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『四角い円柱』第一話 あの絵を

ワシャワシャとうるさいセミの声の中。黒い二つのランドセルに、少し遅れて赤のランドセルがついていく。
「それくらいのケガなら明日には治ってるよ」
「それは岳だけだろ」
「そんなことねぇって」
いつもの自動販売機に立ち寄る。
お金を入れて、自動販売機の下段に並ぶ飲み物を一つ一つ指さしながら、どれにしようかな、てんのかみさまのいうとおり、これだ!と叫んで、一人が缶ジュースを買った。続けて、もう一人も自動販売機にお金を入れる。彼は迷いなく、ボタンを押す。
「静馬っていっつもそれ飲むよな」
「うん。だってこれ美味しいんだもん」
自動販売機から紙パックのコーヒー牛乳を取り出し、少し離れてこちらを見ている女の子へ振り返る。
「…あれ、買わないの?」
「いいの、お金ないから」
彼は一瞬固まって、彼女へコーヒー牛乳を差し出した。
「あげる」

何気ない一言で、何かが始まったり終わったり、
誰かを傷つけたり救ったり。
そんな凄い言葉に勝るものって

***

「勉強‼︎」
職員室に呼び出しなんて、小学校の時以来だなと思っていたら、受験生とは思えない驚異の32点を叩き出しているテストが返ってきてしまった。
「勉強しろ、勉強」
はぁ。
「あといい加減授業中寝るな。受験生の自覚を持て」
んなこと言われてもなぁ。勉強しなきゃいけないってのは十分分かってるけど、あんまり言われすぎるとかえってやる気消えるっていうか。
「分かったか?」
いいえ。
「はい」
「それとー…」

「岳、おまたせ。帰ろうぜ」
教室に戻ると、岳は白熱の腕相撲をしていた。あと数センチで山崎の手の甲が机につく、というところをキープしている。
「おー了解」
山崎の顔は必死だというのに、岳は涼しい顔で返事をする。次の瞬間、勢いよく岳の手の甲が机に打ち付けられた。いや、負けるんかい。
打ち所が悪かったのか、手を押さえてしばらく悶絶している岳を置いて廊下に出る。すると、ちょうど隣のクラスから晴香が出てきたところだった。こっちに気づいて、「静馬〜」と近づいてくる。
「おー晴香」
「ポスター描いてくれた?」
鞄からポスターを取り出しながら答える。
「ああ、描いたよ。おかげで怒られたけどな」
「あんたが授業中に描くからでしょ」
「帰宅部の俺がラクロス部のポスター描いてるからだよ」
そもそもそれ後輩が描くもんだろ、と言いかけてやめた。まぁいつものことだ。いまいち勉強に身は入らないし、授業を寝て過ごすよりも絵を描いていたほうが有効な時間の使い方ってもんだろう。晴香は「いいね」と満足げにポスターを眺めている。こんな絵(現実逃避)で人を満足させることができるだなんて、素晴らしいじゃないか。
そこへ、腕相撲の自主敗退をキメてきた岳が「静馬の絵?」と晴香を覗き込んできた。
「これもまた賞とか取るんじゃねぇか?」
「取らねぇよ。校内に貼るやつだぞ」
「そっか。もったいねーなー」
「もういいから帰ろうぜ」
岳は俺の絵を見るとすぐ昔の話を出してくる。こいつはいつまで小学生で時が止まってんだ。
「俺さー、あれ好きだったんだよね。あの修学旅行のしおりのやつ」
「あー私も好きだった」
「分かったから」
「あーあとあれ、小学校の卒アルのやつ」
そんな、学生時代を振り返って「こんなこともあったよなぁ~」と2、3時間盛り上がれる大人みたいな会話を中三でしないでくれ。こんな思い出話をするのは、あと何回か人生の転換点を通過してからでいい。
「そういやあれも印象的だったな…。小学校一、二年の時にかいた描いたやつ」
はいはい、と流しながら晴香に手を振る。「ありがとー、じゃーねー」と走り去る晴香の溢れる元気さが羨ましい。晴香を見ていると、小学生から一緒に過ごしてきた仲なのに、どうして自分はこうもひねくれて成長したんだろうかと思う。別に、今の自分が嫌いという訳ではないんだけども。
顎を撫でまわしながら、しばらく黙っていた岳が呟いた。
「ダメだ。タイトルすら思い出せん」
「全然印象に残ってねーじゃねーか」

俺の少し先を、難しい顔をして岳が歩いている。
学校を出てからも、ずっと岳は顎を撫でまわしていた。岳はちゃんと物を考えようとすると顎を撫でまわす癖がある。小さい頃に「考える人」の像を見て、真似していたら癖になってしまったらしい。なぜ、顎に手を当てるだけでなく、撫でまわす方向に癖がついてしまったのか謎だ。これ以上撫でまわさせていると、はたから見ればもはや考え事をしているのか、髭が生えてくる瞬間を気にしているのかわからないし、そろそろやめさせよう。
ちょうど通りがかった自動販売機の前で、足を止める。
「飲み物買うわ」
「…うん」
返事はしたものの、岳は止まらずに歩き続けていた。普段鞄も持たずに学校に来るレベルでものを考えない性質(たち)の癖に、こんなどうでもいいことにはよく頭を使う。
自分用の紙パックのコーヒー牛乳と、適当な炭酸飲料を選びながら岳に尋ねる。
「まだ思い出そうとしてんの?」
「うーん」
まだ歩き続ける岳を呼び止め、フォンタのグレープ味を投げた。
「あ、サンキュ」
岳はようやく顎を撫でまわすのをやめて、フォンタをキャッチする。難しい顔のままフォンタを一口飲む岳を見て、仕方なくもう少し付き合ってやることにした。
「公園よろうぜ」
「おう」

昔から放課後に立ち寄るところといえば、この「ロケット公園」だった。広さは運動場の3分の1程度とそこそこ広く、遊具もありながらキャッチボール程度は十分できるくらいのスペースもある。しかし何よりこの公園を俺たちが気に入っていたのは、こんなに充実した公園なのにいつも人がまばらだからだった。小学生の時は公園を貸し切りで楽しめたし、今は適当に時間をつぶせる貴重な場所として入り浸っている。
公園のベンチで「考える人」のポーズそのままで固まっている岳の隣で、ほんとこの公園ってちょうどいい人気のなさだよな、なんてぼーっと考えていた。そろそろ、ここにきて30分といったところか。もういいだろう。あくびをしながら、岳に尋ねる。
「はぁ~…。で、何か思い出した?」
「うーん、全然」
「じゃあ、どうしようもねーよ」
そろそろ帰ろうぜ、と切り出そうとして、「あ」と岳が呟いた。
「お」
続きを待つ。5秒ほどの沈黙。
「晴香ってまあまあ可愛いよな」
「帰るか」
「あー冗談だって」
こいつの冗談の言いどころは本当によくわからない。だいぶ慣れてイラつかず適当に流せるようにはなったが、この「もの凄いがっかり感」だけはこの先慣れることはできないだろう。
「でもなー、晴香の親厳しいらしいからなー」
「冗談じゃ無かったのかよ」
立ち上がり、鞄を肩にかけながらツッコむ。
「てかあいつの家厳しいんだ。ゆるゆるかと思ってた」
そうして歩き出したところを、岳が呼び止めた。
「静馬、ゴミ置いてくなよ」
振り返り、ベンチを見るとストローが刺さった空の紙パックのコーヒー牛乳がベンチ端に残っていた。あー、またやっちまった。
「違う、わざとじゃねーよ。癖というか何というか、忘れちゃうんだよ」
「ほんとかよ…」
まぁ迷惑な癖だな、と岳が呟く。自分でもそう思うが、お前の癖もどうかと思うよ、と心の中で呟き返す。せっかくそこそこいい顔してて、「考える人」の姿勢で固まってれば頭よく見えるってのに。
ベンチに戻りながら、これが残念イケメンってやつだなと思っていると、遠くから救急車のサイレンが聞こえはじめた。近くに大きな道もない静かな公園で、普段聞きなれてるはずの車のエンジン音やサイレンの音がすると微妙に違和感を感じる。
岳はまだゆったりとベンチに座ったまま、遠くを見つめて「……なぁ」と言ってきた。
「ん?」
ベンチのコーヒー牛乳を手に取る。そういえば、サイレンの音が近づいてきたらどこで止まるのか探りたくなるの、なんでなんだろうなー。
「このサイレン聞くとさー」
「んー」
野次馬したいわけでもないのに、近くで音が止まったらなんか気になるっていうか。本当は野次馬したい人間なのかな、自分。なんて性格だよ、嫌だな。
「昔、小学校に…」
遠くを見て何か言っていた岳が、ふとこちらを見た。
サイレンの音が聞こえなくなった。どうやら、この近くで何かあったわけではないらしい。
 「四角い円柱」
公園が再び静けさを取り戻した1秒後、唐突に岳の声が響いた。別に、公園に響き渡るような大声で岳が叫んだわけじゃない。けど、適当に流していた岳の声が、急にしっかりと自分の耳に響いてきたのだ。
 「は? 何だよ、いきなり」
四角い円柱?
円柱といえば、例えば電柱か?
いやいや。そんなの、四角いも何もないだろう。
手に取ったコーヒー牛乳を見つめる。
「…言うなら四角”と”円柱だろ」
「いやそうじゃなくて」
さっきまでゆったり腰かけていたベンチから背を離し、ぴんと背を伸ばして岳は言う。
「題名だよ題名。静馬が描いた絵の」
思い出したのか。印象的だったって絵。
「『四角い円柱』?」
「うん」
なんだそれ。言われても自分じゃまったく思い出せないし、タイトルからどんな絵なのかも想像できない。
「俺そんな絵描いたことねーよ」
空のコーヒー牛乳を鞄に入れ、再び帰ろうと歩き出す。
「いや絶対そうだって」
「ほんとに?」
「うん」
冗談を言っているようには見えない。とはいえ、意味が分からなすぎる。
「どんな絵だった?」
「絵は全く覚えてないんだけど…」
そう言いながら、ようやく岳がベンチから腰をあげた。
「じゃあ分かんねーよ。ていうか印象に残ってるんじゃなかったのかよ」
「ただ」
岳の記憶違いじゃねーの、と言いかけて岳に遮られる。
「?」
「なんかの賞取ってた気がする」
いやいやいや。
「流石に嘘でしょ」
「いやいやマジマジ。当時3人で話したと思う」
今度は俺が顎を撫でまわさなきゃいけなくなってしまったようだ。
公園に行くまでとは打って変わって、難しい顔をした俺の少し先をすまし顔で岳は歩いていく。
「賞って言われてもなー」
時計の針の6時50分の姿勢で考える。特に意味はない。
「腐るほど取ってるからなー」
時計の針の6時10分の姿勢で考える。特に意味はない。
「さり気ない自慢出すな」
へへ、と笑いながら姿勢をもとに戻す。
「ていうか小学一、二年の時、岳とは別のクラスだったろ?」
「けど放課後はよく遊んだじゃん」
「まーそうだけど」
違うクラスだったのに印象に残ってるってことは、本当に「四角い円柱」って絵が存在していて、賞を取ったってことなんだろうか。それとも、何か岳の中で記憶がごっちゃになっているのか…。
しばらく顎を撫でまわして考えてみたが、やはり何も思い出せなかった。
そんなところで、岳との分かれ道に着いた。
「うーん。やっぱり、それ以上は思い出せねーや」
「別いいよ。思い出さなくて」
まったく思い出せなくて謎ではあるけれど、まぁどうでもいい話だ。誰だって小学生一、二年の時に書いた絵なんて忘れるもんだし、今は過去を思い出すために時間を使っている場合じゃない。未来のために、受験勉強をしなければならない時なのだ。
「じゃ、またな」
「おう。」
そういえば、岳は進路についてちゃんと考えているのだろうか。今度聞いてみよう。そう思いながら、またな、と岳と別れた。

過去を思い出すために時間を使っている場合ではないと、自分に言い聞かせていたものの。あまりにも不可解すぎる絵の題名に、すっかり意識は過去に持っていかれてしまっていた。
しかし、全然思い出せねー。
「うーん」
思わず、心の唸りが外に出る。
小学一、二年生のころに描いたらしい絵。四角い円柱。
はぁ。俺そんな絵、描いた覚えないけどなー。
何かを思い出そうと考えている時の、時間の流れは早い。結局何も思い出せぬまま、家に帰り着いた。
「ただいまー」
「おーおかえり」
とりあえず、用を足してる間まで、もう少し考えよう。あーいや、シャワーを浴びてる間までかな。
そんな無駄な悪あがきをしてまで記憶をたどり続けたが、やはり思い出せることは一つもなかった。
洗面所からでて、リビングに向かうと母さんが鍋をテーブルに置いたところだった。鍋の中身はカレーだ。じいちゃんはすでに食卓に着いて、早くカレーを食べたそうにしている。
「静馬、ご飯できてるよ」
「うん」
晩ご飯の間までだな、うん、そうしよう。食べて、部屋に戻ったら勉強モードだ。
料理を並べるのを少し手伝い、母さんと一緒に食卓に着いた。
いただきまーす、と母さんが食べ始める。
小学生の時のことなんて自分じゃ忘れてしまうけど、案外母さんやじいちゃんなら、憶えてたりするのだろうか。
「何?どうしたの?」
「悩み事か?」
母さんとじいちゃんが声をかけてきて、ようやく晩ご飯を食べ始める。危ない、今、すっかり晩ご飯のこと忘れてたな。
「んー、いや…」
なんでもない、と返しかけて、言い直す。
「ねぇ、僕が小学生の時の絵ってまだ残ってる?」
「部屋の押し入れにあるんじゃない?なんで?」
あっ、やっぱ言わなきゃよかったかも。嫌な予感がする。
「いや…ちょっと探し物…」
「勉強もしなさいよ」
はぁ。そう言われますよね。
「分かってるよ」
母さんが少し不機嫌になった。
受験期だというのに緊張感のない自分の様子が、母さんには目についてしまうらしい。そりゃ勉強が大事なことはわかってるよ。やるべきだと理解してたって、毎日学校でも勉強して家に帰っても寝るまで勉強、なんて、そんなの実行できるとは限らないんだよ。
「静馬の絵か…久々に観たいなぁ」
ちょっと不穏になった食卓の空気なんぞ意に介さず、じいちゃんが話しかけてきた。
「上手いもんなぁ静馬は」
意に介していないというか、空気に気づいてない、というのが正しいか。
「ほら確か小学校の時、コンクールでじいちゃん描いてくれたろ」
「うん、描いたね」
「あの時は嬉しかったなぁ」
「またじいちゃん描いてくれよ」
「…うん、また今度ね」
微妙な空気感のせいで、ついそっけなく答えてしまう。
一瞬の沈黙。
少し、じいちゃんが悲しい目をした気がした。
「静馬」
「ん」
ちょうどカレーを口に運ぼうとしたタイミングで話しかけられ、微妙な返事をしてしまう。じいちゃんはなんでこうもタイミングが絶妙なんだ。
「『四角い円柱』って憶えてるか?」
カレーが口の前で止まった。
「おじいちゃん、その絵知ってるの!?」
「ああ、静馬の絵は全部憶えてるぞ」
「ほんと!?じゃあその四角い円柱って、どんな絵だった?」
さっきまでの態度から一転、まくしたてるように尋ねる。まさか、こんなところで思わぬ収穫があるとは。この微妙なもやもやを晴らしてくれる希望が見えてきたぞ。
と、思ったのも束の間。
「全部憶えてるつもりだったんだがなぁ…」
「?」
「どーもその絵だけ思い出せないんだよ」
Oh...
「ボケてきたのかな」
くそ…じいちゃんまで岳と同じことを…。
一体なんなんだ、四角い円柱って。

晩御飯を食べ終え、部屋に戻って、とりあえず勉強道具を広げて机に座った。
結局、じいちゃんからは題名以外の情報は得られなかった。
流石に勉強道具を前にすると、受験への焦りが顔を覗かせる。32点のテストが、脳裏をよぎる。そりゃ探したいけど、受験勉強しなきゃほんとにやべーし…。
とりあえずやる気を出すために買ったキャンパスノートを見つめる。3日前くらいから開かれたままのページは、シャーペンの消し後もなく、まっさらだ。
シャーペンを手に取る。四角を書いてみる。そしてその横に、「+」と円柱を続けて書き出す。
四角、足す、円柱。
うーん……四角い…円柱…?
もう一度、四角を書く。そこから矢印を伸ばし、斜め上からみた円柱の図を書いてみる。円柱を真横から見れば、四角だ。もしかして、こういうこと?
いやいや、おかしいだろ。だからって四角”い”円柱にはならないし。そもそも、小学校一、二年って円柱知ってんのか?
『部屋の押し入れにあるんじゃない?』
ふと、母さんの言葉が頭に浮かぶ。押し入れは机の真後ろだ。
いやいや……ダメだ、こんなことしてる場合じゃない。今から押し入れを漁るなんて、夜が明けちまう。
ゆっくり、後ろに椅子を引きながら、自分を思いとどまらせる。
勉強しなきゃ…。
次の瞬間、気づけば椅子から飛びのき、押し入れを勢いよく開けていた。もう気になり始めたものは仕方ない。気もそぞろでだらだら勉強してるふりをするより、絵を見つけてスッキリするべきだ。
「うひぁー、どの段ボールだ…?全然分かんねーなー」
押し入れの中は、なかなかな量の段ボールでいっぱいだった。まあいい、夜は長い。
「片っ端から見ていくか」
もう着れなくなった小さい時の服。本棚に入りきれなくなって、泣く泣く段ボールにしまった漫画たち。小学校の時の教科書やノート…。
そしてようやく、目的の段ボールを見つけ出した。かすれたマジックで、『絵(しずま)』と書いてある。
「この箱だ、多分」
気づけば、すでに日付を超えて30分が経とうとしていた。
いやはや、思いのほか発掘したスラムダンクを読むのに時間がかかってしまった。やっぱいいな、スラムダンク。
「ははっ」
箱を開けて、思わず声をあげた。
そこには、賞をとった絵から、趣味で描いていた絵まで、小学生の間に描いた絵たちがまとめられていた。
禁煙ポスターに虫歯予防のポスター、環境美化ポスター、近所の神社、手や花瓶のデッサン。あ、この宝箱にきれいな歯が生えてる虫歯予防のポスターは、結構気に入ってたな。当時ドはまりしてたゲームのモンスターをモデルに描いたんだっけ。神社の絵はじいちゃんが気に入りすぎて、何回もそこの神主さんに見せに行って、めちゃめちゃ恥ずかしかったんだよな。すげー懐かしい。
しかし、箱の外に絵が積みあがっていく一方、肝心の絵が出てこない。
「やべぇ…もう残りが…」
おそらく残り5枚を切った段ボールの中身に、祈りを捧げる。
お願いだ、出てきてくれ。
意を決して、残り数枚に手を伸ばす。
「これじゃねぇ。これも。これはじいちゃんの」
違う、違う、違う。
「あとは…」
箱には、もう絵は入っていなかった。
えぇ~…
心の中の某マスオさんが、雄叫びをあげた。
勉強もしないでこんなに時間かけたのに、ありませんでしたなんてオチはないだろう。今日一番スッキリした瞬間がスラムダンク読み終わった時だなんて嫌だ。いや、スラムダンクは素晴らしいんだけども。
膝をついて段ボールに前のめりになっていた姿勢を解いて、へなへなと尻もちをつく。
待てよ、確か岳が賞取ったとか言ってたな。もしかすると、絵自体が返却されてないのか?それとも、まだどこかに飾ってあるとか?んー、また新たな疑問が…。
また頭の中がもやでいっぱいになりかける。しかし、視界の端に時計が見えた。もうすぐ1時らしい。今日はもう寝よう。勉強はしてなくても、いっぱい頭を使って疲れた。
絵を戻そうと視線を落とすと、箱の底、底面の隙間に白い紙が挟まっていることに気づいた。絵にしては小さいし、紙も画用紙という感じではない。
恐る恐る、紙をつまみ、引き出す。
それは、絵の説明書きのようだった。
そしてそこには、小学生の自分の、つたない字。

なまえ いけもとしずま
タイトル 四角い円柱
作品のテーマ きょうのやくそく

岳と、じいちゃんの言葉が、フラッシュバックする。
『四角い円柱』
『四角い円柱って憶えてるか?』

四角い円柱は、実在した。

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