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足くん

 足くんは、突然現れる。
 足くんは、朝か夜、布団があるときに現れる。
 娘が言う。
「足くんやって」
 わたしは、左足に、タオルケットを被せ、被せた足を動かしながら、高い声で言う。
「やあ、足くんだよ。呼んでくれてありがとう」
 娘は、足くんが大好きだ。足くんを呼ぶのは、いつも娘で、息子は足くんにそれほど興味がない。
 大好きな割には、娘は足くんのことをすぐ忘れる。
 娘に忘れられている間、足くんはわたしの左足として、靴下をはいたり、家の床を踏んだり、自転車のペダルを漕いだりしている。
 娘に呼ばれなければ、足くんは存在しない。わたしも、娘が呼ばなければ、足くんを思い出すことはない。息子は、足くんのことは考えもしない。
 足くんは多分、これからどんどん忘れられていく。
 今でもたまにしか現れないけど、娘は大きくなるにつれ、足くんのことを忘れていき、娘が呼ばなければ、足くんはどこにもいない。
 文章や本の中には、たくさんの人の、たくさんの忘れたくないことが、しまわれているのかもなー。

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