってみます」
こうなると我が荷物を降ろしたとばかりに、すっかりネタに興味をなくした加東さんは、
「じゃよろしく。クッキーには言っておくから、長餅がつなぎたいって言うからお願いしたって」と、言って多分違う番組の打ち合わせかロケに向かっていった。あの急ぎっぷりは多分また遅刻してるな。

 さて一人で素材VHSの並べられた編集機の前に初めて座ってみた。
 当時、金のかかるプロ用の編集室で編集に入る前に全てのロケ素材をVHSにダビングして、簡易編集機でそれをディレクター自らが仮編集をして、本編集に望むのが基本のスタイルだった。昭和テレビでは北館5Fにオフライン用の部屋がいくつか並んでいて、それを予約して使うというのが常だった。ADとしてその部屋の予約や、ディレクターがつないだ仮編集上がりの編集データをメモする<シートとり>作業とかは死ぬほどやったことがあったが、未編集の素材を前に編集機の前に座るのは始めてだった。
 大きな黒いジョグダイヤルが左右に一つずつ、ダビングされる開始点とダビンが終わる終了点を打つボタン。編集点を入れてどんな具合になるか見ることが出来るプレビューボタン。良ければダビングを開始する録画ボタン。あとはそれぞれの素材のタイムがわかるデジタル表示窓。それがオフライン機だ。この編集次第で全てが決まる。
 ともかく自分がやったロケ素材を最初から見てみる。
 〇〇警察署からズームバックしてアッコさんがタイトルコールしてる。
確かに「全国初の女性署長を赤飯でお祝いしたいーっ」と言ってる。蟹さんのネタ紙にあった<誕生>というワードが抜けてる。これが致命的なのか、なんとかなるのかよく分からないけどタイトルコールが始まる前の企画説明アバンでしっかり説明すればなんとかなるんじゃないかなと、テレ原にメモする。<タイトルコール注意>。
 素材を見進める。小森さんとアッコさんの会話の場面に来た。確かに視聴者にとって、小森さんが先にネタのことを知っている喋りの違和感が拭い去れない。あの時、小森さんに企画の説明なんかしなきゃ良かった。それとも、あとから梅本が来ますから、僕からの話は聞かなかったつもりで話してください。と頼んでおけばよかったのか?それじゃヤラセだし、そもそもヤラセの可否より、聞かなかったつもりの演技が違和感たっぷりになって、余計に鼻についていただろう。
 そして素材を全部見通した。30分のベーカム2本分。
 …ちっとも面白ところが見つからない。
 …何やってんるんだ?このロケ?
 仕方ない。もう一度見てみよう。なにか思いつくかもしれない。
 テレビ制作の恐ろしい所は1時間の素材を見るのに1時間かかることだ。当たり前といえば当たり前。しかし1時間の素材を見るだけで1時間かかる上に、編集するとなれば、その3倍は時間がかかるわけで。そして3倍の時間をかけて10分のネタを完成させて見直すのにもまた10分かかる。ともかくネタを作るのに膨大な時間がかかるのだ。
 仮に、可愛い自分の娘が大好きで彼女が生まれてから、その行動の全てを余す所なくビデオに撮っているお父さんがいるとする。娘の2歳の誕生日に、これまでの彼女を振り返ってみようとビデオを全部見たとする。すると撮り貯めたビデオを見終わった時、必然的に大好きな娘は4歳になっており、大事な2年間を見逃してしまうというパラドックス。テレビ制作には、このパラドックスがついてまわる。素材量の多い番組を担当すれば、その分自分の人生を削らざるを得ないのだ。働き方改革という言葉のなかった頃、テレビはそういう作り方しかなかったし、作り手はみんなそうして人生をぶつけてテレビを作っていた。
 2度めの素材下見を終えた。途中、あまりにも面白くなくて何度も右手がジョグダイヤルに伸びて早送りしそうになった。編集がうまくなってきたら、結構効率的に早送りしながら素材を見て、編集することが出来るようになるのだが、まずはロケ素材をひたすら見て、考えて、いろんなカットのつなぎ方を試して、ネタが出来るようにならなければならないのだった。その時、僕にはそんな実力はまったくなかった。
 どうしようもない水曜日の夜。
 編集は日曜日。後3日間。30分のVHS2本の素材と向き合ってネタを作らねばならなかった。