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総合芸術としての、 『風の谷のナウシカ』。

どこかでまとめておこうとずっと考えていました。

とりあえずは、SNSや仲間内のメーリングリストなどに、雑談がてら投げていたジブリ映画の小ネタ集。

このまま小さな範囲で置いておくのも勿体無いので、ここに載せておくことにしました。

もし映画を見るとき、ちょっとしたアテにしていただければ幸いです。

1. 「ナウシカ」と「シュナ」

まずは、ジブリの初映画、1984年放映の『風の谷のナウシカ』です。

『風の谷のナウシカ』は映画版と漫画版と2種類があります。

漫画は7巻完結で、宮崎駿は漫画を描きながら映画を作っていたそうです、

1982年から開始された漫画は中断もありつつ、最終的に1994年に仕上がりました。

なので、映画『風の谷のナウシカ』は漫画で言うと1〜2巻ぐらいの内容ですね。

この漫画、とてつもなく凄く濃厚な内容です。

赤坂憲雄さんの『ナウシカ考』という評論もあるぐらいです。

あまりに濃厚なので、ここでは書けないため、上記の評論で補うのがいいと思います。

一方、映画には、色んな伝説があります。

声優の歌が上手くないからオープニング曲として使えなかったとか。

結末が当初と大きく異なって、最後にナウシカが生き返ったとか。

実は大赤字だったとか、ちょっと意外ですね。

そして、同じ頃、監督自身が作画を手がけた『シュナの旅』(1983)という漫画風の絵本が作られています。

このストーリーは通奏低音のように、宮崎駿監督の映画全般において様々な形で現れます。

例えば『もののけ姫』や宮崎吾朗監督の『ゲド戦記』においてもその影響を見ることができます。

ご存知の方もおられると思いますが、『シュナの旅』はとてもいい作品です。

また、『シュナの旅』は、チベット民話である『犬になった王子』(岩波書店)から元となっていて、これまた素晴らしい絵本があります。

大まかなあらすじは「とある国から大麦を盗んだ王子が犬にさせられて、犬になった王子を少女が救って、結果的に大麦で民を救う」みたいな感じです。

ここで、なぜ犬がモチーフなのか?というと、これは犬の習性にあると考えられます。

犬の場合、例えば『花咲か爺さん』の「ここほれワンワン」というように、例えば群れで弱い犬などは穴を掘って食事を隠すんですね。

これは、より強い犬に取られないようにするため、だそうです。

そして、偶然犬が埋めた食べ物の場所から、植物の種がくっ付いていて草木が生えるなんてことも起こります。

(犬は埋めたことを忘れることもあるので)

そのため、犬というモチーフが使われたのかもしれません。


2. 農耕の神様と死

農耕に関連した物語は、様々な神話でとてもよく見られます。

人間が食する作物は自生ではなく、ほとんどの場合、品種改良が行われているから、かも知れません。

そのため品種改良に成功した国家が、大きな発展を遂げるわけです。

16世紀から200年続いた「スパイス戦争」などもそうですが、作物とは国家の威信に関わるものでもあったんです。

そして、その品種改良された種を運ぶことは、やはり重大任務だったはず。

しかも、日本を含む東南アジアのような島国だと、食べ物を安全に船で運んで来たりで一筋縄ではいきません。

そのうち、「大切なものを体の中に入れて運ぶ」という方法があります。

例えば、孫悟空が経典をお尻に入れて持ち帰る、みたいに描かれることがありあります。

また、日本神話(『古事記』)だと大気都比売(オオゲツヒメ、または保食神ウケモチノカミ)という神がいます。

これがまた上品ではなく、ウ◯チ等から食べ物が生まれた、というお話なんですね。

このような神様は、民俗学ではインドネシアの神話の主人公より「ハイヌウェレ型」とも呼ばれたりします。

おそらく保存食品や発酵食品による流通や、肥やしの作り方なども合体して、イメージとして結像したものかもしれません。

しかも、彼ら食物神は、神話でよく殺されちゃいます。

これは、死ぬと大地へと向かう(例えば土葬などの)ためであるとか、食物の生育に必要となる時期、つまりは太陽と月の関係性による暦(こよみ)の隠喩であるなどと言われたりもします。

ギリシャ神話でも、母デメテルという農耕の神や、その娘である大地の神であるペルセポネが冥界の神であるハデスに妻として奪われるという話もあり、これも暗示的です。

ちなみに、彼女たちの星座である乙女座の一部であるスピカは、もともと麦の「穂先(スパイカ)」という意味だったりします。

なお、古くはメソポタミア最初期の神話、穀物神ドゥムジが殺されて冥界に下り、妻であるイナンナが冥界の守り神であるエレキシュガルと交渉した結果、半年間は冥界を離れることができる、という話があります。

この話が原型となって、穀物神の死と再生が、夏季と冬季の移り変わりとして、様々な神話となって語られていったと言われています。

そういえば、余談ですが、ジャガイモの原種(豆粒ぐらいのサイズ)が、チリの高山地帯にあります。

これは実際にビクーニャ(動物)のウ○チの下から生えてきたりするんです。

そして、この原種を品種改良しまくったインカ文明によって、30種類以上のイモに改良されたりしてます。

ちなみに、マチュピチュ遺跡を代表するインカ文明は、農耕実験場じゃないかと思えるほど、物凄い複雑で自然な環境を持つ田畑が存在しています。

例えば、盆地上や山の斜面を利用し、気温や湿度、日照時間などを作物に合わせて微妙に変えていたいたのでは、と思われるすごい田畑があったりします。

このように、農耕には奪うもの奪われるもの、生死や犠牲、などのイメージがくっついているわけです。

また農地は、そもそも生態系の循環があります。

土壌の細菌の複雑性や、ナウシカの巨大昆虫「オーム」のモチーフとなったと思われる「ワラジムシ」を初めとする農業益虫や、それらを食べる鳥たち(ナウシカでは神の一種として扱われている)です。

かくして、『風の谷のナウシカ』は、その循環を舞台にして人間の心を描いた、壮大なストーリーとなっているわけです。

その上、ナウシカには宮崎駿が参考にした他のアーティストの影響がいっぱい入ってます。

ということで、私が知っている範囲で、一挙に紹介させていただきます。

3. 「ナウシカ」をめぐる作品群

まず、主人公のナウシカのモデルは、ギリシア叙事詩『オデュッセイア』に登場する王女ナウシカアーです。

名前がそのまんまですね。

ナウシカアーは、漂流してきたオデュッセウスを送り出すとき「きっと私のことを思い出して」って言う感じの女性です。

また、ナウシカ本編にも物語の要素としても、『オデュッセイア』を少し取り入れています(ペジテ市のアスベルとの関係など)。

『オデュッセイア』はあまり読む機会はなく文体も読みづらいですが、やはり超名作ですのでおすすめです。

ほかにも、ナウシカにモチーフにした古典があります。

日本の代表的古典のひとつ、『堤中納言物語』収録の「虫めづる姫君」です。

虫好きなあたりがまんまですね。

古典の授業でも見た方はいると思いますが、毛虫大好きで、性格がサバサバでモテない女子の物語です。

日本の古典にありがちなオチのない物語(しかも未完)です。

でも、貴族的価値観を(仏教的に)批判したのでは?と見えるところもあり、なかなか含蓄が深いです。

そして、ナウシカのデザインのモチーフとなったのが、フランスの漫画家メビウスの『アルザック』(1975)です。

フランスやベルギーでは、バンド・デシネと呼ばれるストーリー漫画のこれまた超名作です。

絵が綺麗だし、世界観が素晴らしく、フランス的な皮肉の匂いも芳しくて素敵です。

漫画家としてのメビウスの作品も面白いんですが、マルチ・クリエイターのアレハンドロ・ホドロフスキーとの共作『アンカル』(1981-88)という漫画が本当に素晴らしい。

ありとあらゆるSF映画が、今だにパクリ続けている、超名作です。

例えば、映画『攻殻機動隊』は、この漫画の冒頭と全く同じパターンで始まります。

宮崎駿も、メビウスをパクったって自分で言うぐらいです。

また、メビウスも宮崎駿ファンで、娘にナウシカって名前をつけるぐらい大ファンです。

残念ながらメビウスは2012年に他界されましたが、映画界でもすごいデザイナーでした。

まず、リドリー・スコット監督の『エイリアン』(1979)のノストロモ号の宇宙服。

映画『ブレードランナー』(1982)の主人公デッカード等、主要キャラの衣装デザインも、そう。

映画『トロン』(1982)の人物の衣装デザインも、そう。

ほかにも『アビス』(1989)や『NEMO/リトル・ニモ』(1989)、『フィフス・エレメント』(1997)などなどなど。

ご存知の方も多いと思われますが、SF映画のデザインと言えば、ぐらいの巨匠です。

また、ルネ・ラルーのアニメ映画『ファンタスティック・プラネット』(1973)もナウシカのモチーフになったと言われてます。

ルネ・ラルーも、物凄く変わったアニメ映画作家ですね。

たぶん映画を見たら、「気持ち悪!」っていう人は、いっぱいいるだろうと思います。

最近だと漫画『進撃の巨人』でも参考にされた感じがありますね。

とっても世界観が独特なので、ぜひ観てみてください。

そして、ルネ・ラルーの『時の支配者』でも、メビウスがデザインを行なっているそうで、やっぱりここらへん繋がってるんですね。

ということで、様々な世界観が入り混じりながらも、物凄い編集力で一つの物語に仕上がっている、風の谷のナウシカ。

だからこそ、作品を通して力強いメッセージを感じることができるのでしょう。

(おわり)


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