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盲目のひまわり

ダークカーテン兼用の黒いカーテンの隙間から、既に登り切った太陽の光が差し込んでいた。映画館の映写機の光みたいに。

ベットから体をおこして、テーブルの上のリモコンを手に取り、テレビをつける。

「眼が見えないのに、どうやって写真を撮るんですか?」レポーターが、カメラを首から下げた男性に質問していた。たまたまつけたチャンネルのワイドショーは、盲目のアマチュアカメラマンの写真展を紹介しているようだ。

眼が見えないんだから、ちゃんと撮れるわけないじゃないか。お涙頂戴だな。まったく。そう呟いた。

「妻が教えてくれるんです。どこに何があるかを。」男性のそばには奥さんらしい女性が寄り添っている。「あとは、私が感じるんです。こころで。」

カメラは、公園らしきところの大きな池に、つがいの白鳥が寄り添っている作品をクローズアップで映し出した。

ベットに座ってテレビを見ている僕の後ろには、結衣子が寝ている。

彼女とは付き合い始めてから2年が経つ。僕はカメラマンになるために三重から、彼女はモデルになるために青森から上京してきていた。

ワイドショーがCMに入ると、青空をバックに、最近ドラマで人気の女優が微笑んでいた。手には持っているのは洗濯洗剤。軽快な音楽に乗って商品名が大きく写し出される。さぁ、お洗濯しましょうって誘ってくるみたいだ。

番組自体よりも一段大きくなったCMのボリュームに反応したように、結衣子はゆっくり起き上がり、後ろから僕に抱きついてきた。素肌がくっつき、起きたての体温を感じる。僕の肩に顎を乗せるとテレビの方を見て聞いてきた。
「ねぇ、何見てるの?」

ワイドショーで、盲目のアマチュアカメラマンの写真展を紹介してたんだと説明した。
「眼が見えないから、こころで見るんだってさ。馬鹿馬鹿しいよね。」

結衣子は、少し間を置いて言った。
「でも、大切なものは目には見えないって言うんじゃん。」
僕に反論すると言う感じではなく、思いついたことを、そのまま素直に言った感じだった。

それは、誰かの言葉なのかと聞き返すと、「サン=テグジュペリの星の王子さま。知らない?」と答えた。

星の王子さまのことは知っていたが、読んだことはなかった。

「モデルって、容姿、見た目が勝負だと思うでしょう?でもね、上に行く人って、何かが違うんだよね。気に入られるのがうまいとか、礼儀正しいとか、そんな簡単なことじゃなくて、何か。何かなんだよね。それが、まだ私にはわからない。私は有名になって、いい仕事がしたい。だから、その何かを知りたいの。」

彼女の寝起きの声は、私の耳元で、少しずつしっかりとしてくる。私の肩に置いていた顎を上げて、カーテンから差し込む光の方を見やった。

「眼に見えない、大切なものって何だと思う?」

その言葉が、私の胸の奥を刺激する。カメラマンだって同じだ。いつまでも無名の売れないカメラマンと有名になるカメラマンは何が違うというのだろう。見ること、見せることを生業としているのに、眼に見えない、大切なものって言われても、答えを見つけることは出来ない。

ワイドショーに登場した盲目のアマチュアカメラマンは、その答えを知っているだろうか。


新宿駅、山手線外回りホーム。

電車が入ってくるたびに、淀んだ空気が熱風でかき混ぜられる。
西日のオレンジ色が混ざった濃い黄色は、過去の辛い記憶を思い出させるように、息苦しくさせる。

撮影帰りのカメラバックがやけに肩に食い込むのは、その重さだけではないようだ。

「ばかやろう!早くしろ!」

大きな声がする方を見ると、売店でサラリーマンが怒鳴り散らしていた。
すみませんと、ひたすらに頭を下げる店員の女性は、誠実に謝っているが、どこか護身術を身に付けた人が攻撃をかわしているように見えた。

仲裁に入った方がいいかと考えて近づいていくと、サラリーマンは入ってきた電車へ駆け足で乗り込んで行った。

きちんとした身なりの、それなりの企業で働いているだろうサラリーマンは、どうしてそんなにも腹を立てるのだろう。人を下に見て、日々の鬱憤とともに自分の怒りをぶつける感じに、気分が悪くなる。

いつもは駅の売店で物を買ったりしないのだが、この日は、どうしたわけか、グリーンのパッケージのガムを手にしていた。

ガムを差し出すと同時に、「大丈夫だった?」と話しかけていた。

最初怪訝そうな顔で、「え、あー。大丈夫。平気です。いつものことだし。それに、いつもお父さんから、馬鹿になりなさいと言われてるから、。」
髪を後ろで束ね、売店の白の制服を着た女性は、レジを操作しながら、少し微笑んで答えてくれた。

何かあった時に対処する人の機微が撮れる写真家になりたいと思っている。
そこに、その人の芯があると思うからだ。 

お金を渡して、会釈して、その場から離れた。

ホームを歩きながら考える。
バカかぁ。自分がバカになれば、本当のバカを相手にしなくていいってことかな。

黄色い帯の総武線が、熱風を起こしながらホームに入ってきた。



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