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彼女の恋愛❷

先に投稿した彼女の恋愛の続きです。


「明日、空いてる?」
「あ、うん。空いてるよ」
「それならどこか出掛けようか」
「うん。行こ」
恋人と別れてから数ヶ月。
私には新たな恋人がいる。
朝8時から夕方5時まで、同じ時間働いて一日のうちの同じ時間が休み。
つまりは、生活リズムが同じ相手という事。
「美亜ちゃん、どこに行きたい?」
「うーん…最近映画観てないから、映画観たいかな」
「映画かぁ…あ、それならあの実写化したやつとかどう?」
「実写化…?あぁ、あれか…あれね」
「美亜ちゃん?」
でも悔しい事に色褪せた思い出というのは、ただ色が褪せただけなんだ。鮮やかな色彩を失っただけで、そこから無くなったわけではない。
だってそうだよね?どれだけ私の中から追い出そうとしても、貴方は何度でも姿を見せてくる。芸能人ってそういう事なんだって、今凄く痛いほど理解してるんだから。
「あんまり好きじゃなかった?」
「…ううん。好きだけど、今は何となくアクション系がいいなって思っただけ」
「アクションか!うん、いいね…それならあの洋画が__」
嬉しそうに話してくれる恋人を見ながら、私の頭の中では色の無い思い出が巡る。
『あ、これみあが好きなやつだ』
どうして貴方が名前を呼ぶ時は、平仮名に聞こえるんだろうね。その甘さのせい?
『帰ったら観ようよ…え?嫌だ?あ、実はホラー入れてるのバレた?』
結局観たんだっけ。怖くて寝れなくなったのはあっちで、狭いベッドの上で引っ付いて寝たな…。
こうやって思い出して目が熱くならないのって、私が少しでも強くなれた証拠かな。
「良弥くん」
「…ん?」
「明日、楽しみにしてる」
「…ふふ、うん。俺も楽しみ」
もうこうやって、貴方以外と居ることも慣れたんだよ?凄いでしょ?貴方に話したら信じてくれないかもしれないけど。
「よし、仕事戻ろうかな」
「うん。また明日、迎えに行くね」
「ありがとう、また明日」
手を振ってお店を出れば、空気の冷たさに冬の近さを感じた。
へぇ、もう夏と秋は過ぎたんだ。
「…ふぅ」
誰かが言ってた。寒いと人肌恋しくなって困るって。なんだろうな、私の場合は違う。
寂しくなくて1人で歩けてるって事に、嬉しくてむしろ足取りが軽い。
順調に、元に戻れてる証拠だ、多分。
「…?」
そんなことを考えていたら次の取材現場までの道のりで、何やら人だかりが出来てる場所を発見した。
結構なカメラの台数と黄色い歓声、なるほど。アイドルか俳優かが撮影でもしてるのかな。…ちょっと職業柄、気になってしまうな。
「ごめんなさい編集長。ちょっと寄り道」
(ええよええよ、行っておいで?)
心の中で勝手に編集長を動かして、あの関西訛りで許しを得た。
よし今日はお土産2個に増やしてあげよう。
「…やっぱロケっぽいかな?」
「きゃぁー!!___!!」
「おお、すごい歓声」
騒ぎの中心にいる人物はどうやら相当な人気らしい。でも悲しいことに、その名前は大きな歓声で掻き消される。
あー、これが次のドラマの撮影とかだったら面白いのになぁ。
「ちょっと、ごめんなさいね」
人だかりを掻き分けて、少し背伸びをして中を覗く。
お、やっと当人が見えた…かも。
「…あ」
『あ』
いや、いやいや。見えてない。
前言撤回、見えてない。
『待って』
「…っ、」
目なんて合ってない、むしろ私はここに居ないの。違う違う、全部嘘。
あぁやだ、なんで?なんでこんなにも簡単に色を取り戻してしまうの?
「はやく、にげなきゃ」
たかが元恋人に会っただけ?違う。知り合いのモデルに会っただけ?それも違う。
きっと正解は、再び触れてはいけない薬を見てしまったの。
不穏な別れ方なんてしてない。ちゃんとさよならって伝えて、もう連絡もしないでねって伝えて…。でもたまにくるLINEは、勇気を持って未読無視。
どんどん大きくなる彼の姿は、見てない。じゃなくて見ないようにした。街中にもテレビの中にも、普段から目にする雑誌にも。街中に散らばる彼の影を無視して、知らない人だと決めつけて…やっぱ私が関わっていい相手では無かったと戒める。
それで成り立ってた。バランスが崩れるなんてこと無かった。
なのにどうして?
「ねぇ、どうして?」
『みあ』
「知らない、貴方なんて知らない」
『…みあ』
「そんな声で呼ばれる名前じゃない」
『…』
掴まれた右手首が熱い。
その熱さが何を示しているかなんて、知りたくはない。
『1度でいいよ、振り向いて?』
「…いやだ」
『俺も嫌だ、みあ』
呼ばないで、その甘い甘い毒みたいな声で。
私は平凡がいいの。ううん、貴方みたいな生まれた時から花丸ついてる人生は知りたくないの。
『ねぇ、みあ』
「…」
『顔みたい』
「貴方に見せる顔なんてない」
『ううん、俺はみあの顔がみたい』
「嫌だって」
『なんで?』
「私は、もう」
『みあ』
「っ、なに」
いきなり低い声が私を呼んだ。
でも平仮名に聞こえて、不思議な感覚。
怖いのに、優しくて、耳を塞ぎたいのに、もっともっとって…願いたくなる声。

『俺を忘れるのはまだ早いよ』

「…っは」
呼吸を忘れるほど、世界観に呑まれた。
どうして、どうしてそんなにも…。
「…蓮」
『うん?なぁに、みあ』
「忘れることなんて___」
平凡で、普通の絵の具で塗られた世界。
花丸で、色鮮やかな世界。
でも、一生抜け出せない麻薬入り。
あなたならどちらを選ぶ?
きっと人それぞれ好きな方があると思う。
けどね?これだけは、忘れないで。

「麻薬の味は、忘れられない」


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