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六つ目の話題「好きって何?」

お気に入りの場所、
暖かいお布団、
着心地の良いパジャマ。
恋に落ちた時。

色んなところに〝好き〟は居る。
男子高校生2人はそんな好きについて、お喋りをしてるようです。


「……」
何度見つめても手元にあるハートマークは変わらない。
変わって欲しいとか、そんなことを思ってる訳では無い。
いや本当は、少し変わって欲しいのかもしれない。
俺は、このハートマークには応えられない。
「ヨウちゃん?」
「っわ!!」
「うぇ!?なになに、俺もびっくりしたぁ」
「ごめん、少し考え事してた」
シロの視線は俺が咄嗟に隠したこの手紙を追っている。
そりゃあそうなる。そうなるんだけど、今日だけは見逃して欲しい。
「……今はまぁいっかって言った方が良い?」
「え?あぁ、そうして貰えると助かるかな」
「そっかぁ……うーん、うん!まぁいいよ!」
いっか、じゃなくていいよ。
シロに気を使わせてしまったことがよく分かった。
「ううん。あ、そうだヨウちゃんもう帰れるかな?って聞きに来たんだった!」
「帰れるよ。ごめん待たせて」
「大丈夫だよ、寝てたから」
「寝てたの?」
「うん。だって、春のこのあったかさが丁度良くってさ~」
窓際に行ったシロを、優しい日差しが照らす。
確かに、この温かさは丁度良い。
「俺春が好きだなぁ、もう少しで桜も咲くし」
「桜、か」
まだ幼いシロがポツリと零したあの時の本音が満開の桜と共に浮かんでくる。

『俺ね、死にたいと思いながらポジティブに生きる。が、モットーなんだ!』

あの年齢の子供があんなにも笑顔で言うことでは無い。
それに俺だってこんなことを言われて抱きしめるほど大人じゃなかった。
けど、あの時出来ることはそれしか分からなかった。
消えそうな、桜と共に散ってしまいそうな、そんなシロを抱きしめることで精一杯だった。
「ヨウちゃん?」
「……あぁ、ごめん」
「今日は考え事多め?」
「いや、その……うん」
「そっかぁ。」
駄目だ、考え事ばかりしていたらこの瞬間のシロのことを大事に出来なくなる。
「ヨウちゃん」
「うん?どうした?」
「そんな考え事多いヨウちゃんに聞いてもいい?」
「もちろん」
「……好きって、何だと思う?」
さっき春が好きだと言ったことで、それを疑問に思ったのか。
それとも俺が隠したものに勘づいているのか。
どちらにしてもいつも通りちゃんと答えたい。
「好き、か」
「俺は春が好きだよ。だって丁度いいから。でも丁度いいが好きなら、好きって言わなくてもいいじゃんって思って」
そっちか、と思う自分を抑えて頭を回転させる。
好きはだいぶ前から正体を知っているようで、俺自身もまだその実態は掴めていない。
だからいざ答えようとすると、言葉選びに悩んでしまう。
「好き、はさ」
「うん」
「丁度いい。みたいな純粋な褒め言葉だけじゃない気がする」
「褒め言葉?」
「そう。丁度いいって褒めてるでしょ?言い換えるとしても心地よいとかになるよね」
「確かに」
「けど好きは、言い換えた時に悪い言葉になる時もあると思う」
「……例えば?」
「分かって欲しい、とかかな」
好きを分かって欲しいのではなくて、「そばにいて欲しい」とか「自分だけを見ていて欲しい」のようなとても褒め言葉とは言えない相手への欲を分かって欲しい。
それが『好き』に籠っているような気がする。
今日受けとったあの手紙も、俺が抱えるこの想いも似たようなもんだろう。
なんて、こんなことを思っては失礼なのかもしれないが。
「ヨウちゃんは分かって欲しいことあるの?」
「……」
そんなものいつだってひとつだけだよ。
シロと居るこの時間が続けばいいと思ってる、それだけ。
それがシロの願う事と対峙しているから、だから困ってるんだよ。
それを『好き』とは俺は言い換えられない。
「でも」
「……うん?」
「でも、いい言葉だと俺は思いたい」
「いい言葉?」
「褒め言葉じゃなくても、別の想いが込められていたとしてもこれはいいものだって」
一番言いたいことを避けると、自分でも気づかなかった本音が飛び出すことがあるらしい。
今自分の口から出ていった言葉に驚いている自分が居る。
いい言葉だと思いたいんだ俺。
「ヨウちゃん」
「うん?」
「俺こうやってヨウちゃんとお話するのだぁーい好き!!!」
「っ、」
返ってきたものにまで驚いたら、いよいよもう言葉が出てこない。
俺の答えを聞いたあとで使う『好き』は、俺の考えを一度聞き届けた上のものだ。
ねぇシロ、それは少しだけ残酷すぎないか?
「……」
「ヨウちゃん?」
「いいや、ごめん。シロ、早く帰ろう」
「ぅえ?うん、分かった」
俺から浮かぶ想いも言葉も、終わりを願うシロにとっては残酷でしかないだう。
けれどそれと同時に、終わらない未来を望む俺にとってはシロの言葉は時に痛すぎる。
もっと強く望みたくなるのに、ふとした瞬間にまたあの顔を覗かせる君に望めないから。
とぼとぼと歩く俺たちの間に珍しく会話は無かった。
丁度いい温度が皮肉に感じてしまって、今日は距離を置くべきなんだなと俺は思った。

~続く~
⇒七つ目の話題「こだわりって何?」

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