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小説『僕は電波少年のADだった』〜第7話 L スタ劇場

「はい、自民党では全く相手にされなかったので、梅村は今から局帰ります。スタジオは予定通り20時スタートでいけます」
 先日のアポなしロケで押し掛けタイアップに成功したIDOの携帯電話でロケバスからLスタ控室に電話を入れた。

 毎週火曜日20時からはスタジオ収録の日。昭和テレビ本社ではない四番町別館の1階にあるLスタで電波少年は収録されていた。
 だいたい制作局のバラエティ番組はGスタかKスタで撮るのが普通。中でも、当時の昭和テレビの花形番組『クイズShow by ショーバイ』は常にGスタ収録。それどころか、そのスタッフルームはGスタ横に常設。番組の演出を担う昭和テレビの花形ディレクター七味さんは、毎日オレンジや緑のダブルのスーツを着てGスタ前をかっこよく歩いていた。うちの演出兼プロデューサーで赤塚不二夫似の黒川とはえらい違いである。
 我々が使用するLスタは、通常広報部の宣伝番組を撮る小さな小さなスタジオで広さにしてGスタの5分の1程度。キャットウォークもなく、副調整室、通称サブコンはスタジオの隣に併設。その手前に一つだけ打ち合わせ用の部屋があるだけで、タレント控室や打ち合わせスペースなどは一切なかった。電波少年を始める時、毎週収録にこだわった黒川が定例で抑えることが出来たスタジオはここしか無かったのだ。
 Gスタ収録番組は、本番前スタジオに入るところに防音のため重い扉が2枚ついていて、そこにこれまた綺羅びやかな出演者の名前の入ったお菓子が差し入れとして並べられているのが普通だったが、Lスタにはそんなものはなく、収録前にスタジオ前の廊下に並んでいるのは、地べたに座って収録弁当を貪り食うAD連中だった。


 梅本梅村の二人は必ず火曜日は終日ロケが組まれていて、夕方早めにロケを切り上げ昭和テレビ四番町別館に戻り、スタジオ収録に臨む。たった一つしかない打ち合わせ室は、番組スタッフの集合場所に使われるので、梅本梅村の二人は、同じビルの4階に入っている昭和テレビ映像センターの会議室が控室となる。普通のオフィスの小さな部屋の扉にコピー用紙に書かれた『電波少年 梅本様控室』が目印だ。アッコさんこと梅本明子は女性だから控室があったけど、梅村はあったのだろうか?そんな感じだった。

 火曜日のロケ担当のADはちょっと嬉しい。スタジオ収録があるから、だいたい深夜ロケがないのだ。他の曜日だと目的の人に会えるまでずーーーーーーーーーーーーーと待つこともざらにあり、『〇〇高校野球部に〇〇して欲しい』ネタでは学校の玄関で一晩中ユニフォームのまま関係者を待ち続けて朝を迎えることさえあった。
 というか何より、みんなスタジオ収録が楽しみで楽しみで仕方ないのだ。
 19時を迎える頃、しけたLスタ前の廊下にADは直座りで飯。収録弁当を貪り食う。技術さんは廊下にいるADの弁当を見て
「おっ今日は金兵衛か、いいねえ」
 と言って、スタッフ控室横にあるサブコンへスタンバイ開始。技術チームは技術チームでアシスタントがおり、アシスタントが人数分の弁当をサブコンに運びこむ。お互い下積み同士。親近感が湧く。
 その後パターンとしては、アッコさんこと梅本明子のロケバスが四番町別館の玄関到着。バスから降りて玄関に入ると、まず井上マネージャーと稲村スタイリストがバスを降り、その後ろから小豆P、鶴Dの真ん中で腕を組んでアッコさんスタジオ入り。
 ホントにこの人は誰かの横にちょこんといるのが上手い。
 おつかれさまですとAD大合唱に、アッコさんは
「おつかれちゃん、おつかれちゃん」の挨拶。
 その後、たくさんの衣装を手にした稲村スタイリストが4階へ。収録の準備をするためだ。普通の会議室がタレント控室になっているので、着替えスペース作りや、衣装のアイロンがけをしなければならない。メイクの松澤さんはすでに先に入って会議テーブルの上に即席メイクブースを作っているはず。
 ここでしかし、アッコさんはいつも自分の控室に向かわず、小豆Pと鶴Dの間にぶらさがったままスタッフ控室へ。どかん!荒々しく打ち合わせ室の扉を開けると「まったく今日も参りましたよー」と言って中へ。
 この室の扉一枚を隔てた向こうは僕らには別世界。一度か二度、収録打ち合わせに必要なものがあって、それを配るために入ったことがあるのだがディレクターと黒川さん、そしてアッコさん、横浜小豆の両プロデューサーくらが座るだけの席しかない。ここにADの身分で入ると、ともかく落ち着かない。いわゆる首脳陣のオーラにやられてしまうのだ。いつかあの部屋で、〆鯖さんみたいにふんぞり返って座れる居場所を作ってみたい。それが多分ディレクターになる、ディレクターとして認められる。ってことなんだと、今日もAD連中は廊下にスタンバイしていることだろう。
 今日のスタジオ収録担当ディレクターでもある鶴さんは
「アッコ、この間のロケ面白くつないであるから、よろしくな」と言って廊下においてあった収録台本を器用に一部だけ取って打ち合わせのため室の中へ。
1分のしないうちに爆笑が廊下に響き渡る。
 いわゆるMC打ち合わせは台本を見ながら進行の確認が行われているとはとてもじゃないけど思えなかった。
 そんないつものパターンが毎週、正確に繰り返される。担当の違いはあれど、ほぼこんな感じが電波少年の収録前の風景だった。
 僕はロケバスの中を片付けて、スタジオに向かう。
「おっ今日の弁当金兵衛だ!生姜焼き残ってる?」と、食べ物に文句は言わないけど、金兵衛は当たりだ。するとさっき入ったばかりの鶴さんが控室を出てきた。今日も鶴さんのMC打ち合わせは短い。
 追って梅村スタジオ入り。梅村に打ち合わせはない。台本を見せることもない。鶴さんは「梅村よろしく」と言って、控室隣にあるサブコンへ技術打ち合わせのため移動。梅村は目ざとく鶴さんの持つ台本の表紙に書いてある今日のゲストの名前を見て
「うおーっ、今日のゲスト…」と言いかけると
鶴さんが「ダメだよ梅ちゃん、台本見たら面白くなくなるだろ!忘れろ」と、一喝。
 すると梅村はLスタ前の廊下で立ったままハクション大魔王のようなマネージャー小竹さんに捕まり、二人でスケジュール確認をし始めた。
 梅村は実は僕と同じ歳なんだけど、当然タレントとADじゃ立場は雲泥の差。が、普通なんだけど梅村は誰と接するときも別け隔てがない。いつも自分の新ネタものまねを無差別に発砲して、何がウケるか試す。小竹さんと打ち合わせしながらも、たけしさんや高田師匠のものまねを続けている。一種異様な打ち合わせである。
 時同じくして、今日は担当ロケがなかった〆鯖さんと横浜Pが控室に入る。
「〆ちゃーーん、横浜さああん」
 打ち合わせ室の中からアッコさんの声が聞こえる。
 あの人、いつメイクするんだろ?

 18時をすぎる頃、四番町別館の外にはスタジオ観覧の客が集まり始める。スタジオ観覧当選のハガキを持って嬉しそうにくる会社帰りの人たちの光景が楽しそうで羨ましかった。
 番組の雑事を取り仕切るデスクの三橋女史は観覧受付のお手伝いで忙しい。今日は仕立ての良い白いブラウスがいつもより輝いてる。収録の日は、ちょっとおしゃれレベルが上っている。隣を通るとふわりと高級そうな香りも漂ってくる。
 さて番組が始まって2年目のこの頃、この集まる客の感じが変わってきていたことに僕らADは気づいていた。観覧ハガキを持っている人のテンションが上っているように感じていたのだ。確かに番組のアポなしの矛先が政治家に向き始めた最近、番組の平均視聴率も少し上がっていた。以前は派手なアポなし取材の時、少し新聞に載る程度だったのに、最近は梅梅のふたりに取材依頼が入ることが稀ではなくってきた。観客の受付を担う三橋女史は、昔に比べて収録前の仕事がずいぶん忙しそうだった。
 それにともないスタジオ収録に集まる客のテンションも、少しずつ高くなってきていて、あと記憶違いでなければ、やたら若い男子サラリーマンが多かった。同僚の女の子的な仲間を連れてるパターンもあったが、電波少年のファンはなぜか男子が多かった。今のテレビ収録は女性限定であることが多いのだが、あれはなぜなのだろう?

 まだ客の入っていないスタジオに入ると、照明さんがながーい棒でスタンバイ中。セットもなく、台本もペラペラで、梅本梅村とゲスト3人のウエストショットを取り続けるだけの電波少年のスタジオにカメラリハーサルはない。Lスタという小さな劇場に作られた小さく粗末で単純な舞台。上下(かみしも)の登場口袖の目隠しと箱馬で尺上げされた台に、スツールが3つ置いてあるだけ。それらにはすべて淡いブルーの布がかけられている。電波少年の収録素材は、ライトブルー一色のスタジオで撮られていた。このライトブルーを基調にクロマキーという技術で顔だけ、上半身だけの映像に加工されてCGセットと合成される。それが電波少年の特徴的なスタイルだった。いまでこそ簡単にラップトップPCでもクロマキー合成が出来るようになったが、当時は大変時間のかかる処理で、本編編集は3人のフィルとマスク素材、そしてCGセットと最低7台の再生デッキが同期してスタートして録画されるため、編集室にこもる機械の熱気はすごかった。

 収録見学客は約100名。約50名ずつ左右7列に8人ずつ振り分けられひな壇のような観客席に座る。真ん中には出演者が見るサブ出しモニターが置かれ、この左横にフロアマネージャーと呼ばれる、いわゆるカンペを出して出演者に進行指示をするディレクターが陣取る。当時は飯合さんが担当していた。飯合さんはこの番組が始まるまで『EXテレビ』という生バラエティを担当していたので、収録フロマネはお手の物。カンペも自分で手書き。ADにとっては手のかからないお人。今日も梅村のロケ担当から僕と一緒に帰ってきたばかりなのに、いつの間にか準備されたカンペがフロアモニターの横にきっちり積み上げられていた。

 19時、客入れ。整然と前から順番に8人ずつ席に着く。
 インカムと呼ばれる副調整室とスタジオをつなぐヘッドホンを付けた飯合さんがお客さんを温める前説を行う。有名な拍手の練習と収録に関する注意を軽妙なトークを交えて進める。
 お客さんが前説に集中し始めた頃、これまたライトブルーの上っ張り(知らない人が見たら幼稚園児のスモック)を着た梅本梅村が舞台上手にスタンバイ。
「それでは今日も目一杯楽しんでいってください」
と、前説を行っていた飯合さんが舞台を降り、センターの所定の位置につく。ちょっとした素敵な間とともに、OAと同じオープニング曲ビヨンドの『THE  WALL(長城)』が流れ、イントロにも関わらず使われている印象的な半終止コードが鳴ると梅梅の二人がステージに飛び出す。
 客席は大拍手。真ん中のスツールにアッコさん、下手のスツールに梅村。席につくなりアッコさんのせーのという合図とともに
「こんばんわーっ!進め!電波少年っでーすっ」と二人のタイトルコールが狭いLスタ劇場に響く。待ってましたとばかりの大拍手。この瞬間、普段広報部の宣伝番組しか撮らない小さな小さなLスタが東京で一番活気あふれる劇場に変わる。
 上手から梅梅の二人を送り出した〆鯖ディレクターや黒川さんは必ずスタジオ奥センター客席後ろから収録を見守る。ディレクターは自分のネタのウケ具合を確認するため、客席後ろからスタジオの様子を見ているのが決まりだった。新人ディレクターの南さんも自分のネタのウケ具合を確かめるべくディレクター陣の端っこに立っている。
 僕たちADは舞台上下(かみしも)の袖に分かれて収録を見守る。
『若手は演者と同じ目線でお客さんをみるとたくさんのことを学べる』
 何が勉強できるのか、ちっとも分からなかったけど、暗がりに並ぶお客さんが一斉に口を開けて笑い、頭を動かす様子を見られるのはこの上なく幸せな瞬間だった。電波少年の観覧席には、もちろん背もたれはない。笑いのじゃまになるからだ。この辺はすべて黒川のこだわり。そしてこれらの教科書を作ったはすべて萩本欽一さんだったとのこと。


梅本「いやー盛り上がってますけど梅ちゃん」
梅村「始まりましたよアッコさん、電波少年が。とんでもない番組ですよ」
梅本「今日は髪型かっこいいじゃない、何時になくギバちゃんみたい」
梅村「鏡見たら鳳啓助師匠みたいですけどね。なんであそこにオーバーオール着た人が二人もいるんですか」
梅本「ペアルックも楽しめる番組じゃない」

 登場からゲスト紹介までの二人のトークは脈絡がなく、とても長い。
 OAしか見たことのない客はこの下りがこんなに長いなんて思っていないから、すこし面食らう。ディレクター陣も、この部分はいつも99%カットするし、梅梅の二人もそれは十分わかっている。しかしOAに使われる、使われないなんてちっとも関係なく、ともかくお客さんに笑ってほしい二人は全力でトークを続ける。客いじりだってバンバンやる。Lスタ劇場はますます活気を帯びてくる。


梅本「さ、というわけでですね」
梅村「子供もオーバーオール着てますね」
アッコさんが進行に入っても、梅村はまださっきの話の続きを話す。
まったくコンビネーションがいいのやら、悪いのやら。


梅本「さ、というわけでですね」振り直し「今日のゲストは…」
言い切らないのがアッコさんの癖。そこに梅村が食いつく。
梅村「僕はね今日のために電波少年やってきたんですよ」
これはきっと大物ゲストだと客席がざわめく。
梅本「なんと梅村くんが命を捧げてもいいと言う…」
梅村「もうね今日のゲストが、今日ゲストが来たら、(もごもご)」
梅本「なによ!はっきり喋らんかい!」
アッコさんのツッコミに客席から笑いが漏れる。
梅村「今日のゲストが来たらね、僕は電波少年いつ辞めてもいいくらいの気持ちですよ。ほんとにやめるとレギュラー少なくなりますけどね。はっきり言ってハマってる番組これくらいしかないですからね」
梅村の弱気トークは鉄板ウケ。
梅本「梅ちゃん、緊張してる?」
梅村「僕ね、はっきり言ってファンクラブも入ってましたもん。会員番号1979番です」
こういうネタに関する梅村の記憶力は半端ない。
アッコさんも収録だから、あれもこれも引き出そうと、まだまだ引っ張る。
梅村「僕ね、住所も言えますよ。ファンクラブの。港区赤坂○丁目□の□第4文成ビル2階」
あまりの記憶力にちょっと引いてる女性客の顔がスタジオ観覧席の暗闇に浮かぶ。それを敏感に感じたアッコさんがゲストの呼び込みに入る。
梅本「さっお迎えいたしましょう」
梅村「いやー」
梅本「アッコ、とんがってるね」
梅村「それアッコさんのデビュー当時のキャッチフレーズでしょ。83年
スター誕生でデビュー。同期は…」
やたら詳しい梅村はすぐアイドルに関する記憶を列挙したがるが、客の顔色を伺う天才の梅本はここを引き取って
梅本「それではお呼びしたいと思います!大森奈菜さんでーす」
 客席は大歓声!大拍手!
 しかし大物ゲストも否応なく着せられるライトブルーのスモックが情けなくて笑える。
梅本「こんなセットですみません」
梅村「わー大森さん、今日は大森さんが来るからスタッフの身内がいますね」
 飯合さんが右手で1カメを指差すと、梅村は突然話を変えて
梅村「あっ大森さん、1カメは大森さん専属カメラですから」
 ゲストに収録の為必要なことは客前ステージ上で説明するという合理的なシステム。おかげでこの番組にはゲスト打ち合わせも殆ど無い。
梅村「今日は2カメも3カメも大森さんを撮りますから」
梅本「じゃ我々はどうするのよ」
 客席笑い。
 とまあ、ここまで約15分。30分番組の収録なのにゲスト紹介までのトークが半分。しかもここから梅村の大森さんの活躍に関する記憶の列挙がまた始まるのだから、いつになったらネタに入れるのやら。
 フロアの飯合さんが1つ目のネタのタイトルコールのカンペをセンターモニターに重ねて出す。まだ憧れのアイドルとトークがしたい梅村は喋りが止まらない。飯合さんがキッと梅村を睨んでカンペをポンポンと叩くと、梅村はいじめられっ子の目になって突然話を止める。
梅本「それでは大森さんをお迎えしての第1発目行きましょうか?まずはこちらでございます。あの桜田淳子さんからの電話を受けたいーっ」

 盛り上がったスタジオに上気した客たちが夜の闇の中に三々五々消えてゆく。彼らは同僚や彼女と繁華街に向かい、今日の収録の話を肴に盛り上がるのだろうか?あのカップルはデートのあとお洒落なバーでおしゃれなカクテルなんか飲んで、その後ホテルにしけこむのだろうか?
 帰ってゆくお客さんたちを横目に僕たちは収録の後片付け。
 今日のスタジオも大成功。毎週火曜夜に開かれる東京一笑えるお笑いライブが終わった。先程までの盛り上がりが嘘のように冷えた蛍光灯がLスタの床を照らす。収録が終わると、美術さんが速やかにセットを笑う(業界用語で片付けることを何故か『笑う』という。)電波少年の貧弱なスタジオの撤収は、たった二人の美術さんが10分程度で終わらせる。すると元のしけたLスタに逆戻り。
 そんな寂しくなった四番町別館で、まだ熱いのが打ち合わせ室。
 梅梅の二人が打ち合わせ室で、また首脳陣とおしゃべりしているからだ。
 すると今夜はいつもと違って、早めに打ち合わせ室の扉が空いて、飯合さんと小豆Pが梅村を連れ出して飛び出してきた。
 「長餅!ロケ行くぞ」
 話しによれば、収録中、小豆Pの携帯電話に今日のロケ先自民党田中眞紀子さん秘書から連絡があって、夜10時以降なら目白の自宅に帰っているから会っても良いとのこと。
「必ず会えるんだったら目白御殿行くか、お世話になっている田中眞紀子先生だし」と黒川の一言で今夜はエキストラロケ決定したとこと。
 田中眞紀子さんとは言わずと知れた今太閤田中角栄元首相の娘さんで衆議院議員一年生。一年生でありながら与党内野党感丸出しの自由奔放な発言は父親譲りの国民的人気をかっさらい当選するなり彼女の一挙手一投足はニュースのみならず、ワイドショーでも頻繁に取り上げられていた。しかもサラブレットである彼女は海外経験も豊富で、外国人記者クラブでの流暢な英語を披露。そこで世界進出を狙う電波少年は「眞紀子先生に英語の個人授業を受けたい」とアポなしロケを敢行。これが大成功、まさに好感触だった。しかし、この時、時間がないからまたの機会にと言われたままだった。
 バラしたはずのロケバスがいつの間にか四番町別館玄関に横付けされている。ロケの技術班もすでにロケバスの中で待機していた。今日の梅村の担当は映像センターの大泉カメラマン。日に焼けたイケメン大泉さんは、一旦終わったロケ後、四番町別館の技術倉庫で機材の片付けをしていたところに追加ロケの発注が来たはず。こういう時、カメラマンの心理状況でロケの可否は大きく左右される。「まだロケかよー。一回終わったじゃん」的なムードのカメラマンだとうまくゆくロケもうまくゆかないことが多いのだが、大泉さんは満面の笑顔。
「梅ちゃん行くか!」
 ENGのカメラを小脇に抱え、行く気満々でロケバスのいつもの席に座っていた。今夜の追加ロケはうまくゆきそうだ。あとから乗り込んできた小豆Pが「悪いね、再稼働」と言って黒のヴィトンのバックをこれまたロケバスのいつもの席に置いた。ADの僕の定位置は運転席隣のひとりシート。
「目白の田中邸にお願いします」と、ロケバスをスタートさせた。
 追加のロケバスに追加の技術。小豆Pの手配はいつも早い。ていうか、この番組、こういうところ、まったく金を惜しまない。ていうか、スタジオは貧弱でも、ものすごく贅沢にロケを行っていた。必要なものはなんでも使った。横浜小豆の両プロデューサーは、どうやって予算管理していたんだろう?それより先に、僕が入る前は居たはずの局員プロデューサーがいなくなって黒川が演出プロデューサー兼任。どうなってたんだろ?

「いってらっしゃーい」
 アッコさんとスタッフに見送られてロケバスは目白へ向かう。
 会えるとわかっているロケは素人目には楽そうだが、担当ディレクターは大変。会ってただ英語を教わるだけではネタにはならないからだ。何か一工夫、なにかひとハプニングがなければ笑いは取れない。
 こういう時、飯合さんは何を考えていたんだろう。この頃の僕はロケは『なり』(あるがままを何の工夫もなくロケすること)なんじゃないか、タレントが何かすれば、つまり今夜の場合、梅村が田中眞紀子さんに会えさえすればネタになると思っていた。それは後に大いなる勘違いだと気づくのだが…

 ロケバスが目白御殿に着く。梅村を先頭にロケ隊は迷わず勝手口へ。
10分も立つと、夜の闇に「ないすとうみーちゅー」というつたない英語と女傑の笑い声がこだましていた。