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『暗闇のマリア』(習作『暗闇の丑松』より)#005 にわか雨

#005 にわか雨

「すごい雨だな。」
「にわか雨だと思ってたんですが、嵐になりましたね」
それはもうタライをひっくり返したような雨、ボールのような雨粒が大げさに舗装路を叩き転がってた。

 三ちゃんは俺のずぶ濡れの上着を脱がせると、何度も洗って使いやすくなった真っ白のでっかいバスタオルを肩にかけてくれた。
「タオルだったら売るほどありますからね。いくらでも使ってください」
「最近スコールみたいな雨降るよな。日本じゃないみたいだ」
「先輩、なんか海外に行きまくってるみたいな言い方しますね」
「テレビで見た海外の話ししてるんだよ、そんな金あるわけ無いだろ?」
 二人でお互いの貧乏を冷やかして話すのはとっても楽しかった。1年ぶりに会ったとは思えないくらい気安く話が出来た。
「泊まれるなんて助かるよ」
「女の子つけますか?」
「いいよ、商売道具だろ?」
 三ちゃんは裏風俗の店長。ここは表向き小さなスナックなのだが、お店の子を2階、3階の部屋に連れてゆけるお店。それぞれベッドと風呂しかないような小さな部屋だが、男と女が一夜を過ごすには十分な部屋。そんな商売だから、各部屋にはきれいなフワフワのバスタオルが山のように積まれている。三ちゃんは馬鹿真面目なやつだから金のかからないところのサービスは行き届いている。男と女がいたすためにはきれいなシーツとタオルが大事なんだそうだ。

「いいんですよ。今夜は女の子が余ってるんですから」
「またまたー、いらないよ」
「いやいや男の人に素泊まりされる方が、店長なんか勝手なことやってるって立場悪くなるんですよ。女の子たちも僕のこと見張ってるみたいなもんなんですから。」

「そこまで言うなら、店で一番人気のない娘つけてよ」
破顔一笑で笑うと、三ちゃんは俺の耳元でこう言った。
「じゃあちょっと誠さんに観てもらおうかな。表でも働けるくらい、めちゃ美人なのに人気ないんですよ。おとなしすぎるって言うんですかね?人気なくてもったいないんですよ。俺との関係は秘密で、ちょっとお客さんからみてどんな感じなのか、後から教えてもらえませんか?」
「やめてくれよー、女の子の品定めなんてできないよ。俺はこうみえても気が弱いんだ」
「何言ってるんですか」
 そういうと三ちゃんは「これWi-Fiのパスワードです」と小さな紙を渡すとともに店の裏戸を開け「お客さんだよ!キヨちゃんつけて!」と、上にいるスタッフらしき人に声をかけた。
「だっせー源氏名だなあ。そこがまずダメだろ」
「あはは、ごめんなさい。よろしくおねがいしますよ」

 部屋に入ると、すぐさまWi-FiをひろってLINEを見てみるがマリアから返事もないし、既読にもならない。あの夜、現場で携帯をなくしてしまったのかもしれない。
 マリアを四郎先輩に預けてから路地裏から路地裏のホームレス生活。その間、LINEのチェックは欠かさなかったが、今日まで同じ。全く連絡が取れない。いくら大切に思った彼女でもLINEがつながらなければ連絡不能。生存確認もとれやしない。住所も知らない。そもそも『マリア』の本名も知らない。
 なんとか現場から逃れて一週間。
 事件は小さく報道されていたが誰かが捕まった話はないらしい。四郎さんがうまくやってくれているのだろう。俺も逃げてはみたが、いつまでも逃げ切れるものじゃない。ましてや現場に携帯を落としてきていたら、疑われるのは真っ先にマリアだ。
 明日、なんとか四郎さんのところに顔を出して、一目マリアに会いたい。会ってこの後の事を考えよう。

 今夜もひとりでいたかったが、これ以上ホームレス生活してちゃ、臭くて街を歩けないし、今夜は嵐のような大雨。どうしても風呂に入りたかったから突然来たのに、何も聞かず泊めてくれる三ちゃんは助かる。

 先に風呂に入っていると、早速部屋に女の子が入っていたらしい。
 男が早々に風呂に入っていると、やる気満々みたいでかっこ悪いので慌てて出た。
 着替えようとすると新しいシャツとディッキーズのワークパンツが置いてあった。これまた三ちゃんが気を使って女の子に持たせてくれたのか、ありがたい。
 ドアの向こうで着てきた服をたたんでいるような気配がする。やばい、やばい。ちゃんとみられるとチノパンの腰にはべっとり血の跡がついているはず、慌てて服を着て部屋に出た。

 「ああ、大丈夫だよ、そんな事してくれなくても」
 下着姿の女の子はうつむきながら服を畳んでくれていたが、俺の声を聞いて驚いたようにこちらを見上げた。

 それは、マリアだった。