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サケカケル①


 「僕、絶対継がないから」

大学を卒業するタイミングで僕がそう言ったときの両親の顔は、想像していたよりも淡白なものだった。良くて激怒、最悪のパターンとしては号泣、の心づもりでいたから拍子抜けしてしまった。

 大きな蔵ではないが祖父の代から酒造りをしていて、幼い頃からずっと身近にあった。小学生のときは「おうちでお酒造ってるなんて、かっこいいね」なんて言われていたけれど、僕にとっては生まれたときからそばにあるものだし、ハッピを着て仕事をしている父さんよりも、スーツをバッチリ着こなしている友達のお父さんの方が、よっぽどスマートで憧れに思っていた。
 
 結局僕は、誰もが知る大手企業へと就職した。別に反対されたわけでも、止められたわけでもないのだけれど、継がなかったことに対する後ろめたさは心に引っかかっている。

 そんな罪悪感を打ち消すかのように、僕はがむしゃらに働いた。気づけばもう34歳だ。仕事に打ち込んだ甲斐があり、いわゆる出世コースに乗った僕のサラリーマンライフは順風満帆。付き合って5年になる夕里子とも、結婚に踏み切るタイミングをうかがっている状態だ。

 それでもやっぱり、あのときの両親の顔が、どうしても頭の片隅にこびりついて離れないでいる。


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