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小説『僕は電波少年のADだった』〜第6話 月明かりに浮かんだ彼女の裸と東京童貞とホットドッグプレス

「薫さん、今おすすめのかっこよい店ってどこですかね」
「どしたの長餅くん?」
 定例会議終わりで、大御所なのにいつもADに優しい作家の熊本薫さんに、今流行りのレストランを聞いてみた。なんと今月の最終週の日曜日が解散総選挙。テレビ局はその日の夜から選挙特番。つまり電波少年の放送はお休み。すると定例会議前、『ナンバー』を小脇に挟んだ小豆Pが、ホワイトボードに<○月×日 編集室なし>と書いたのだ!

 休みだよー。

 働き方改革どころか携帯電話もない時代、突然のフリーになる時間はあったとしても、こんなに早く休みが分かったことは唯の一度もなかった。これは有意義に使わねば!
 しかもその時を同じくして、僕には東京に来てはじめていい感じになってきた女の友達がいた。それはAD情報網で伝わってきたお店で知り合った女の子。年の頃は同じくらいで、若い看護婦(見習いだっけな?)。
 そのお店は朝4時位までやってる汚いバーだったのだが、ともかく音楽がかっこよくて、壁一面にカセットテープやらレコードやらがびっしり並んでいた。安い乾き物しか出ないが、安くお酒が飲めて…いやそんな事より、水曜日の夜12時過ぎには近くの病院の看護婦らしき女性陣が数名必ず来るというお店だった。
 僕らは定例会議後、ディレクターがオフライン室にこもるとスタッフルームで『FOCUS』や『FRIDAY』を読みながら待機しているのが常だったが、水曜日夜にオフラインが上がるディレクターなんか鶴さんを除いて誰もいなかった。だから夜11時を済んだら終電に合わせてディレクターは帰宅の途に着く。AD連中もそわそわしはじめ、担当ディレクターが「明日続きやるわー」と言って帰ってゆくのを確認して、コレはチャンスとばかりにそのお店に出会いを求めて飛び込んでいたのだ。


 実はその頃、僕は東京童貞だった。
 地方大学から昭和テレビに入社した僕には学生時代の友達というものが少なく、しかも理科系大学で成果を出せず、『マスコミ就職読本〜テレビ局編』と『新聞ダイジェスト』を教科書に一か八かのマスコミ受験をした口なので、同じ大学からこの業界に来たような知り合いがいなかった。東京の知り合いは全て仕事を通して知り合った人ばかり。プライベートの知り合いなんかまったくいない生活の中で、Hのチャンスのある女の子なんか一人も知らなかった。
 だから東京に来てから2年と少し、ずーっと童貞だった。
 今にして思えば。当然である、世の中まだバブルの残り香がきつく、六本木じゃタクシーを捕まえるのに1時間以上かかるのは当たり前。編集作業で遅くなって帰るディレクターのためタクシーを捕まえるのが一苦労。配車案内に電話したって、いつも話し中。ある日、他の番組のAD仲間が「これ東京無線のウラ番号なんだよ」と、VIP用の配車をウケてくれる電話番号を教えてくれた。確かに通常使っている配車窓口の番号とは末尾が2つ違うだけ電話番号で、実際、電話をかけるとすぐつながるという魔法の電話。
「誰にも教えちゃダメだぞ、お前だけね」
と、1週間後、あっという間に他番組のADと連中に広がり、そのウラ番号も常に話し中というくらいタクシーが捕まらなかった。
 そんな中、右手で緑のタクシー券を中空にふりふり、反対の手を露出度の高い真っ赤なスパンコールのドレスをきた姉ちゃんの腰に手を回している広告代理店らしきかっこよい高そうなスーツを着こなした『気まぐれコンセプト』に出てくるようなお兄ちゃんたちは簡単にタクシーを捕まえていた。
「なんでアイツらにはタクシー止まるんだ?全く訳わかんねーよ」
と、編集所の表通りで担当ディレクターの帰りのタクシーを捕まえるのに2時間かかった東原がボヤくが、煮染めたようなデニムのベルトにはボケベル。お金を使いそうにないムードたっぷり。僕がタクシー運転手でも君のためには止まらないよと心の中だけでつぶやいた。
 街に金持ちが溢れていたこの時代、みんな元気で、みんな毎晩金を使って遊び、明日は今日より良くなるはずだと信じていた。修行なんかしなくったって、給料も土地もどんどん値上がりする。イケイケの時代。そんな時代に編集所にこもっている我々ADがモテるはずもない。しかも、地方出身の僕は話題も車もセンスもない。そりゃモテるはずがないというもの。東京童貞なんて当然だった。
 その当然はなんとなく当時の僕も理解は出来ていたのだが、その状況から脱出する方法が全くわからなかった。
 

 そんなある日、また新たなタクシー配車の裏番号とともにAD情報網で伝わってきた場末のバー。
「あの店に行けば看護婦と仲良くなれる」
 そんな魔法の言葉に胸と下半身をドキドキさせながら、水曜の夜に必ず行くようになると、結構早い段階で、毎回僕と二人で話してくれる女の子が出来た。
 また業界あるあるなのだが、我々ADクラスがプライベートで「電波少年のADやってます」とか「タレントの梅村って実は…」という話をするのはタブーだった。もちろん、そういう話が受けるのは重々承知していたけど、プライドもあったし、トラブルの元にもなるので基本、そういう話はしなかった。アレを除くと24時間テレビのことしか考えてないし、テレビの仕事しかしてない我々は女の子が喜ぶような話題がない。
 しかし、なんと看護婦の彼女たちも基本自分が接している患者さんの話はしてはいけないことになっているらしい。今日の患者さんが身体拭いてくれと言ってうるさかったとか、外来で来た若いきれいな女性のワキガが臭かったとか、色んな話があるだろうけど、それらの話をプライベートでする訳にはいかないらしい。お互い仕事が忙しくて、大した話題もないけど、守秘義務があって身近に起きた話もできない。という感じで、ADと看護婦見習いは、お互い当たり障りのない話題を探り探りでぶつけ合うので、なんとなくフィーリングが合うのだ。

 テレビの話も出来ず、流行りの話題もない僕だったが、音楽だけは詳しかった。
 この業界を目指した最初のキッカケは、高校時代、文化祭のコンサートの裏方をやったことだ。
 あの頃、空前のバンドブームでうちの高校には『ダダラーズ』という、ものすごく人気のあるバンドがあった。文化祭で『ダダラーズ』が演奏している時間は校内ガラガラ、コンサートが行われている体育館は立錐の余地なしという状態。この人達は、もしかしたら青山学院のサザンオールスターズのようにデビューして『ザ・ベストテン』とか出ちゃうんじゃないかという勢いだった。まさか『ダダラーズ』ではなく、このバンドのローディー、つまりバンドの楽器運びやコンサート中のシールドさばき等の下働きをしていた僕がテレビの仕事にするなんて、この時は僕もダダラーズのメンバーも誰一人、想像だにしていなかったと思う。
 ともかく『ダダラーズ』は、あまりに人気がありすぎて、僕が高2になる頃には、文化祭以外でもコンサートを開くようになっていて、そのチケットが近隣の高校のプラチナチケットに成るほどだった。彼らはコピーだけでなく、オリジナル曲もある実力派バンドで、僕らの高校の3分の1の生徒が使っていた<ど>ローカル線三岐鉄道が舞台の『恋の三岐鉄道』は、涙なくして聞けない名曲だった。
 そのローディーだった僕は、バンドのボーカルが吹奏楽部の一つ上の先輩だった関係で、「コレ良いよ」「コッチも良いよ」と、レコードやカセットテープを借りまくっていて、ありとあらゆる音楽に触れていた。『 FM Fan』 を首っ引きで『カルチャークラブ』や『ヴァン・ヘイレン』を聞きまくった。
 そんな中、僕は『ローリング・ストーンズ』が大好きだった。『ビートルズ』の時代に選ばれたスター感より、コンプレックス丸出しでビートルズの真似事をやった歴史を乗り越え、今なお現役で活躍するストーンズこそがカッコいよいと憧れる田舎の高校生だったのだ。
 ところで、看護婦見習いの彼女は、キース・リチャーズの大ファン。
 こんなラッキーがあってよいのか?
 どうでもいい話を彼女は喜んでくれた。高校時代の自慢、ブルーズの歴史、わざわざブルースをブルーズという事のかっこよさとその自慢げなところのカッコ悪さが今更ながらたまらないけど、ともかく『ミュージックライフ』で読んだことを、頑張って脚色して、一所懸命話をした。業界人は面白い話ができるんだと見せつけたかった。
 毎週水曜日チャンスが有れば、バーに行ってその娘を探した。店に来ているメンツはいつもだいたい同じで、僕がその娘を目当てに店に来ているのは、みんなにバレバレだったので二人が水曜の夜にいれば、自然と周りも二人にしてくれた。きっと他にもそういうカップルがいたと思うが、全く覚えていない。僕は全く周りが見えてなかった。
 そんな話題しかない僕が、今度の選挙で月末の日曜休みなんだと伝えたら
「じゃ私代休取ろうかな」と行ってくれたもんだからさあ大変。
「えっ、その日私も休みなの!偶然」とかいう展開ならドラマで何度も見たことあるけど、「じゃ私代休取ろうかな」ですよ「代休とろうかな」。正吉に知られたら、頭クチャクチャにして祝福してくれるはず。
 しかし、どうしたらいいんだ?デートなんて3年前、小樽国際スキー場に行ったのが最後だぞ。華の大東京、どこに行けばよいのだ?最近ようやく山手線をベースに街の場所を理解するのから脱却したばかり。ロケはほとんどロケバス移動なので地下鉄が苦手だった。知っているのは通勤に使う京王線と京王新線がちょっとややこしいことくらい。『ぴあマップ』なしに街を歩くことは出来なかった。

 翌週の会議で薫さんはおすすめの店を、リストアップして持ってきてくれた。薫さんのネタはテレ原の裏ではなく、薫さん特製の便箋に書かれていて『 TOKYO WALKER』にも載っていないオシャレ店ばかりだった。と思う。
 そのリストの一番手が広尾のイタリアレストラン。
「ここは美味しいよ、シェフの徳川さんは天才だし」
 あのーおいくらくらいするんでしょうか?とは聞けなかった。
 薫さんは、女の子に喜んでもらうために、緑のレンジローバーに冷えたシャンパンと望遠鏡を忍ばせ、ヤビツ峠の展望台まで連れて行って星を見る、後の『東京カレンダー』を地でゆく人なのだ。僕とは全く違う人生なのだが、とはいえ同じ番組をやっているスタッフ。薫さんおすすめのレストランくらい行ってみないと、僕の人生に変化はない。
 会議が終わるとネタうち、本編オフラインチェック。そして各ディレクターは他の番組の仕事やオフラインに散ってゆく。しかし、この日に限って〆鯖Dがスタッフルームで、雑誌をむさぼり読んでオフライン室へも行かずお帰りにもならない。
「いやー最近の女子大生はすごいな」
 どうしたんだ?一体このゴジラ。『週刊SPA!』なんて見てさわいでんじゃねえよ、と心の中で毒づく。
 ところでこの〆鯖D、ゴジラの風体に似合わず、女性にとても優しく、しかもえらくモテる。らしい。会議でもよく人妻と知り合いになったとか、店の女の子に気に入られたという話で場を盛り上げる。確かに奥さんはスチュワーデスで、番組デスクの女の子たちにもすこぶる評判が良い。なーんか人付き合いがうまいのである。
 だからどんな場でも受けが良い。そして今夜もADやデスク相手に面白話を繰り広げている。しかし僕だけは心の底から「早く帰ってくれー」と願っていた。
「なんで今日に限ってこんなスタッフルームでクダ巻いてるんだよ。早く帰ってくれよー」
「どこかのお姉ちゃんと待ち合わせかな?それまでの時間つぶしかな?」「何時に待ち合わせなんだろ?早く行かないかな」
そんなことを百万回心の中で問うていた。
 するとスタッフルームに黒川さんから電話がかかってきた。
「〆鯖いる?」
電話をとったデスクの三橋女史は〆鯖さんに
「黒川さんが制作局6階でって」
テーブルに投げ出していた脚をしまって「やっとかよ」と、トミーヒルフィガーのポロシャツの襟を直してスタッフルームを出ていった。ADみんなは「お疲れ様です」の大合唱。
 なんか打ち合わせなんだ。へーなんかやるのかな。まあいいや、ADについて来いとか言わなかったし、秘密の話なんだろう。そう思った僕は、速攻カバンを手にして「おつかれさまですっ」と言ってスタッフルームを後にした。もちろん秘密のお店は電波少年ADには秘密だったのだ。


 その夜も彼女はいた。女友達3人で席に座っていた。常連の3人で僕の顔ももちろん覚えていて「透くん、こんばんわー」と言って、自然と席に入れてくれた。すぐ二人になるのも無粋だし、女の子3人と一緒にいるのも楽しいのでそのグループに入った。お目当ての彼女の隣に、僕のスペースは作られた。その日はみんな酒が進んでえらく盛り上がってた。女の子同士も年齢による序列があるらしい。僕のお目当ての彼女は3人の中で一番若いのか、水割りを作るのはいつも彼女だった。先輩二人は酒が進むと、僕にはわからない隠語を使って盛り上がってる。患者の話はしなくても、上司の悪口は最高の酒の肴だ。
 その間にこっそり僕は彼女に月末の休みに行くレストランを作家の薫さんに教えてもらった話をするととても喜んでくれて「楽しみー」と言ってくれた。段取りは万端。ロケの仕込みに比べればちょちょちょいのちょいだ。
ま、アポなしロケばかりだから、あんまりロケ仕込みしてないんですけど。

 しかし事件、いやチャンスは意外な形で訪れた。
 その夜の客はめずらしく我々4人だけだったので、店のマスターが
「今日早く終わって良い?」と聞いてきたのだ。
「もちろん、いつも遅くまでお世話になってまーす」と先輩女子二人
「じゃ私達はおさきにー」
「…」
「…」
あっという間に先輩女子二人は店を出てしまった。
いや出ていってくれた。
さあてどうしたもんか、全くどうしていいか分からなくなった。
「長餅くん、どこ住んでるの?」
「代田橋。知ってる?」
「知ってる、私明大前だし」
えっ、そんなに近かったの?同じ方向じゃん。
 これまでは空が白味を帯びる頃、僕らはスタッフルームに帰り、彼女たちは自宅に帰るからどこに住んでいるかなんか、ちっとも知る機会が無かった。


 もうここからの会話はクラクラして断片的にしか覚えていない。
 気がついたら店を出てタクシー捕まえようと手を上げてた。
 そっと隣みたら彼女が酔っているからなのか、僕と腕組んでた。
 タクシー乗ったら、肩に頭乗せてた。

「じゃ僕ここで降ります。」
「じゃ私もここで降りる」
 ん?どういう意味ですか?これは解釈が難しかった。
 降りた場所は甲州街道代田橋歩道橋下。代田橋と明大前はすぐ近くなので歩いて帰ろうと思えば歩いて帰ることができる距離。タクシー代を払いたくなくて一緒に降りたのかな?でも、僕が先に降りることになったら代金をどう折半すれば良いか分からなかったからちょうど良かったか、なんてどうしようもないことを考えながら、ともかく支払いを済ませ、ふたりでタクシーを見送った。

 タクシーを見送ると考えることは一つ。
 「ウチくる?」と、喉からクジラが出るほど言いたかったが、当時僕が住んでいた家はマンションでもアパートでもなく、なんと電気屋の二階にある1K物件。学生時代の先輩が「東京来るなら、今オレが住んでるところにおいでよ。ちょうど俺結婚で部屋出るから。家財道具一式置いてゆくよ」と言って紹介してくれた部屋だった。下宿丸出し。家財道具一式と言ってもらったのは、白いパイプのシングルベッドとステレオセットだけ。このバブルの時代に女の子を連れ込める部屋ではまったくない。『週刊CHINTAI』見たって絶対載っていない物件。
 だいたい焦らなくたって、月末には薫さんに紹介されたレストランデートが決まっている。天使と悪魔が頭の中を飛び回る。天使はトム、悪魔はジェリーの姿だ。
「これはチャンスだよ」
「今夜は家に帰ってもらえよ。月末の休みがあるだろ」
「馬鹿だなあ、チャンスの女神は前髪しかないんだから、彼女もその気だよ」
「酔ってるだけだよ」 
この時間でも甲州街道の車通りは激しく、たびたびヘッドライトに照らされで彼女の顔が浮かび上がった。

なんていおう、なんいおう
「家行っていい?」
きっかけは頂いてしまいました。こういう時の女は強いっす。

 当時の代田橋商店街はまだ沖縄テイストはなく、歩道橋を降りると街灯がポツンポツンと点いているだけの寂しい通りだった。一階の電気屋はすでに真っ暗で、店の右側にある2階にだけしか行けない階段を登って我が家ならぬ我が部屋に二人で向かった。彼女との接触はタクシーの中までで、今は微妙な距離が保たれている。
 間借りの部屋が二部屋だけある電気屋の二階。もう一つの部屋はすでに電気が消され寝ているらしい。二人揃って口元に人差し指を立て、抜き足差し足で短い廊下を歩く。我が部屋のドアを開け、そっと部屋に入る。靴を脱ぐとすぐ台所と右側にはユニットバス。そこを抜け、引き戸を開けると六畳一間の畳部屋。窓際のシングルベッドとカラーボックスに載せられたステレオセット以外は『週刊プロレス』と服の山。しかしこの日は結構片付いててホッとした。
「座って。なにか飲む?」
「大丈夫」彼女はそう答えた。
 彼女が座る場所はシングルベットしかなかった。
 僕は台所に戻って水道から水を一杯飲んだ。
 思えば北海道から出てきて、初めて水道水を飲んだ時、あまりのカルキ臭さにびっくりして吐き出した僕も、今はもうそのカルキを感じないくらい東京に慣れ始めていた。当時はまだコンビニに水もお茶も売っていなかったし。

 東京童貞が長すぎて、ここからどうしていいか分からなかった。

 部屋の戻ると、シングルベッドに座っていた彼女がさらりとカーディガンを脱いだ。
 僕が隣に座って、彼女の白いブラウスに手をかけると、彼女は自らボタンを外した。ブラウスとともにブラジャーをそっと前に落とすと、彼女の肩が窓から差し込む月明かりで蒼く光った。
 彼女がベッドに横たわったとき、初めて肢体を見た。おっぱいとかおしりとかいう認識は全くできず、緩やかになだらかに流れる、その曲線だけが僕の目に映った。
 真逆光の月が彼女のエッジだけを照らした。
 綺麗だった。
 彼女の向こうの窓から見える青い夜空と月に照らされる彼女の曲線が一枚の画のように浮かび上がった。

 結論から言うと、僕は弱虫を発揮してそのまま何も出来ず彼女を家に帰してしまった。なんかそれがカッコ良いのかなと思ってしまったのだ。僕も僕の息子も…

 翌週から例のバーに彼女は現れなくなってしまった。
 そして休みだったはずの選挙の日、電波少年は、いつもはない日曜日のロケスケジュールを取って、開票結果の出た選挙事務所にアポなし取材をかけることになった。
 その担当演出が〆鯖さんで、その打ち合わせを先週していたので遅くまでスタッフルームに残っていたのだということ。
 選挙事務所にアポなし取材に行くことが決められた会議の後、すぐにバーに行った。彼女に休みがなくなってしまったことを伝えたかったのだが、彼女は来てなくて、また翌週も来てなくて、彼女に会えない僕はレストランに行けなくなったことも、あの夜のごめんなさいも伝えることが出来ず、月末の日曜日、見事当選を果たした木更津の大物政治家の元にアポなし取材をかけるべく走るロケバスの中にいた。

 なんの因果か薫さんに教えてもらった広尾のレストランの前をロケバスが通る。窓に顔をべったりつけて目の周りを手で覆い、室内光を遮って、ロケバスから見えるレストランの玄関を見てみたが、もちろん彼女が立っているわけもなかった。
 脚を前の席に投げ出して座る〆鯖ゴジラは「こんな時間からロケって一体何時に終わるんだかなあ、梅村の腕にかかってるよな」と毒舌放射能をゴーゴーと吐き、それを浴び続ける梅村は、練習中のモノマネをみんなに全力で披露して笑いを取っていた。
 僕は運転席のとなりのAD専用のシートで、みんなに隠れて『ホットドッグプレス』の<彼女をHに誘う方法>の特集を読んで一から勉強し直していた。