見出し画像

あまった林檎としゃべるハチワレ猫 第2にゃ〜ネコにそんな事期待しちゃダメ  

「おかえり。今日も一日おつかれさま。その口をへの字に曲げてる感じは何嫌な事がかあったんだね。」
 しゃべってますね、ネコが…人の言葉を…
「ま、まずはボクにエサちょうだいよ。お腹空いてるんだよ。」
 なんだ?この堂々とした感じは?
 玄関の壁についている姿見見たらひょっとこみたいなオジサンが目を丸くしてた。
 
 ところでネコという動物は実はネコ同士でコミュニケーションを取るときには「にゃー」とは鳴かないらしい。あれは人間の飼い主に向かって自分の欲求や感情を伝える時だけの行動なのだそうだ。ネコなりに人間に理解してもらえるように全力で対応した結果、「にゃー」という鳴き声が出るらしい。って事は、この人間の言葉を話せるネコが居ても不思議はないって事か?いくら人間に分かってもらうために鳴いているとは言え、ある日突然人間の言葉話せるもんか?
 コテツは我関せずとボクがあげたカリカリをカリカリ音を立てて食べている。静かな部屋にやつのカリカリを食べる音が響いている。と、満足したのか隣の器の水をペロペロペロペロ飲むと、いつものモンロー・ウォークでこちらに向かってシャナリシャナリと歩いてくる。
「いーじゃないの、どうせ最近会社員としてのモチベーションなかったんでしょ?人間の人生100年時代でしょ。これからの事考えたほうが良いよ、残り50年近くあるんだからさ。」
 コイツが本当にボクの飼い猫か確かめるために、お気に入りの白いネズミのおもちゃを部屋の隅に投げてみる。
「庶務に異動って言っても、今までの仕事と大して…にゃん!」
 話の途中でヤツは恐ろしい身体能力を発揮し、飛び上がりながら180度身体を反転して全力で部屋の隅に駆け出し、おもちゃのネズミの尻尾を器用に加えてこちらに戻ってきた。こんなヤツの分析やアドバイスを聞かなきゃいけないのか?ボクのところにガネーシャは来ないのか?
「あのー、聞きたい事いっぱいあるんだけど。まず、どうして人間の言葉喋れるようになったの?」
 コテツはお気に入りのおもちゃを咥えたまま、こう言った。
「ってか、やっぱ通じてるのね?なんかおっかしいなあと思ってたのよ。キミの反応見て。ボクは今までと変わったつもりはないんだけどね。人間とコミュニケーション取れるってこういう感じなんだね」
「ま、確かに今までも『にゃー』しか言わなくても、なんとなくコテツの言いたいことは分かってた気はするけど、そこまでちゃんと人間の言葉喋られると…ねえ」
 コテツはお行儀よくこちらに向かって座ると、いつものように丹念に腕を舐め、その腕で顔を洗いながら僕に話しかけてくる。
「せっかく話せるなら、ずっと聞いてみたかったんだけど、それって顔洗ってるの?」
「そだよ」
「腕舐めて、それで顔拭ってキレイになるの?」
「なってるだろうよ」
「へーっ」
 多分世界で唯一人ネコとコミュニケーション取れるオジサンとなったボクは、このまま行けば世界で一番ネコの生態に詳しいオジサンになれそうだ。

「で、僕が会社で嫌なことがあったって何で分かるんだ?流石に僕の会社での生活を見てたわけじゃないだろ?」
「もちろん見てたわけじゃないけど分かるよ、そりゃ。キミと何年一緒に暮らしてると思ってるんだい?誰よりもキミの事が分かる自信があるよ」
「そりゃありがとう」
「いいえどういたしまして」

間…

「あれ、何かボクの人生に役に立つこと言ってくれるんじゃないの?」
「ダメだよ、ネコにそんな期待しちゃ。ネコなんだから」
「えっ?」

 なんか思ってたのとパターンが違う。
 期待してたわけじゃないけど、していない期待を裏切られたときのこの気持ちをなんて説明したらいいんだろ?『期待してないのにハズレ』と言ったところだろうか?
 自由に生きる飼い猫コテツはいつもの爪とぎ器に向かった。爪を研くためなのか、伸びをするためなのか分からないが、数回爪を研いだ後、背中を十分に伸ばして、お気に入りのソファで丸くなって寝てしまった。
 寝たのかな?と覗き込むとものすごく不機嫌そうに片目を開けボクを睨むと、あっち側向きに体を捻った。どうせ話せるなら聞きたいこと、話したいことは山ほどあった。誰かと家で話をする生活なんて5年ぶりだ。しかしネコという生き物は自分がかまってほしい時には心ゆくまでかまってやらないといけないが、かまって欲しくない時にアプローチするとものすごく不機嫌になる。コテツはそういうネコの最たるネコで、抱っこも大嫌い。これまでのパターンから言って今は放置の一手だ。

 冷蔵庫から缶ビールとボクが呼んでいるだけの発泡酒350ミリ缶を出して一人晩酌。コテツの寝姿を見ながら一人で酒を飲むいつもの夜だ。1本ではちょっと足りない。でも2本飲むのは多い。
「次買うときは500にしようかなあ」
 コテツの背中を見ながらそんなことを考えていた。