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愛をこめて花束を

高校生の時、花束を貰ったことがある。

花束と言っても、赤いバラ一輪に小さな花が数本添えられた気軽なものだ。スーパーで298か398くらいで売ってそうなもの。おそらく向かいに住んでいた女の子がくれたのだと思う。

その日、いつもの様にいつもの道を通って、私は学校から帰っていた。帰り道には今はもう潰れてしまったスーパーがあって、裏手の道をぼんやり歩いていた。

すると後ろからパタパタと足音が聞こえて、向かいに住む女の子が「ばあ!」と脅かすように私を覗き込んだ。「あら、こんにちは」と私は返事をして、そのまま一緒に歩いて帰ることになった。女の子は小学三年生くらいだろう、世代が違うので流石に遊ぶことはなかったが、お向かいさんということもあり挨拶をする程度の間柄だった。女の子は人懐っこく、いつも笑顔で元気よく挨拶を返してくれた。

女の子は手にはお母さんに頼まれたであろうおつかいの品物と、赤いバラの花束があった。先程のスーパーで買ったのだろう。「おつかい?」と聞くと「うん!」と嬉しそうに返事をした。「偉いなあ。お花、キレイやね。お母さんにあげるん?」と訊くとますます嬉しそうな、ちょっぴり得意気な顔をして頷いた。その程度の簡単な会話をしていたらすぐに家に着いたので、私達はじゃあね、と言ってそれぞれの家に帰った。

ほどなくして、女の子の泣き声が聞こえてきた。

ああ、お母さんに怒られたんだな、と思った。きっと、あの花束だ。こんな余計なものを買ってきてと怒られたに違いない、となぜだかわからないけれど直感的にそう思った。女の子のお母さんは、あまり近所付き合いをしない人だったのでどんな人かよくわからないが、女の子が怒られる声がよく聞こえていたのは覚えている。「お母さんにあげるん?」と尋ねたときの女の子の嬉しそうな得意気な顔が浮かび、女の子がお母さんに喜んでもらおうとした可愛らしい気持ちが受け取って貰えなかったのだと思うと、なんとも言えない悲しい気持ちになった。

1時間後、私は塾に行くために玄関のドアを開けた。すると、ドアの前に花束が置いてあった。私は一瞬驚いたが、ちょっとしてからあの女の子が持っていたものだと気づいた。やっぱり。お母さんに怒られて、行き場のなくなった花束をどうしていいか分からなかったのだろう。そして、直前に花について会話した私に渡すしかなかったのだろう。私は花束を家にいれ、間に合わなくなりそうだったので慌てて塾に向かった。

花束は私の母親によって玄関を暫くの間華やかにしてくれたが、その後この件について女の子と話すことはなかった。相変わらず挨拶程度だったと思うがよく覚えていない。もしかしたら、あの件以降暫くは逃げられていた気もする。合わせる顔が無かったのかもしれない。そうこうしている内に私も大学生になったので生活時間帯が合うことがなくなり、女の子の家族は引っ越してしまった。勿論、今どこで何をしているのかは分からない。


ふとした時に思い出すので、書き出してみました。ちょっと悲しい思い出です。



ながいけまつこ

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