『WAR ウォー!!』これぞ、エンタメの極☆
昨年公開されたインド映画の中で最も高額な世界興収を上げた『WAR』。主演リティク・ローシャンとタイガー・シュロフがまさに〝美技〟と呼ぶべき流麗なダンスとアクションを繰り広げるこの映画は、「エンタメとはかくあるべし」のお手本、と言って良い傑作☆でしょう。
【公式サイト】https://war-movie.jp/
日本ではちょうど今上映中のため、ネタバレにならないよう注意しながら、物語の背景に関して知っておいて損はないことを以下に略述したいと思います。
主なテーマとなるのは、折しも今年6月に軍事衝突が発生したヒマラヤ西部の国境問題です。ということで、この辺りの国際的緊張について、ざっくりとした説明をさせていただきます。
1947年8月14日、英国による植民地支配から独立したパキスタン(イスラム教国)に続き、翌15日に独立したインド(世俗国家)。隣接する中国とはヒマラヤ山脈で隔てられていたこともあり、印中の国境線は曖昧でした。しかし1956年にチベット動乱が起こり、1959年にダライ・ラマ14世がインドに亡命すると、両国は国境の解釈をめぐって対立するようになりました。その後インドは対中防衛のために〝親ソ(現ロシア)〟路線を取り、一方、軍事力でインドに劣るパキスタンは〝親中〟体制となりました。ですが、この構図は冷戦崩壊と共に薄れていき、やがて『9.11』の勃発によって、状況は一変しました。全世界の安全保障は「過激派イスラム教徒にどう対処するか」に絞られ、中国は新疆ウイグル自治区に対する監視と抑圧を強めました。インドでは2008年11月26日、最大の商業都市ムンバイで同時多発テロが発生。実行犯はパキスタンを拠点とするテロ組織「ラシュカレトイバ」の所属と報じられましたが、パキスタン政府はテロリストとの関わりを明確に否定。2011年5月には『9.11』の首謀者とされたウサーマ・ビン・ラーディンが潜伏先のパキスタンでアメリカ軍に射殺されました───。
〈2008年11月、惨劇の場となったムンバイのタージマハル・ホテル〉
かなり駆け足で書きましたが、こういった印パ中の緊張関係‥‥しかも三国とも「核保有国」です!‥‥を踏まえておくと、『WAR』の背景も分り易いのではないか、と思います。
また、主人公のひとり:カビール(リティク・ローシャン)がエージェントを勤める「Research and Analysis Wing/調査分析局」は実在する組織で、正式な発足は1968年。インドの安全保障と国益を守るための秘密任務や反テロ作戦に従事しています。RAWと略されますが、逆さに読めば本作のタイトルになります。
さて、大概のインド映画は、ストーリーやキャラクター設定に〝インド人なら説明不要〟のヒンドゥー神話的な伏線が張られています。日本でも人気となった作品でいえば『バーフバリ』と「マハーバーラタ」、『バジュランギおじさんと、小さな迷子』と「ラーマーヤナ」などがその代表例と言えるでしょう。
では、『WAR』はどうでしょうか。主人公は二人とも、オーソドックスなヒンドゥー教徒ではありません。
リティク演じるエージェント「カビール」の名は15世紀に実在した宗教改革者と同じです。歴史上の聖者カビールは、捨て子だったところを〝不可触民〟のイスラム教徒に拾われ、育てられました。貧困と差別のため就学経験のないカビールは、一途な探究心に導かれ、さまざまな宗教家を訪ね歩きました。そしてヒンドゥーとイスラムの両教から強い影響を受け、カースト制度を批判し、唯一神への純粋な信仰を広めました。最期まで読み書きが出来なかった彼は、自らの行動と言葉で人々の心に訴え掛けました。それは「万教帰一」のようなありふれたパッチワーク宗教ではなく、諸宗教の本質=人間解放の道でした。
ちなみに、こういった偉人伝はインドの一般常識ですし、聖者カビールの存在は宗教コミュニティの枠を越えて広く尊崇されていますので、本作の役名を見た観客は、印パの軍事的緊張も含めて「ああ、なるほどね」と思うわけです。
そして、タイガー演じるもう一人の主人公の名は「ハーリド(Khalid)」。アラビア語で〝永遠の〟を意味するイスラム教徒男性の名です。すでに御覧になった方なら、この役名に込められたものが分かると思います。ところで、日本公開の直後、一部では〝愛国的要素が前面に出過ぎている〟といった感想も耳にしましたが、ハーリドはイスラム教徒であり、彼の父はインドを裏切った軍人でした。そして「イスラム教徒はパキスタンへ行け」というのがヒンドゥー教至上主義者の言い分でもあるのです。
映画前半の山場は「Jai Jai Shivshankar」。カビールとハーリドの圧倒的なダンスバトルが炸裂する場面ですが、ヒンドゥー教徒でない二人がヒンドゥー教の破壊神シヴァ(シャンカラ)を讃えて踊るわけです。彼らの任地ヒマラヤはシヴァ神の聖地でもあり、あえて深読みすれば〝人智を超えた視点〟を暗示しているのかも知れません。例えるなら『バジュランギおじさんと、小さな迷子』がヒマラヤ山脈の鳥瞰で始まったように‥‥。また、昨年の公開時から多くの方々が言及していることでしょうが「Jai Jai Shivshankar」の元ネタは1974年『Aap ki kasam(貴方に誓って)』の挿入歌です。シーンが展開する高地風景などに『WAR』製作陣からのリスペクトが伝わって来ます。
クライマックスには世界平和を脅かす先端技術が登場します。
それは、ヒンドゥー教の創造神〝ブラフマー (梵天)〟と名付けられ、情報の要を担っていますが、所詮は人間の都合に利用されるだけの機械に過ぎません。
悪役は言います。
「ブラフマーの雨が降る」
これに対し、もう一人の悪役が応えます。
「बिस्मिल्लाह की जिए (Bismillah ki jie/アッラーの御名をどうぞ)」
ヒンドゥー教であろうと、イスラム教であろうと、世界創造神という概念を〝創造〟するのは他でもない、われわれ人間なのです。
ところで、ハーリドの母親を演じたソニ・ラズダン・バットは、アーリアー・バット(『ガリーボーイ』のサフィナ)のお母さんです。『WAR』終盤、ソニ演じる〝イスラムの母〟がヒンドゥー教至上主義を支持層とする某氏のそっくりさんから賞を渡される場面は、泣けます。
ぜひ映画館でご覧ください!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?