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国境の島・対馬で離島教育を考える

長崎県には五島、壱岐、対馬のそれぞれの特色を持った離島があります。2022年10月、長崎大学高大接続担当の浜田久之副学長は対馬市を訪問しました。対馬ではどんな高等学校教育が行われているのかを見学し、どんな人材が求められているのか、地方国立大学に求められていることは何かなどについて、現地高校の先生方と情報交換することが目的です。さらに、対馬ではどんな歴史や文化が育まれているのかも学んできました。1日に詰め込んだ充実の対馬訪問の内容をご紹介します!

長崎空港から対馬やまねこ空港まで30分のフライト。こちらのプロペラ機で出発

対馬市について

交通手段は飛行機の他、船では博多港から厳原と比田勝の2ヶ所を結ぶ(Google Earth)

対馬は長崎市から北西に約170kmの場所に位置する離島です。対馬市は面積は約708㎢(属島も含め)もあり、長崎県内で最大の市です。また、韓国まで一番近い場所での直線距離が49.5kmと近く、古くから国境の島としての役割を果たしてきたことでも知られています。双方からの観光客が行き来しているため、街中に韓国語の標識が見られたり、対馬厳原港まつりにみられる韓国由来の催事が行われているなど、現在でも交流の深さを感じることができます。

地域性を活かした韓国語教育

韓国との交流の深さは高校教育の中でも見ることができます。特徴的な授業として対馬高校国際文化交流科を見学しました。同科の特徴は全国の公立高校で唯一、韓国語と韓国文化を専門的に行なっていること。韓国人教師2人による手厚い指導のもと、生徒たちはハングル検定や韓国語能力試験で好成績を残すなど、確実に語学力を身につけています(令和元年までは釜山語学研修もありました)。

生徒(左)が気になるニュースをピックアップして韓国語で発表している様子
授業はタブレット端末を使うため普段からハングル文字のパソコン入力も経験している

 3年生の総合韓国語の授業では、韓国語だけで展開する高度な授業が行われていました。同校では離島留学制度を設けており、国際文化交流科の生徒には市外はもちろん、県外からの生徒も多く在籍しています。同授業に参加している12人も、3人は県内出身、それ以外の9人は県外出身だそうです。

対馬の高等学校3校と情報交換

厳原町にある対馬高等学校。厳原港を見下ろす高台にあります

 対馬には3つの公立高等学校があります。韓国語の授業を見学した対馬高校と豊玉高校、上対馬高校です。この日は、対馬高校に3校の校長先生、教頭先生と、長崎県教育庁高校教育課から課長と参事にお集まりいただき、高大接続について情報交換を行いました。

長崎県教育庁高校教育課の課長と参事、対馬の3高等学校の校長、教頭陣と長崎大学一行

 情報交換会でいただいたご提案やご意見は、実際の教育現場からしか聞くことができない内容ばかりでした。その一部をご紹介します。

「対馬では海浜ゴミ問題が深刻で、生徒が積極的に海浜清掃活動を行っている。また絶滅危惧種の保全活動でも評価されている。これらの活動を長崎大学生とコラボレートしたり、水産学部・環境科学部から専門的なご指導やご助言をいただいたりするなどの機会を持てないか」

「対馬の基幹産業である水産業や林業を担う人材育成を水産学部や環境科学部と協力して行っていく方法はないか」

「対馬の多様な自然環境を大学の研究の場に活用してほしい」

「対馬の医療体制を維持するために長崎大学の力を借りたい」

 その他、全国共通テストの運営体制(離島会場を設けていることなど)へのお礼の言葉もいただきました。いずれのご意見も持ち帰り各学部・組織と共有します。

意見交換会の様子

 県教育委員会高校教育課から「長崎県は離島や半島の多い土地柄ですが、どんな場所の高校にも分け隔てなく大学進学を目指せる教育水準を維持していきます」と力強い意気込みをお話しいただきました。長崎大学も長崎県に根差す大学として、地域人材を育んでいくというゴールは同じです。県の高校教育と連携して地域に貢献していかねばと志を新たにしました。

豊玉高校を訪問しました

豊玉高校は南北に長い対馬市のちょうど真ん中に位置する豊玉町にあり、全校生徒58人の小規模な高校です。それだけに、生徒と先生との距離が近く、高校と地域とのつながりも深くて、街全体で生徒の教育を支えている温かさがありました。

豊玉高校の校庭。車で5分の場所に和多都美神社がある立地
「読書の秋」のポスターでは渡崎校長先生をはじめとする先生方が
生徒を応援するパワーレンジャーに扮して読書を呼びかけています。
左が渡崎校長先生、右は金谷教頭先生
文化祭の準備をしていた生徒3人と豊玉高校の正門前で記念撮影。
渡崎校長先生(右から2番目)と一緒に「パワーレンジャー」ポーズ

医療業界で教育を考える

対馬病院は敷地面積2万360㎡、275病床もある災害拠点病院です。
2015年開設の新しい病院で、緊急部門や放射線治療などの医療機能が充実しています

 浜田副学長は長崎大学病院で研修医教育にも携わっています。対馬の中核病院である長崎県対馬病院を見学しました。離島僻地が多い長崎県では県内全域に安定した医療サービスを供給するためのネットワーク・長崎県病院企業団を形成しています。対馬病院もその一つです。

対馬病院での人材育成についてお話しくださった八坂貴宏病院長

病院長の八坂貴宏先生は、同病院に勤めている医師の中に多くの地元出身者がいて、地域医療を支えていることを心強く感じているそうです。

一方で、看護師は不足している状況。医療における人材は、医療業界と教育業界が力を合わせて組織的に育成していく体制作りが必要だと話してくださいました。

八坂病院長と一緒に。プラカードは長崎県病院企業団のエンブレム

国境の島、対馬の歴史、文化に触れる

最後に、対馬の歴史、文化について知識を深めるために、2022年4月にオープンしたばかりの対馬博物館及び長崎県対馬歴史研究センターを訪ねました。もともと対馬のスピリチュアルな土地柄に高い関心を持っている浜田副学長。国境という地の利を使い、絶妙なバランス感覚で周囲と交流を深め、様々な文化を吸収しながら独自の風土を形成してきた対馬の奥深さに関心し通しでした。

対馬博物館のナビゲートキャラクターにもなっている青磁器の獅子形硯滴も展示されています
2階の長崎県対馬歴史研究センターで、宗氏に伝来した古文書の維持管理のための修復作業風景を見学。虫食い箇所に類似の紙を添えたり、折れ曲がった頁にアイロンをかけて伸ばしたりと、地道で細かい作業を続けています
ご案内くださった対馬市博物館学芸課の尾上参事(左端)と対馬歴史研究センターの外園所長(右から3番目)と一緒に

対馬の天道信仰についての記述がある『アースダイバー 神社編』中沢新一著(講談社, 2021.4)について、浜田副学長の書評はこちら(Click)から。

終わりに-浜田副学長からのメッセージ-

対馬の上下島を結ぶ万関橋にて。明治34年に開削された久須保水道は絶景でした。

今回の対馬訪問で”地域の産業や医療を次世代につないでいくためには、地域の人材を育てていくことが最も現実的で、持続的である”と改めて感じました。高等学校教育の現場と、各業界で行なっている人材育成を連携していく必要があるでしょうし、長崎大学もその一翼を担っていかなければいけないと、背筋が伸びる思いです。

また、対馬の素晴らしい自然環境、歴史・文化、産業に触れ、同地の奥深さ、ユニークな地域性を知るとともに、研究フィールドとしても魅力的な場だと思いました。大学に戻り各方面に共有いたします。今回、お時間をくださった皆様、良い機会を与えてくださったことに心から感謝いたします。ありがとうございました。

対馬高等学校
・普通科、商業科に加えて国際文化交流科があり離島留学を受け入れている
・海ごみ清掃活動や動植物の対馬固有種保全活動を実施している

豊玉高等学校
・各学年1クラスの小規模校だからこそのアットホームな校風が魅力
・メディア研究部を発足させYouTubeで情報発信中(こちらをClick)

上対馬高等学校
・連携型中高一貫教育で乗り入れ授業の他、合同行事を開催している
・多様な自然環境を活かした総合探求への取り組みを実践している

対馬博物館長崎県対馬歴史研究センター
2022年4月にオープン。類まれな対馬の自然や、縄文時代から現代にわたる対馬の歴史、現在に続く朝鮮半島との交流などについて紹介している。また、2階の対馬歴史研究センターでは長くにわたり対馬を治めていた宗家に伝来した古文書の保存修復や調査研究を行なっている


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