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カオイロ色に擬態して

生きてるといろんな人の顔色に合わせたり伺ったり、空気を読もうとしたりって人も多いのでは無いでしょうか。

身を守るために、自分を周りの色に合わせて、カメレオン生きてます。
そうやっていてもカメレオンのカメレオンらしさは変わらずそこにあって生きているのだけれど、人間なかなかそうもいかない気がします。

人の顔色を伺っている自分、八方美人かもと思う自分、周りに迎合することしかできなくて、自分の意見を持ってないみたいに、もしくは伝えることができなく、非力に感じる自分。

いろいろです。

誰かと接する時間を穏やかにすごそうとか、相手がご機嫌ならそれを崩さないでいたいと思う気持ちは、それはそれで素敵なものかなと思います。
でもそうやって対応することで、自分の感情や考えを押しつぶし始めて「嘘」になり始めたら身体的にも精神的にも非常に負担になって、少しずつ憂鬱な状態がひどくなっていくように思うのです。

人間も、表情や発する言葉を周囲に合わせることができますが、それでも「何かに対しての自分特有の感情や感覚」はなくならないですよね。
どんなに自分で気がつきにくくなっていても。

「その人らしい思考」は残ったまま、その思考や感情と一致していない外向きに作った顔色は、「自分らしさ」を圧迫してしまうのです。

私たちに必要なのは、場の空気を崩さないための嘘や作り笑顔ではなく、相手を尊重した上で、うまく伝えたり話し合おうという意識や気持ち、意見がぶつかっても、お互いの人間性まで否定せず、また否定されたと思わない気持ちではないでしょうか。

たくさんの人が、賛成していた意見とは違う意見や物の見方が発見された時に、しらけたり攻撃的になったりしないキャパシティーを持てればいいのにと思います。

私が小中学生だった頃は、学校で、そんな空気を育む教育環境ではなかったな。
少しずつ、そういう環境が整えばいいのに。

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