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太く、潔く:奥坂まや句集『うつろふ』

春の星この世限りの名を告ぐる

シンプルかつ率直な意思を感じる装丁。
タイトルも「うつろふ」と簡潔ながら
「何事も移り変わる、それがすべて」
という句集全体のテーマを
明確に映し出している。
本句集を締めくくる作品として
掲句が置かれたのも納得できる。

以下、感銘句(一章ごとに一句ずつ)。

銃声を誘ふごとき夕焼なり
月光に兵が往くその中に父
人間寒し言葉を連ねビル連ね
本ひらきベンチわが舟春の草
日盛や森は地球のしづかな夢
星なべて自壊のひかりきりぎりす
滅びよと黒き手袋落ちてゐる
蛇は穴を吾は罵りの家を出づ

読後もっとも印象的だったのが、
句集全体にわたる「自然科学のまなざし」だ。
ヒトのみならずさまざまな生物、天体、
さらに人工物まで、あらゆることどもを
作者は「俯瞰」して捉え作品として
昇華している。
作者は季語を大事にして俳句を詠み続けているが、その根源の一つにはこのまなざしもあるのではないか、改めてそう思った。

どの作品でも季語がその世界の中心を成しているが、それ以外の言葉も観察と実感に裏打ちされ選び抜かれた重みがある。そして、それらが格調高い十七音の型を揺るがぬ表現としていっそう輝かせている。

ページを繰れば、バイアスのない自由な精神がそこここに風のように流れており、読み進むごとに読者の心も解き放たれるかのようだ。
作者は自分の日常と遥か古代の歴史や大宇宙の誕生などを自在に交差させ、今いる場所から自由に心を飛ばし楽しむことのできる人なのだろう。
また、周囲の世界を常に興味をもって眺め面白がることのできる精神の持ち主なのだろう。

一方、小さな子どもや少女の呟きに耳を澄ませているかのような気持ちになる作品もある。
しなやかで瑞々しい心をもち続けること。
この句集は佳句を味わうだけではなく、
豊かに生きることのヒントもそっと示唆してくれている。

作家ご本人とお会いすると、
いつも「ぱあっ」と目の前が明るく広がるような感じがする。
パワーが灯されたようで、元気になるのだ。
そんなことを思い出しながら。

太く、潔く。
「生命」の躍動する眩しい句集である。


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