現代のお墓作り
エンディングノートを毎年更新して3年。
「お墓は不要。散骨、できれば鳥葬。」と書いて3年。
「鳥葬」は厳しいかもな、という現実にようやく目をむけた。
死んだら焼かれて終わりは私の身体がかなり勿体ないので、是非とも何かの栄養として使って欲しいのは変わらない。解剖用でもいい。とにかく何かに使って欲しい。
お墓も不要。無宗教であるが「宗教」というもの全般に興味があるため、どの宗派の墓にするのか一生決まる気がしないからである。しかしながら、数日前にふと思った。
「現代のお墓=ブログやSNS」であると。
故人のブログを見ると生きた証というか、「あぁ、こんな事考えて生きてたんだなぁ」と思う自分に気づいたのだ。手書きの日記も大好きなのだが、孤独死の未来しか見えていない私にとって<私の遺品>は燃えるゴミになる予定なので、ネット上に残す方がいいなと思っている。何年後かに全く知らない人が私のブログに辿り着き「何だこいつwww」などと笑ってくれる日を夢見ている。
すでに多くの人が<墓>を持っている事になる。
私もそのうちHPでも作成して、自分で読んだお経とか賛美歌をアップロードしたい。そして、誰でもいいのでコメントという名の献花をしてくれたら嬉しいなという空想をしている。
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