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朝の空

夏で唯一落ち着く時間は朝の5〜7時ごろ。

空気は日中よりも冷え、程よく風があり、セミが今日の始まりを告げてくれる。私は明らかな夜型なのでその景色を拝める日は少ないのだが、このところ昼夜逆転のせいか朝日を見れることが多い。

朝というのは不思議なモノで晴れやかな気持ちの時が多い。それは私の体調に関わらず。朝はどこか世界が平和で周囲の木々に愛着も持てる。

ただ、私が朝を好きなのはこれだけではなく、近頃カメラで朝日に照らされた空ばかりを撮ってるからなのかもしれない。

私が使っているのはNikonのオールドレンズ。普通のカメラレンズではなくフィルムカメラ全盛期に製造された古いレンズのことだ。彩度が現行のカメラよりも低いので色合いの柔らかさが出るのが特徴。私もこの点が好きである。

そして、これは私の使い方が悪いのかもしれないが、オールドレンズは夜の撮影にあまり向かないように思う。太陽のような、あくまで自然の、光源が確保されたときにその美しさを見せてくれる。日中は人々がうごめき、どこか社会も木々もモノも疲れている。あくまで個人的な意見だが、同じ対象物を映すなら朝の方が機嫌が良い。

そんなわけで、私は朝が好きだ。


昔の人は同じような朝にも多くの表現をつけた。中でも、「彼は誰時」というのは美しい言い回しだ。明け方の少し靄がかかった可視性の低い景色の中で「彼は誰であろうか」と不安や期待を持つその姿が朝の美しさだとしたのだ。なんと良い表現であろうか。ご先祖さまの想像力には感無量だ。

今日の朝撮った空。

また、朝の空はひとつとして同じ顔色がない。どれも同じように見えるが数分も経てばまた表情が変わっている。これほど表情の豊かなものもこの世に珍しいような気がする。おそらくほぼ全ての日本人が一度は見聞きしたことのある平家物語の冒頭にこんな一節がある。

祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

平家物語より


これを最初に習ったのは中学か高校のような気がするが、当時は「そんなもんだな」と華麗に無視して終わった記憶がある。この世の全てが移り変わり同じ景色がないなんて本当かな、と少し疑ったものである。池やら庭やら一見同じに見えるのも無理はない。

ただ、このところ連日ずっと朝日をカメラ越しに見ているとやはりどこか顔色が違う。毎日家の窓から、同じように、同じ時間に撮影しているはずなのに景色が違う。天気だって、気温だってたいして変わらない。雨も降っていない。にもかかわらず、ひとつとして同じ顔がないのである。


随分と冗長な話をしている自覚はあるのだけれど、これは大事な話であって、無常を嘆くようではいけないのである。今日の美しさに感謝し、昨日の美しさを懐古し、明日の美しさを待ち侘びるような余裕が本来必要なのだと近頃思う。

人生の体感時間は歳をとるごとに短くなっていると言われていて、それは体感からも科学からも結論は同じだ。原因は概して「人生の中で感動する瞬間」が減ったり「生きる」という行為そのものに慣れを覚えているからであろう。そもそも食っては寝て、生きるために働き生きるために寝る。こんな生活に嫌気がささないのも少し無理がある。

しかし、それは人間が人間の枠組みを超えないからなのかもしれない。言い換えると、自然の中で生かされている自覚を私たち自身が持たないからではないだろうか。

これは街中で撮った夕日。これも悪くない。

現代の私たちは人工の対比として自然を、科学の反対として宗教を考えたりするが、自然があるが故に人工が存在し、宗教を補足する意味で科学は存在するともいえる気がする。

人類が自然の美しさを尊び、無常の儚さを残そうとしたから人工は生まれたのであろうと思う。枯山水も絵画も写真も映像もそうだ。元は自然の凄みに端を発している。

宗教といえども適当にホラを吹いていればいつかは賢者に見透かされてしまうから、論として妥当なものにするための根拠として科学を考えたのではないかなとも思う。太陽や月を観察し、地震や津波を見つめ、自然の脅威と黄金比のような説明し難い魅惑を手に入れたことで、私たちは神や仏の存在を暗に納得することができるのかもしれない。


無論、こんな話は門外漢で何の素養も持ち合わせない成人男性のあくまで想像なのだけれど、朝の空を見ているとそんな風に感じるのである。あぁ、こんなことを書いていたらすっかり朝日が昇ってしまった。もう以前の空を拝むことはできないのであろう。



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2024.7.30
長濱由成


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